「妹でなく姉として生まれていたら」の天竜人続行ルートの続編です。
※注意※ 両親と弟たちへの批判過多です。
奈半さん、野口八緒さん、リクエストありがとうございました。
「天竜人の証明チップを再発行することはできません」
「…ま、普通はそうですよねー」
当たり前だよなぁ、とため息を吐いた。どれだけ願ったところで、投げ捨てた地位は取り戻せない。だというのに家族たちは真っ青な顔で縋るように私を見ている。バカな親、バカな弟たち。でも…見捨てることはやっぱりできない自分もいる。見捨ててしまえばあとは自然と原作の流れに沿うだけだって、分かってるのに。それでも…。
「……ガープさん、ちょっとご相談が」
「……お?なんじゃ、わしにか?」
他人事だと鼻ほじってたガープさんに頼むことにした。腐っても中将…なんとかしてくれるはず。
「うちの親を海軍でまともにしてやってくれません?雑用とか調理とかの一般人の教養と、仕事でその日暮らしができる手立てを身に染み込ませてやってほしいんです。その後は東の海のフーシャ村に小さな家でもくれてやってください。私からポケットマネーを出すんで」
「ルシー!?」
両親が目を丸くして私を見てきた。近付こうとした体を、海兵たちがきっちりと掴んだのを確認して続けた。
「それから、弟たちを海兵に」
「姉上っ!?嫌だえ!嫌だえ!こんな、海兵になんてなりたくないえ…!」
「姉上…?」
この世の終わりだと言いたげに叫ぶドフラミンゴと、意味を理解していないのか涙目で見上げてくるロシナンテを指差した。…たった2年で私の心は凍ってしまったんだろうか。生まれた時は可愛い、可愛いと愛でていた弟たちの悲痛な顔を見ても、全く心が揺らがない。
(…結局、他人だしねぇ)
家族ごっこをしたのは12年。そのうち弟たちとは10年も一緒にいなかったのだし。何より、顔立ち、かな。前世で今の倍以上も日本人の顔を見て育った以上、未だにここは海外って意識があるし。醤油顔じゃないと血の繋がった人たちだって意識できませーん。HAHAHA!…笑えねえ!
「ドフラミンゴは覇王色の覇気を持っています。鍛えれば、育ちます。この子が海賊になれば……世界政府の国宝のことも知っていることですし、とびっきり厄介な存在になるでしょうね」
ほう、と面白そうにドフラミンゴを見下ろすガープさんの後ろで、サカズキさんのこめかみがぴくりと動くのが見えた。周りの海兵たちも動揺している。そう、ちゃんとドフラミンゴの将来性を見ておいてよ。せいぜい敵に回さないようにね。
「それで?そっちのボウズは?」
「ひっ!?」
「ちょっとガープ中将!ドゥルシネーア宮の弟様ですよ!?」
迫害を経験して大人が怖くなったのか、視界で収まりきらない大きさの男に見下ろされたロシナンテが短く悲鳴をあげた。海兵が私の様子を伺いつつガープさんに進言していたけど、別にそれは問題ない。どうぞどうぞ、好きなだけご検分を。
「ロシナンテは優しい子ですしドジっ子なので重要任務には向かないでしょうが、腕は立つようになります。愛嬌がありますし、協調性もあります。将来的に教官などにすることを見越して鍛えていただければ」
でもってスパイなんてさせないでもらえればいい。ローは……そうだ、ローのことも助けないと。えーと、フレバンスを丸ごと買い取って、ドラム王国のイッシー20とDr.くれはをローテーションで借り上げて研究でもさせたらいいかな。時間的にもまだまだ間に合うだろうし。あとはオペオペの実を同時進行で探して買い取ればいいか。
「…気に入った!わしが鍛えてやろう!」
怯えるロシナンテのどこを気に入ったのかは知らないけど、なんだか嬉しそうに笑って硬直したロシナンテを高い高いし始めた。あーあ、初孫を喜ぶジジイかよ。…あ、孫といえばガープさんに子育てはダメだ!
