「よし。ルフィには原作通りに大魔王をぶっ飛ばしてもらおう」
強く決意して拳を握りしめた。要するに他力本願である。自分ではできないから、主人公に任せる。なんと素晴らしい計画!具体的なプランは、私は何もしない、これだけ!もちろん私も非情ではないので、ドレスローザやら何やらで苦しむ人や殺される人たちを思うと胸は痛むけれど、痛むだけだ。別に胸の痛みが原因で死ぬわけでもない。もっと言うなら見ず知らずの人がどこでどう死のうと私には知り得ぬことだから胸の痛みになんてなるはずがない。つまりはノーカンだ。とっくに記憶からかき消えた原作知識が今更戻ってくるわけでもないし、ここで私がどう足掻こうときっと決まり切った世界の流れっていうものは変わりはしないんだろう。母親が死んだように。父親が殺されたように。ロシナンテを助けたのがあのセンゴクさんだったように。そして、この子がベビー5と名付けられたように。
「ルシーさん、これお花です!お店で一番綺麗な花を買ってきました!」
にこにこと笑いながら、赤いバラの花を一輪プレゼントしてくれた。私の訓練を強制終了させたことにほんのわずかでも罪悪感を持っていたのか、それとも単に私の暇つぶしのためにか分からないけれど、ドフラミンゴは新しく家族になったベビー5をしょっちゅう寄越してきた。
(可愛い子なのになんで極悪極まりないうちみたいな海賊団に入ってきちゃったのかなぁ)
だからって娼館に行けという気はさらさらないし、むしろこんな可愛い子が家族になったことは超絶嬉しいんだけれど。ベビー5はトレーボル辺りから私は花が好きとか聞いて、きっとなけなしのお金を叩いて買ってくれたのだろう。昔トレーボルたちが花屋を襲って花を根こそぎ奪い取り、花を部屋いっぱいにしたことを思えば、なんて善良で素敵なことだろうか。前世で母の日にカーネーションを渡したら、お母さんが涙ぐんでいたのを思い出した。今やっとその気持ちが理解できたよ、カーチャン!
「ルシーさん、あの……嬉しくなかったかしら…?」
「ううう嬉しいよううう!!!ベビちゃん最高!ありがとう!すっごく嬉しい!」
「本当!?ルシーさんのお役に立てたなら嬉しいわ!」
役に立つ、と彼女はよく強調する。悲しいけれど、本当に役に立てることで喜んでいるのだ。相手が喜んでくれたら私も嬉しい、という感覚とは根本的に違っている。それに、役に立てなかったら自分が存在する意味がない、とまで思い込んでいる辺り、本当にどうしようもない。なんとか子どものうちに矯正しなければ。奴隷の子たちとは違って、彼女はこれから私の家族としてやっていくんだから。
「ベビちゃん」
「はい、ルシーさん」
「ベビちゃんはベビちゃんのままでいいのよ」
「?」
「だからね、えーっと……」
上手く説明できない。だってこんな子初めて会う。前世でだっていなかった。いや、きっと存在はしていたんだろうけど、私がそうと察する形では会ったことがなかった。たとえばヒモを養う人とか、DVをする伴侶を支え続けようとする人とか、ベビー5はそういった人たちと同じなんだろう。……違うか。うーん、本当にこんな子初めてで、上手く例えられないし理解が追いつかない。ヤンデレ系?…ってわけでもないしなぁ。
「うーん…うーん…」
「…あの、ルシーさん…私、ルシーさんを困らせてるのかしら?だとしたら私、どうすれば…」
「そうじゃないよ、大丈夫大丈夫」
泣きそうな顔をして、見てるこっちが可哀想になるくらい狼狽えられた。いや、違う違う!ある意味あなたのせいだけど全然あなたのせいじゃないから!
「あのねー、うーん…私はベビちゃんのことが大好きだよ。可愛いし、よく気がつくし、勤勉で頑張り屋さんで、それに可愛いし」
「えっ!?」
大切なことなので2回言いました。ベビー5は頬を染めてめちゃくちゃ可愛いく照れてくれた。ああ、可愛い…。
「だからね、そんなベビちゃんが失敗しても、間違ったことをしちゃっても、怠けてても、可愛くなくなっても、もちろん役に立たなくったって…私はベビちゃんのことが大好きだよ」
長所が長所でなくても好きだと言われた意味が分からないのか、ベビー5が戸惑った顔をした。
「ど、どういうことなのか分からないわ…」
「…ベビちゃんが生きてるだけで大好きってことだよ」
「そんなはずないわ」
真っ向から否定してくるベビー5に戸惑ってしまった。どうしてそこまで言い切れるんだろう。捻くれてるんだろうか。…いや、きっと、心の底から自分に価値がないと思っているんだ。自分には価値がないから、自分に価値をつけたくて、誰かの役に立とうとしている。ああ、価値がないなら生きている意味はないと思っているのか。押し問答をしていても、ベビー5はより頑なになるだけだろう。それなら、自分は生きているだけでいいのだと、愛されているのだと分からせてやればいいのだろうか。
(全く、親はどんな教育してたんだ!)
親から手を引かれて売られてくる子どもだって、この子よりもうちょっとマシだ。吐きたくなるため息を飲み込んで、ベビー5の持つバラを見た。カタカタと小さく震えながら、手が白くなるほど握りしめているせいで、茎がしんなりしてきていた。
(…ああ、本当に、可哀想な子だなぁ)
生きているだけでいいのだと、初めて言われたのかもしれない。緊張していて、怖がっていて、自分がどう答えたら相手の機嫌を損ねないのかと、どうしたらいいのか分からないといった顔をしている。
「…じゃあ、私はあなたのことが大好きなんだってことだけ覚えてくれてたらいいよ」
「……わかっ、たわ……?」
頭の中いっぱいに疑問符が飛んでいるのだろうけれど、とうとうくったりと頭を下げてしまった赤いバラには気付かないまま、ベビー5はこくりと頷いた。