綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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3.頼れる者などどこにもいない

 

それから数日、依然としてドンキホーテ邸宅には何も起きなかった。だから余裕を持って、庭のあちこちに穴を掘って、運べないと判断した金銀財宝をちょっとずつ埋めて隠すことができた。何かコソコソしていると様子を見に来たドフラミンゴは数時間で飽きて街に出ていっちゃったけど、ロシナンテは何日も私の穴掘りに付き合って、しかもしっかりと手伝ってくれた。とはいえ掘った穴に自ら転げ落ちること3回、金銀財宝を足の上に落とすこと7回、何もない所で転ぶこと19回と、すさまじいドジっ子っぷりを発揮してくれたけど。コラさんってホントもう…!

 

「ルシー、どうしてうめるの?」

 

「もしもの時にすぐ掘りかえせるようにしたいの」

 

「使用人に、かんきんさせたのも?」

 

「だってこんな重いのより札束の方が持ち運べそうだもの」

 

天竜人をやめたとはいえ家事一つまともにできない両親は、ほんの数人だけど使用人を雇っていた。たぶん破格のお給料だと思う。その中の一人、執事のおじさんに私の金銀財宝を少しずつ換金させていた。親に内緒という口止めと、たぶんポケットにいくらか盗んでしまっちゃうであろうと考慮して、売値の3割は臨時ボーナスにすると伝えたら嬉々として換金に行ってくれた。そしたらアタッシュケースが山のようになってきたので、今は札束でなく金貨に変えてもらっている。

 

「それよりロシー兄上、避難グッズの用意はできた?」

 

「うん。母上の好きな紅茶の葉っぱと、父上の好きなくだものと、兄上のお気に入りのじゅうと、ルシーの好きなお金と、僕のくまさんと」

 

「うん。あのね、半分ぐらいは置いて行こうか」

 

茶葉はまだ嵩にならないし重くないからいい。金はもちろんいい。ロシナンテのくまさん人形もまあいいだろう。けど果物は傷むからダメだし、銃なんて以ての外だ。その銃でオメーのトーチャン殺されっぞ!?

 

「ってか私がお金好きって!心外な!」

 

「え?きらいだったの?」

 

「いや…まあ、嫌いじゃないけど…むしろぶっちゃけ好きだけど…でもなんか語弊がある…!」

 

「変なルシー」

 

「お黙り目隠し小僧」

 

「えっ?」

 

「ううん、何でもないよー☆」

 

おっと、危ない危ない。ついつい口からぽろっと悪態が出てきてしまう。今日のノルマでだいたい終了だ。あとできることといえば…何だろう。そもそも私は屋敷の使用人を信用していない。さすがに食事に毒を混ぜるとかはしていないようだけど、なんだか愛想笑いというか、怪しさ爆発だったから。天竜人生活しかしていない両親と兄二人はあれが愛想笑いだと見抜くことはできていないようだけど、前世の記憶持ちの私からすれば、あれはもう紛れもなく裏のある愛想笑いだった。例えるならクラス中でイジメをしていて、でも私はあなたの味方よ!って近付いてニヤニヤ笑ってる連中の顔…アッ、トラウマスイッチ入りそう…。それに、以前私の部屋のアタッシュケースから札束を抜く所をたまたま目撃してしまったのが決定打だった。

 

「…せめて一人でも信用できる使用人がいれば、別の街に小さな家でも購入させて、緊急時はそこに逃げ込んだりしたかったんだけどなぁ」

 

親に一度別邸の購入を求めたら、天竜人をやめて質素に暮らすのが目標だからと善意100%の笑顔で却下された。私のおねだりにドフラミンゴも共感してくれたけど、悲しいかな、子どもの要求とは通らないことが常である。

 

『もう下々民の生活は飽きたえ!早く聖地に帰りたいえ!ルシーも可哀想だえ…!』

 

マリージョア時代から、天竜人やめたくないとか、せめて最強レベルな悪魔の実が欲しいとか、私が散々おねだりしまくっても全て却下されているとドフラミンゴは知っていたらしい。ただ、そこで自分と妹可哀想、とかにならないのがドフラミンゴ。悲しむ代わりに激怒して暴れまくっていた。おかげでお高い壺がいくつ粉々になったことか…。

 

「もう暗くなっちゃったよ。ルシー、ごはん食べに行こう」

 

「うん、兄上」

 

土まみれの小さな手に、もっと小さな私の手を包まれた。泥まみれになりながらも笑顔で妹を家に連れ帰ろうとするロシナンテを見て、胸がゆっくり切り刻まれるように痛かった。

 

「ロシー兄上、大好き」

 

「ぼくも、ルシーのことが大好きだよ。あたっ!」

 

「ぎゃん!」

 

何もないところで転んだロシナンテに引きずられるように、私も地面に転んでしまった。奇跡的に私もロシナンテも大した怪我はしなかったけど。ああ、体重が軽くて柔らかい子どもの体でよかった。

 

「ルシー、ごめんね。大丈夫?」

 

「大丈夫。…兄上のことは、私がちゃんと守ってあげなきゃだねぇ…」

 

「ちがうよ!ぼくがルシーを守るんだよ!」

 

「じゃあ、早くかっこよくて強い大人になってね、兄上。…できればドジっ子もなおしてほしいけど」

 

ロシナンテのドジっ子はガチで一生ものだもんね、とは言えなかった。

 

「かっこよくて強い大人かぁ」

 

自分の大人の姿を想像してか、ほわほわと頬を緩めているロシナンテの手をしっかり握って家までリードした。私が家族を守らなくては。私がちゃんと、死なないように守ってあげなくては。キリキリと痛む胃を押さえて前を見据える。

 

そして2年後。

一般人だった私の緊張なんて、1年も保たなかった。

金払いさえよくすれば使用人たちは裏切らない、私は原作を打破したのだ、そんな甘い幻想に私は浸ってしまった。

街の住人たちが、ドンキホーテ家は元天竜人であり、何をしても天竜人たちから理不尽な目に合うことはないのだと確信を深めていった、その2年間。

私たちドンキホーテ家は、至極平和に暮らした。

 

私の、ドンキホーテ家に関する原作知識が霞のようになるのに、2年は十分すぎた。

 

使用人たちが自宅へ帰り、ドンキホーテ家の者たちが寝静まった深夜に。

 

「数百年分の世界の恨みをあの一家に刻み込め!!!」

 

立派な屋敷は街の人々の手により、無残に焼け落ちてしまった。

 


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