綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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サン&ムーンさんより、「29話のベビー5視点」です。
ご意見ありがとうございました!



サイドストーリー
29話…ベビー5視点


 

ひもじくて、ひもじくて、食べる物も、飲む物もなくて、…ママも、いなくて、ひもじくて、辛くて、けれど、何より信じていたママに手を離されたことが、寂しくて、辛くて、ひもじくて………頭が、どうにかなってしまいそうでーー。

 

ぎゅう、と胸もお腹も焼け焦げたように痛かった。

 

「さあ、これからお前はここで生活をするんだーー…」

 

「ここで?おれ、腹いっぱいメシが食えるの?」

 

「あァ、そうだよ…綺麗な服も着れるし、1日に3回もメシが食える。雪の降らない暖かな場所でな」

 

「やったー!おれ、腹ペコなんだ!」

 

わあわあと嬉しそうに笑いながら、痩せた男の子が大人に手を引かれて倉庫に向かっていった。いいなあ、と思った。けれど同時に、なんて甘えてるんだろう、と思った。ごはんも服も寝床ももらえるのなら、役に立たなきゃいけないのに。役に立たなきゃ、生きる意味なんてないのに。

 

(バカな子…)

 

ギリギリ、胃の腑がねじ切れるように痛んだ。前にごはんを食べたのは、いつだっけ。ああ、いいなぁ。私も…私だって、役に立てたらごはんを食べさせてくれるかなぁ。うん、きっと食べさせてくれるよね。だって、あんな子だって何もしないでごはんを食べられるんだから。私の方が、役に立てるんだからーー。ふらふらする体で、彼らの後を追った。港の近くまではなんとか追いかけられたのに、途中で見失ってしまった。どこだろう、と見回していたら、大きな倉庫から奇妙な服の大人が出てくるのが見えた。倉庫から漏れるオレンジの灯りが、まるで暖かな春の日差しを連れてきたように感じられて、冷え切った素足が存在を主張するようにピリリと痛んだ。

 

「あの…っ!」

 

「ん〜?なんだァ〜?」

 

寒いのだろうか、鼻水を垂らした大人が、遠く上の方から見下ろしてきた。

 

「あの、ここで、働かせてください。私、役に立てます。必ず、役に立ちます。だから…!」

 

お腹の痛みもひもじさもどうでもよかった。役に立ちたい…役に立ちたい!私はまだ、生きていたい!

 

「んん〜……べへへへっ!あァ、構わねェぜ〜!こっちに来な。うちのボスに合わせてやるよ〜」

 

じろじろと私を見た大人が、倉庫よりも少し小さな、けど丈夫な造りの建物に導いてくれた。部屋の中はとても暖かくて、足も体も解けるように力が抜けた。

 

「…そうか。いや、構わねェぜ。うちはやる気を持って来るものは拒まねェ!それがたとえどれだけ骨みてェなガキだろうとな!なァ、ルシー。お前の好きそうな子どもだろ?」

 

「………そうだね。ねえ、あなた名前は?」

 

暖炉の前に、華やかで暖かそうな服を着た大人たちがいた。大きな男の人が笑って、隣の女の人に話していた。その人は、綺麗だった。とても、とても見たことがないほど……白くて、ふわふわしていて、キラキラしていて、柔らかそうで…綺麗だった。雪のお姫様なのかしら?でも暖炉の前にいるのに溶けていないわ。

 

「あ……わ、わたしは…」

 

「ーーいや、いい。どうせうちじゃコードネームで呼ぶんだからな…。……そうだな、お前はこれからベビー5だ」

 

「ドフィ」

 

「フッフッフ!せいぜい可愛がってやれよ、ルシー」

 

女の人がため息を吐いていた。ああ、もしかして、私は必要ない?迷惑なのかしら?引き返しそうになる私の前に来て、膝まで折って、目を合わせてくれた。ーーママのように。けれど、ママより白くて柔らかい手が私の頭を撫でてくれた。ああ、私、汚くないかしら。髪、洗ったのはもう忘れちゃうくらい前なのに。私、臭くない?ねえ、この人に嫌われない?

