いくら万全の状態で出航したとはいえ旅をする中で不具合は出てくるもので、特に船を動かすには人手が足りないからとトレーボルたちは治安の悪そうな島や裏路地などでスカウトを始めた。さまざまな武闘大会で優勝したけれど嵌められて落ちぶれ暗殺者をしていたというラオG、そして裏路地でドフィが拾ってきたグラディウスがファミリーに入った。他にも原作で見たことのない人たちが10人は入ってきたけれど、ドフィたちによる訓練という名の暴行に音を上げて早々に逃げ出してしまった。
(グラディウスはまだ悪魔の実を食べてないらしいけど、原作で何歳の時に食べたとか解説あったっけ…?)
ちなみに私はヴェルゴ先生によって武装色の覇気を獲得するため猛特訓を続けていた。筋トレで筋肉が痙攣したり食欲が湧かなくてゲロを吐くことはなくなったし、体がうっすら引き締まってなんとなくお腹の中央に筋肉の細い縦線ができるまでになった。これはまさか細マッチョになれちゃうのかも!?なんて鏡の前でお腹をチラチラ見ながら喜んでいたら、通りすがりのディアマンテに「なんだルシー、お前本当に鍛えてんのか?全然筋肉がついてねェじゃねえか!フニャフニャだなァ!ウハハハハ!」と高笑いされたので大いに気分を害した。全く、デリカシーのカケラもない!ないと言えば、やっぱり私にはセンスがないからか、数年訓練を続けてたって武装色の覇気はほんの少しも発現しなかった。
「お嬢には闘いの才が無い。驚くほど皆無だ!」
「ですよね!知ってる!!!」
見学に来たラオGから太鼓判を押されるほどに、私には闘いの才能がなかった。薄々というか当然のように分かっていたことだったが、改めて断言されるとそれはそれでショックだ。
「まァ、何かあってもおれたちが守ってやるから心配すんなよ、ルシー」
「…くやしい」
「あァ?」
「ヴェルゴにもずっと訓練してもらって鍛えてるのに、全然覇気が出てこないとか!悔しいっ!」
大人気なく感情的になって、地団駄を踏んでキーキー喚いてしまった。だって、訓練を始めてから何年になるのか。才能がないというだけでその年月が全て無駄だったなんて悔しいし、信じて特訓に付き合ってくれていたヴェルゴにも申し訳なさすぎる。喚いた私の頭を撫でて、鼻水も盛大に垂らしてトレーボルがニヤニヤ笑った。ディアマンテもニヤニヤしてるし。こいつらホント大人げねえな!
「そうやってるとドフィの妹だな〜!でも誰もお前に期待なんかしてねェー」
「うっさい!」
「ウハハ!だがよォお前、前より病気にならなくなったじゃないか」
「…まあ、そうだけど」
ある程度体が成長したし、体を鍛えたことで風邪になることは減った。けれど逆に、そこまでしないと一般人並みの体にはなれなかったともいえる。そこまで弱いのだ。
「ルシー」
「何、ヴェルゴ…」
「ここで諦めて逃げるなよ。次は見聞色の訓練をするんだからな」
「っ!!!ヴェルゴ先生ー!!!」
ヴェルゴ先生カッケー!!!ずっとついていく!!!感動して見ていたら、離れたところから舌打ちが聞こえた。おや、と思ってそちらを見ると、部屋から出て行く後ろ姿が見えた。私より年下で、路地裏にいた時から回復していないからかガリガリで細い、グラディウスだ。どうしたんだろうかと首をひねる私に、ドフラミンゴとピーカが話しかけてきた。
「まだ馴染まねえなァ、あいつ。イイ目をしてるが…」
「ルシーに舌打ちをしたぞ…処分しておこうか?」
「いやいやいやいや、ダメだってダメダメ!あの子はダメ!」
未来の幹部を殺す気か、と二人にストップをかけた。真っ先に能力を発動させようとしたピーカが吊り上がった目を和らげて止まってくれたので一安心した。
「気に入ったのか?」
「え?あー…うん、気に入った。とっても気に入ってる。だから殺さないで。お願い兄上!いいでしょ?」
「フッフッフ…可愛い妹の頼みだからなァ!おい、ピーカ」
「……ああ」
全力を振り絞ってのかわいこぶりっ子は功を奏したらしい。グラディウス…一生私に感謝してくれよ…。自分の気持ち悪さにうっすら出た鳥肌をさすりつつ、グラディウスを追いかけた。廊下に手をつきながらふらつく背中を見つけて、声をかけた。
「グラディウス!」
「………」
グラディウスがチラッとこっちを見たけれど、そのまま何もなかったように歩き出した。何その露骨な無視…傷つくわ…。
「ねえ、グラディウス。一緒に話そうよ。ちょっとでいいからさ」
