未来の紳士的な海兵ってのは、過去でも紳士的ってわけではなかった。むしろ鬼教官だった。鬼教官怖い!でも言葉が通じる辺り、実の兄より怖くない。その点ドフラミンゴってすげぇよな、最後まで恐怖たっぷりだもん。…懐かしいなぁ、トッポ食べたい。この間ピーカからもらってチョコを食べたら、強烈な甘さに口の中が大変なことになった。久しぶりの甘味に唾液腺がはじけ飛びそう、と例えた漫画の主人公を思い出した。ゴールデンカムイまた読みたい…。
「…で、あいつらは何やってんだ?」
「ああ、ルシーに覇気を教えるんだと」
恐怖の大魔王ドフラミンゴがディアマンテに尋ねていたけれど、二人とも話題にしているが、こっちにはそんなに興味がなさそうだった。そりゃまあそうか、私は筋トレとボールぶつけられるのを繰り返しているだけだし。筋トレといえばすごいことを発見した。痛覚と触覚がないってことは、前世でダイエットしようとして長続きしなかった理由一つである筋トレの苦痛を感じないのだ。代わりに限界まで酷使された筋肉が痙攣してプルプルしっぱなしだけど。え、大丈夫?これ本当に大丈夫?
「べっへへへ!んね〜んね〜、そんなんで上達してんのかァ〜?」
「トレーボル!邪魔をするな!立て、ルシー!」
「はい、先生!」
気力はまだまだ尽きないのに、体が限界を迎えてしまった。力が抜けて地面に倒れた私に、ヴェルゴが鬼教官らしく喝を入れた。今の気分はアタックナンバーワンの主人公だ。あれって確か鬼コーチと健気系主人公の話だよね。
「それのどこが立っているというのか説明してみろォ!!!」
「え?あっ、ホントだ、生まれたての鹿状態だ。先生すみません!ちゃんと立てません!」
「ヴェルゴ、ルシーを少し休ませろ。今朝からずっと訓練し通しじゃないか」
「ピーカが優しい…」
思わずホロリときてしまう。そういえばだんだん慣れてきたからか、最近は気が抜けたタイミングでピーカの笑い声を聞いても吹き出しそうになることもなくなった。やっぱこういうのって慣れなんだな。
「ヴェルゴ、お前も少し休憩しろよ。休みなしだろ?」
「…今日はここまでにする」
「はい先生!ありがとうございました!」
やっと休憩できる、と座り込んだら服が上から下まで汗だくでベタベタだった。もしかしてちゃんと立てなかったのって筋肉疲労だけでなく脱水もあるのかも…。まだギリ感覚がある喉の渇きが限界突破して麻痺する前に水分だけでも摂らせて貰えばよかったな。ぐびぐび水分を取っていると、ヴェルゴが器用に頬にティースプーンをつけながら話しかけてきた。
「弱音を吐かないのはいいことだ。けどお前は本当に才能がなさすぎるんだ。せめて痛覚か触覚があれば、おれの攻撃や殺意に反応して生存本能が刺激されたんだろうが」
「便利なんだけどなぁ、この体。大人から何されてもショック死とかしなかったし」
そうでなきゃ、今頃廃人だ。
「…おれたちは覇気と悪魔の実によって生き延びられたが、お前は自分の体を切り捨てることでしか生きられなかったのかもしれないな」
「べっへへ…そういう点じゃ、お前も才能があったんだなァ〜」
「どんな才能よ…」
トレーボルが札の枚数を数えながら、ニヤリと笑った。
「体の弱いガキが迫害受けながら年単位で生き延びるって時点で、もう常人じゃねェぜ〜?」
言外にバケモノと言われたようだ。トレーボルの言い回しは他のメンバーのように露骨じゃないからちょっと分かりにくい。
「…まさか。私はごく普通の一般人だよ」
前世から比べればバケモノもしくは心身ともに障害持ちなんだろうけど。SAN値が振り切れなかったのはひとえにロシナンテがいたからだ。私より正気度がガン減りしている子どもが近くにいたから、私が守らなくては、と必死になっただけにすぎない。ロシナンテは今ごろどうしているんだろうか、と記憶の中の我が天使に想いを馳せていたら、隣から聞こえた音に一瞬反応できなかった。おや、と隣を見るとドフラミンゴがため息を吐いていた。
「腹が減った」
「そりゃ大変だ!何か取りに行くか」
ディアマンテは相変わらず買いに行くって言わないんだな…。ボコボコにされた店を思い出してなけなしの良心が痛んだ。剣を手に立ち上がったディアマンテに私は言ってみた。
「ねえ、材料と道具揃えてもらったら私がごはん作るよ」
「「ルシーが?」」「「お前が?」」「できんのか?」
…疑わずにちょっと嬉しそうにしてくれたのはピーカだけだった。なんか傷つくわぁ。
「簡単なものならできるよ」
「べっへへへ!取りに行った方が早いじゃねェか〜!」
「そうだけどさー。でも夜中とかお店やってない時には自炊もいいと思う」
「…まあ、それなら用意してやるさ。美味いもん作れよ」
ままごと程度の腕だろうと食うけどな、とディアマンテは笑った。案外優しいな、と思う一方、なんだか悔しくなった。こうなったらめちゃくちゃ美味しいものを作って驚かせてやる!その後すぐに調理道具一式とあらゆる食材を持って帰ってきたディアマンテとピーカに驚いた。仕事が早すぎる。私は筋肉の痙攣で四苦八苦しながらなんとか包丁を最低限使わなくて済む料理としてポトフや照り焼き、付け合わせのポテトサラダを作って粗末な食卓いっぱいに並べてやった。なのに10分と経たずしてみんなが完食したってことは、まあ、つまりは美味しかったってことなんだろう。
「おいルシー!足りねェぞ!」
丸ごと一枚の鶏モモをフォークで刺してかじりながらディアマンテが文句を言ってきた。ドフィやピーカはもちろんとして、ヴェルゴとトレーボルも頬いっぱいに詰め込みながら食べていた。
「じゃあ次はもっと作るね」
「ルシーにもこういう才能はあったんだな…」
鬼教官ではなくただの子どもらしくヴェルゴが言った。感動したようにサングラスの奥で目をキラキラさせて。…もちろん、頬にポテトサラダをごっそりとくっつけて。そういったひとつひとつが、まるで私の前世を認めてもらえたように思えて、私はにんまりと笑ってやったのである。