綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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25.せめて安らかに

 

この年は変化の多い一年だった。まず、ドフラミンゴが武器の売買に本格的に手を出し始めた。そのためには船だけでなく広い倉庫も必要になるということで、とある島のゴミ処理場の倉庫を丸ごと手に入れて、そこを拠点にすることになった。

 

(そうそう、セニョール・ピンクも仲間になったなぁ。実力のある能力者で身なりを整えられていて弁が立つとか、めちゃくちゃ才能があるのになんで海賊になったんだろ)

 

あんまり多くを語らないので、その辺りは分からないし、実力さえあればいいとみんなも聞き出そうとし……いや、してたわ。粘着質なトレーボルとか性格悪いディアマンテとかが聞き出そうとかしてた。でもってドフィから窘められて渋々引き下がってた。

 

(なんかみんな、年々性格に磨きがかかってるよなぁ…)

 

そして、海賊船も一般の商業船も海軍さえも襲って金品や武器、海楼石を奪い取って部下を着々と増やす私たちは、とうとう政府に目をつけられることとなった。そもそもなぜ幼少期に海軍船で海兵の皆殺しをした時点で懸賞金をかけられなかったのか意味がわからない。後でトレーボルに聞いてみたら、ドフィの出自への配慮や島で一般市民の暴走を止めなかったこと、父親の通報を無視し続けたことなど色々な要素が重なった上での結果だと言われた。なるほどなー?微妙に納得できないけれど、トレーボルたちが手を回したのかどうかはそれ以上探ることができなかったのでこの疑問は一旦置いておくことにした。というわけで、うちの兄は20歳を目前に現在億越えの大悪党である。怖い。幹部3人とグラディウスも能力に目をつけられて、懸賞金をかけられている。ヴェルゴは私の護衛が多いからか、それとも別の何か意図でもあるからか、幹部なのにまだ懸賞金をかけられていない。むしろ懸賞金をかけられないよう、極力表に出ない仕事をしているようだ。

 

「ルシー、寝かせろ」

 

「はいはい」

 

ドフィは年々過保護に拍車がかかってくるようになっていた。ラオGとの訓練で骨を折ったり、昏倒して意識を失ったりしたからだろうか。それともグラディウスとの銃選びの時に試し撃ちで散々肩を外しまくったり指の骨を折ったからだろうか。とにかく、何かというと私を抱き上げて膝に乗せたり、頬擦りしたり、頭を撫でてきたり、こうやって夜に自分を寝かしつけろとベッドを奪いにくるようになった。

 

(人恋しいのかな…?なら恋人でも作ればいいのに)

 

一度唆してみたら、いつ誰が裏切るか分からない、と割とガチめに返された記憶はまだ新しい。私のベッドは3メートルとかいうわけが分からないくらい巨大に育ったドフィには小さすぎるはずなのに、ここ最近なんかほとんど毎日のように、体を丸めて意地でも寝てやるとばかりに潜り込んでくる。おかげでもういっそお前がドフィサイズのベッドがある船長室に住みに行けと家族たちからせっつかれるようになってきた。年頃の娘のプライバシーなんて、海賊の前にはただのゴミ扱いだった。唯一の常識人であるセニョールが、若干憐れみの目をしてサムズアップしていたのを思い出してムカムカしてきた。…あの親指、逆側にへし折ってやればよかっただろうか。

 

「ルシー、早く来い」

 

「はいはい…」

 

ドフラミンゴの半分ちょっとで止まってしまった私の身長では、並んでベッドに入るとまるで子どもと大人のようだった。ドフィにくっついて、大きな背中に手を回して、軽くリズムをとって叩いて、優しく優しく声をかける。子どもの頃に、ロシナンテとドフラミンゴの2人にしてあげたように。

 

「ドフィ、頑張り屋さんのドフィ。いつも家族みんなを助けてくれて、ありがとう。みんなのために頑張ってくれてありがとう」

 

たくさん褒めて、優しく優しく、眠りに誘う。悪夢に追いかけられないように、夢の中でだけでも休めるように。

 

「……もっとだ」

 

お気に入りの人形を抱きしめるようにして、ドフラミンゴがくっついてきた。ああ、子どもの頃にお気に入りのくまの人形を抱きしめて眠るのはロシナンテの方だったはずなのになぁ。ロシナンテに会いたいなぁ。サングラスを外したドフラミンゴの顔に手を伸ばした。目を閉じさせて、くっきり寄っている眉間のシワを伸ばして、そのまま髪を優しく撫でてやる。

 

「兄上、大好きだよ。大丈夫、みんながいるから怖いことはもう何もないよ。大丈夫…大丈夫…」

 

「あァ………そうだな……」

 

ふっ、と笑ったドフラミンゴの体から、力が抜けた。私の体の上のドフィの腕がずしりと重みを増した。

 

(…可哀想)

 

私のように痛覚も触覚も温感も無くしていれば、地獄のようだったあの迫害の日々を未だに悪夢として追体験することはなかっただろうに。私のようになっていれば、VR体験みたいだなぁ、なんて他人事のように流せただろうに。

 

(復讐することでしか悪夢から解放されないと信じ込んでるなんて、悲劇だよなぁ)

 

世界を壊すとか、無茶苦茶なことを言うくせに、家族のことは守ろうとしている矛盾の存在だ。それでも、この人は私の兄なのだ。こんなに大きくなってしまったのに、今でも幼い頃のドフラミンゴを重ねて見てしまう。

 

「私が、守らなきゃ…」

 

できもしないことを、私は未だ呪いのように唱えた。

 


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