「話すことなんてない」
「まあそう言わず。あ、そろそろおやつの時間だよ。一緒にクッキー食べよう。お茶入れてあげるから…おっ!?」
目と鼻の先に、ギラリと光るナイフを突きつけられた。もちろんグラディウスに。
「…目障りだ。消えろ」
「え、無理。ってかさ、これからファミリーで一緒にやってこうってのに、何でそんなこと言うかなぁ」
「おれは若について行くだけだ。お前などどうだっていい!」
「……あっそう」
カチンというか、ブチッときた。ロシナンテと別れてから周りにチヤホヤと甘やかされていたからか、こういう露骨な拒絶をぶつけられるのが久しぶりすぎたのだ。
(いや待てよ…相手は少年、私は大人…ここで感情のままに言い返すのはさすがに大人気ない…)
だって冷静に見ればまだ小学生ぐらいの男の子だ。ちょっとヤバイ育ちをしただけの反抗期少年を相手にしている、と考えると……なんだか逆にワクワクしてきた。テンションうなぎのぼり。前世から私は純粋ピュアピュアなショタよりもツンデレショタの方が萌えるタチだ。あっ、でも本来はジジ専ね。執事服を着て刀を構えたり悪漢を肉弾戦で軽やかに撃退する系なら尚更萌える。タナカさん最高。黒執事も大好物でした。リストランテ・パラディーゾも懐かしい。…前世のことを思うと、今の状態が非現実的すぎてなんだか冷静になれる気がする。にっこりと笑って、思いの丈をぶつけてみた。伝われこの萌…熱意!
「私は君が好きだよ、グラディウス少年。この歳でツンの割合が高すぎてデレ要素が少ないキャラを確率させるとかなかなか神がかってていいと思う。忠犬キャラも両立させるとかホントすごくいい。でもそのほっっっそい体はダメね。今度からヴェルゴたちが君にも訓練つけるんだって?なら真っ当な人間じゃ死ぬほどキツイと思うよ。まあ私は無事だったけどね!あっはっは!」
長袖長ズボンにマフラーと帽子までつけて肌を隠しているけれど、少し動けばすぐ体の細さが分かるのだ。そんな子どもを見ていると、ロシーを思い出す。ドジっ子だから生ゴミもろくに食べられず、しょっちゅう転んでいたロシナンテ。体に脂肪どころか筋肉もまともについていなかったから、転ぶたびにあちこちに青あざを作っていた。こうやってグラディウスを見ていると、ガリガリのヒョロヒョロなのに私を庇うように抱きついて、でも見知らぬ人全てに怯えていたロシナンテを思い出して、悲しくなるのだ。
「ねえ、こんなのはポケットに直して、一緒におやつ食べて楽しく話そうよ」
「っ!?」
ナイフを掴んで腕ごと降ろさせた。躊躇いなく刃物を掴んだことに対してか、あるいはにっこりと女神のように慈愛たっぷりで微笑みながら距離を詰めたことに対してか、グラディウスは怯えたような目をして一歩退いた。そこで逃げ出さないのは彼のプライドなんだろう。
「……バケモノめ…!」
グラディウスがナイフを引こうとするたびに、こちらも全力で引き留めた。この手を離すとナイフを持って立ち去ってしまいそうだったから。けれどまさか自分と似た年頃の女児が痛みや恐怖で泣き叫ぶでもなく、笑顔で拮抗されると思いもしなかったらしく、グラディウスは気味悪そうに吐き捨てた。
「それ、よく言われる。なんでだろうね、私はいたって普通のオンナノコなのにね」
ナイフが肉を突き破って骨に当たっているのか、お互いが地味だけど全力でナイフ一本を奪い合う中、私の手の方からゴリゴリと骨に当たる振動が伝わってきた。うわー、気持ち悪い。
「…っ!おれが従うのは若にだけだ。妹であろうとお前に指図される筋合いはない!」
「その辺はまあ当然でしょ。私とドフィは別の人間なんだから。でも、同じファミリーでしょ?普段から仲良くしてなくちゃ、いざって時にお互いが足引っ張っちゃって一緒にドフィを守れないよ。ねえ、私が言ってることって間違ってる?ねえ?」
「……おれは!お前が、嫌いだ!」
初めて声を荒げたグラディウスを見て笑ってしまった。捻くれた大人の言葉に感情をぶつけて反発してくるなんて、なんとも素直で可愛い子じゃないか。
「あはは!やっぱ私、君のこと好きだわ!」
「嫌いだって言ってんだろうが!気持ち悪いやつだな!」
「そう言われても私は君のこと好きだよー。メッチャ可愛い!萌える!」
「黙れ!ついて来るな!」
「一緒におやつ食べようよー」
「いらねえ!!!」
「まあまあそう言わないで」