特訓を続けること数年。とうとうラオGに言われてしまった。
「……お嬢、もう諦められよ」
「どうして?」
才能がない、とでも言われるのだろうか?何度目だろう。自分でも闘いの才能がないことは重々承知している。才能以前に体だってろくなものじゃないのだし。骨折しまくって、ラオGに困った顔をされ続けて、それでもラオGは私に諦めろとは言わない人だと思っていたのに。構えを解いて、ラオGは重い口を開いた。
「…若が、お嬢に闘い方を教える必要はないと判断されたのだ」
ショックだった。まさか、今まで私が護身術を習うことを黙認していたドフラミンゴが、今更口出ししてくるようになっただなんて。トップがそんなことを言ってしまえば、部下は従うほかない。ラオGも心底納得したわけではないのだろうが、ドフィがそう言うならばと了承したようだった。なら、私は何も言えない。唇を噛み締めて感情を押し留めて、にっこり笑ってみせた。全く気にしていないとアピールするために。
「ドフィがそう言うなら仕方ないよ。長い間、どうもありがとう。不出来な生徒でごめんなさい。今後は…バッファローも育てなきゃだし、ラオGも忙しいもんね。うん、仕方ないない!」
「お嬢…」
「私、シャワー浴びてくる!それじゃ、今までありがとうございました!」
深く礼をして、何か言いたげなラオGに背を向けて部屋へと走った。だんだんと、ドフラミンゴの檻を意識するようになってきた。もしかすると子どもの頃から私を閉じ込めるための檻はあったのかもしれないけれど、それが年々窮屈になってきた。きっと私が、檻に合わないほど大きくなってきてしまったからだ。ドフラミンゴに依存しなくても生きていきたいと願ったから、檻の中でこんなにも息が詰まりそうになるんだ。気付かず俯いて爆走していたようで、角から出てきた人にぶつかっても一瞬何が起きたのか分からなかった。悔しさで涙が出ていたのか、視界がぼやけすぎて色彩しか分からないが、この黒い服はたぶんグラディウスだろう。私がぶつかってきたと分かるとグラディウスがすごい剣幕で怒鳴ってきた。
「っ!ルシー!!!ちゃんと前を見て歩、け……!?」
「……ごめん」
心に余裕がなさすぎて、雑な謝り方をして逃げるしかできなかった。けれどグラディウスが私の腕を掴んでいたのか、走ろうとすると体を後ろに引かれてたたらを踏んでしまった。
「誰に泣かされた…!」
「…グラディウスには関係ないでしょ」
「ルシー!」
自分でもかっこ悪いと思うくらい、ツンケンした言い方をしてしまった。しまった、と思ったら案の定咎めるように名前を呼ばれてしまったので、逃げるのを諦めた。
「……グラディウスも、私に訓練する必要ないって、ドフィに言われてるんでしょ」
「……ああ」
馬鹿正直に肯定したグラディウスにちょっと笑えた。才能がないなりに私が必死になってみんなの訓練に食らいつこうとしていたのを知ってるくせに。泣いた私からこの話題が出た時点で、なぜ泣いてるのか分かってるくせに。そんなだからモテないんだぞ。
「…自由になりたい」
「今は自由がないと言いたいのか」
「そうだよ」
マスクとグラス越しに、グラディウスがギュッと顔をしかめたのが分かった。食わせてもらってるくせにわがままを言い出した面倒な女だとでも思っているんだろう。でも、私そんなわがまま言ってる?これでも一応この間成人したんだよ?家から出るとか別に普通のことじゃない?この世界でも普通のことかは分からないけど。ぐるぐると考え出して、ふと私の心の天使を思い出した。
「…ロシーに会いたい」
あの悪魔が酷すぎるんだとロシナンテに愚痴を言いたかった。だってここにはドフィの味方しかいないんだもの。ロシーならきっと私の味方をしてくれる。きっと。絶対に。
「ロシーに会いたい!ロシーに会いたい!!ロシーに会いたいーーーっっっ!!!」
呆気にとられて拘束を緩めたグラディウスから逃げて、部屋でわんわん泣いた。なんで今、ここにロシナンテがいないんだろう。今何してるんだろう。ちゃんと海兵になったんだろうか。元気に暮らしているんだろうか。今はもう、ドフィが怖いと泣いていないだろうか。なんであの時、私はロシーと一緒に逃げなかったんだろう。あの頃から体が大きくなった今は、ドフラミンゴに殺される恐怖なんかよりもロシナンテに会えないことの方が、怖くて辛かった。