綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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30.邪魔な人形は捨てればいいのに

 

 

「ねえ、ドフィ。やっぱり銃だけでも習えない?」

 

「あァ?必要ねェだろ?」

 

「でも万が一ってのがあるしさぁ」

 

「フッフッフ!却下だ」

 

「ドフィのケチー!」

 

悪態をついてソファに寝転ぶと、グラディウスから二重の意味でのお叱りの声が飛んできた。お察しの通りドフィに悪態をついたことと、スカートを気にせず人前で横になっていることに対してだ。そもそもこんなお姫様ちっくなワンピースを着せているドフィの趣味が悪いのがいけないんだ。私はズボンを穿いて走り回りたいお年頃だってのに。護身術を習うことすら禁止されたことを、私は未だに根に持っている。むしろ一生言い続けてやる所存でござる!

 

「動きたいー!はしゃぎたいー!鍛えたいー!」

 

「フッフッフ!」

 

「ルシー!少しは慎みを持て!」

 

「無理ーぃ」

 

チッと鋭い舌打ちと、グラディウスから私のモフモフコートが飛んできた。バタ足をしたことで晒された私の魅惑の生足(笑)を隠せということだろう。グラディウスをこれ以上怒らせると爆発しそうだったので、大人しく言うことを聞くことにした。コートを膝掛け程度に体の上に乗せていると、まだ書類を読み終えていないというのにドフィが立ち上がって出て行こうとしていた。

 

「兄上?」

 

「客が来たみたいだなァ。ルシー、お前は大人しく待ってろ。行くぞ、グラディウス」

 

「はっ!」

 

「いってらっしゃい、ドフィ、グラディウス」

 

どうせいつもの取引相手だろう、と手を振って見送った。ドフィもニヤリと笑みを浮かべながら後ろ手を振ってきたので、ドアが閉まるまで手を振り続けた。一人きりになると話相手もいなくて退屈になる。ベビー5はバッファローと一緒にラオGから訓練を受け始めたからあんまり遊びに来てくれなくなったし。

 

「ヒマ…」

 

とびきり大きくあくびを一つかました、そのタイミングで。ドォンッ、と大きな音と振動がソファの上で寛ぐ私にまで響いてきた。突然の轟音と衝撃で反射的に体が飛び上がった。ああ、客ってそういう…。ドフラミンゴが2億とかいう訳の分からない懸賞金になってからは船を見ただけで逃げ出す人たちばかりだったから、敵襲なんて久しぶりだ。さすがに大砲をブチ込まれて船が損壊するなんてことはないだろうけど、船の近くに落ちて海水まみれになって帰ってくる仲間たちの姿は容易に想像できた。いずれドフラミンゴを見殺しにして逃げ出す予定のニートとはいえ少しは役に立ってやろうという気持ちで、風呂場からタオルを出して仲間たちを迎える準備をしようと思い至った。部屋の外は思いのほか冷えていて、冬島が近いのかな、なんてのんびり考えながら船内を歩いた。甲板の方から騒ぎ声や武器の音、振動なんかも伝わってくる。いつものことだ。けれど、なぜかこの時は胸騒ぎがした。いつもは楽しげな仲間の声に焦燥を感じたからか、敵船に乗り込むのが常だというのに今日は珍しく敵に乗り込まれていたからか。言いようのない感覚に突き動かされるように、様子を見るだけだと内心でドフィに言い訳をしながら甲板の方へと近付いた。その時、真正面に浮かぶ敵船から、狙撃手がドフィを狙っているのが見えた。それを見つけたのは、まさに奇跡としか言いようがなかった。訓練は長い間させてもらっていたけれど才能がなくて覇気も出せず、護身術は初歩の段階でやめさせられ、実際には幼い頃の暴力しか味わったことがなく、今はニート生活を謳歌していた私が、遠く離れた場所の狙撃手を発見し、しかも狙撃手が狙う先に兄がいると直感できたのは、奇跡だった。もしかしたら、ドフィをここで死なせてはいけないという、世界の予定調和だったのかもしれないけれど。

 

「兄上っ!」

 

「ルシー、ッ!?」

 

パァンッ、と。乾いた銃声が、胸への振動が来てから遅れてやってきた。

 

「ルシーッ!!!」

 

揺れる船の上でなんとか立っていた私の体を、ドフィが大きな腕で抱え込んだ。

 

「ルシー、しっかりしろ!ルシー!」

 

珍しく焦った声で縋ってくるドフィに、何をそんなに慌てているのかと聞き返そうとして、ふと自分の胸元に目がいった。白いワンピースの右半分が真っ赤に染まっていた。どうやら肩と胸の中間地点辺りを銃で撃ち抜かれたらしい。とはいえドフィからは苦痛の雰囲気も感じられず、おそらく無傷なのでひと安心。おっぱいがデカくてよかった、前世の私の貧乳のままなら貫通した弾でドフィも怪我していただろう。しかしものの数秒でワンピースから滴るほどの流血とは、なかなかヤバい所を撃たれた様子。いやー、痛覚死んでてマジ感謝。

 

「ど、ふぃ…」

 

ごぶ、と口から血の塊がせり上がって来た。なんだか呼吸もしづらい。もしかしなくても肺がやられちゃったか。あーあ、ついてない。呼吸できなくて窒息死ってのはしんどいらしいのに。徐々に酸欠で朦朧としてくる意識をなんとか研ぎ澄ませて、憤怒の顔で能力を爆発させている兄を見上げた。これがロシーなら泣きじゃくって抱きついて来ただろうけど、ドフィはそんな可愛い兄ではないので、今はもう私に怪我させた敵をブチのめすことしか頭にないんだろう。あーあ、ロシーが恋しいなぁ。記憶の中のロシーはいつでもちっちゃいショタのままだから、なおさら恋しい。

 

「ぁに、…ぇ」

 

絞り出した声が、数多の悲鳴にかき消えずドフィに届いたのかどうかは分からない。けれど悪の大魔王らしく、凶悪そのものなドフラミンゴは、ニートで足手まといの代名詞みたいなこんな私を、結局最後まで手放そうとはしなかったのである。

 


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