「それは遠慮します」
「なんでじゃ!?」
「ガープさん。あなた、子育てがヘタでしょう?」
「!!?」
なぜそれを、と言いそうな顔をされた。ほらな!革命軍のリーダーのドラゴンさんを育てた時点であんたに育児能力は皆無なんだよ!ルフィもエースもダダンさんに丸投げだったし!
「ロシナンテは、センゴクさんかおつるさん辺りでお願いします。ドフラミンゴは……サカズキさん。あなたにお願いしたい。それとゼファー教官にも」
「………」
名指しでお願いすると、サカズキさんの目がぎらりと光った。うわっ!怖っ!でもそれくらい怖くないとドフラミンゴの教育とか無理だろうし、適材適所だ。
「お、恐れ多くも…ドゥルシネーア宮、彼も育児には不向きかと…!」
「そうです!もし弟様に何かあっては…!」
「私が考える『最悪』は、ドフラミンゴがその辺のチンピラに担ぎ上げられて『海賊ごっこ』や『ドレスローザ国の奪還』なんてバカをすることです。…サカズキさん、お手数をおかけしますが、この子の性根を叩き直して正義に生きる海兵として育てていただきたい。どうやらうちの親は育児能力がなかったようですから」
深々と頭を下げると、サカズキさんから返事のような鼻息のようなものが聞こえた。ドフラミンゴの叫び声が一層大きく聞こえたし、おそらく了承してくれたということなんだろう。
「ルシー…」
あーあ、泣いちゃった。そりゃ親としたら我が子にズタボロに言われるのは不本意だろうけど、実際あんたたちは子育てを失敗してるんだってーの。3人産んでやっとまともに子育てできたのがロシナンテだけとか。ほんとやめてほしい。陰鬱な雰囲気にげっそりしていると、遥か高みから賑やかな声が降ってきた。あの声は…うちの奴隷たちか?
「ドゥルシネーア宮だ!おかしら!ドゥルシネーア宮が帰ってきた!」
「ドゥルシネーア宮ー!おかえりなさーい!」
わあわあと各々が手を振って出迎えに来てくれた。うーん、優しい!うちの子たちはみんな体に傷はあるものの、清潔で身なりも綺麗だからいいわぁ。私の親と弟たちとは大違い。HAHAHA……いや、だから笑えないって。
「……ただいま、みんな。留守の間何もなかった?」
抱きついてきた隻眼の奴隷の頭を撫でて、御頭に尋ねた。すると案の定というか、御頭が首を振った。…左右に。
「いや、奴隷を返せと乗り込んできたやつがいた。追い払ってやったがな」
「もう…。そういう時は電話してよ。殺してないでしょーね?」
「残念なことにな」
「ならいいでしょう!」
ギザギザの歯を剥いてニヤリと笑った顔は…まあ、凶悪って感じだったけど。殺してないなら私の所有物に手を出そうとした天竜人を主人の命令で追い払ったって建前が通用する。さて、だれが私の所有物に手を出そうとしたか……しっかり調べてギッチリ締め上げてやろう。
「姉上ーっ!おれも…おれも、『そこ』に帰りたいえ…っ!」
何を今さら。あのドフラミンゴが涙ながらに懇願する様は、ひどく滑稽だった。…私の表情筋はぴくりとも動かなかったけど。
「……あなたも父上たちと同じよ、ドフラミンゴ。あなたは私の手を取らなかった。それが全て」
海兵たちが私を見てぎょっとした顔をしていた。サカズキに捕まえられたドフラミンゴが、ガープさんに抱かれたロシナンテが、海兵たちに取り押さえられた両親が、絶望に満ちた顔を見せた。
「捨てたものは…もう、戻らないの」
天竜人の地位を、私を、捨てたのはお前だ。いつかの時空で父親が言われたであろう言葉を、私はあえて復唱した。こぼれる涙も、震える声も全部無視して、透明な膜を一つ隔てた先の小さな弟に吐き捨てた。
「二度と話しかけてこないで。…人間の分際で」