 

「これから、よろしくね。ベビちゃん」

 

ああ、きっと神様がいるなら、こんな人だ。ママにも必要されなかった私に、まだ何の役にも立てていない私に、こんなにも優しく話しかけてくれるなんて。男の人と女の人は、私に温かいごはんも、柔らかい寝床も、清潔な服もくれた。いつもニコニコ、笑顔を向けてくれた。私が失敗しても、笑って許してくれる。ああ、喜んでもらいたい。この人たちに必要とされる私になりたい。もう二度と、捨てられないように。どうすれば、役に立てるのかしら?

 

「そうだな……ベビー5、ルシーの世話をしてこい」

 

「ルシーさんの?」

 

「あァ。おれの役に立ちたいんだろ?これなら、ルシーの役にも立てて一石二鳥だ。違うか?」

 

「!はい、若様っ!」

 

若様は素晴らしい人だ。私の望みをいつだって叶えてくれる。…けれど私はまだまだ出来損ないだから、ルシーさんの所へ行っても困った顔をされてしまう。役に立ちたいのに、ルシーさんは何もさせてくれない。一緒にお話しするだけなんて、甘いお菓子を食べさせてくれるだなんて、私に優しいだけ。それじゃあ私は役に立てない。必要とされない。ちゃり、とポケットの中の硬貨が音を立てた。ああ、そうだ。いつもお菓子をくれるように、ルシーさんに何かあげたなら。きっと、きっとルシーさんは喜んでくれる。私のこと、役に立つ子だって思ってくれる。……でも、何が欲しいんだろう。お菓子はルシーさんはたくさん持ってるし、あんな綺麗なお洋服を買えるほどお金は持ってない。悩んで、悩んで、私をここに連れてきてくれた大人に聞くことにした。

 

「ルシーの好きなもの〜?ん〜…花だなァ。あいつ、ガキの頃はよく花屋を見てたからなァ〜」

 

花屋の花。それなら、大丈夫かもしれない。雪の降る中を走って行って、持ってるお金全部で、一番素敵な花を選んでもらった。真っ赤な、血よりも濃くて赤い、バラの花。大切に大切に手で包み込んで、アジトに帰った。途中で大人に連れられたあの男の子とすれ違った。首輪と鎖をつけられて、犬のように連れられていた。泣き喚いて、みっともなかった。

 

(バカね。役に立たなきゃ捨てられるに決まってるのに)

 

でも私は大丈夫。だってルシーさんに、こんなに綺麗な花を渡すのだから。

 

「ルシーさん、これお花です!お店で一番綺麗な花を買ってきました!」

 

絶対に喜んでもらえる、そう自信を持ってルシーさんに渡したのに、ルシーさんは受け取ってくれなかった。細い手を震わせて、目に涙を溜めて…え、悲しんでるの?どうして?私、間違ってしまったの?

 

「ルシーさん、あの……嬉しくなかったかしら…?」

 

「ううう嬉しいよううう!!!ベビちゃん最高!ありがとう!すっごく嬉しい!」

 

やっとルシーさんの笑顔が見られて、ほっとした。よかった、役に立てた。ルシーさんはいつだって大げさなほどに喜んでくれる。嬉しい。嬉しい!私は役に立てた!

 

「本当!?ルシーさんのお役に立てたなら嬉しいわ!」

 

だからつい、ルシーさんの前で言ってはいけない言葉を言ってしまった。ああ、失敗しちゃった。またやっちゃった。私が役に立てることを喜んだら、ルシーさんは悲しそうな顔をするのに。

 

「ベビちゃん」

 

「はい、ルシーさん」

 

「ベビちゃんはベビちゃんのままでいいのよ」

 

意味が分からない。ルシーさんの言葉は、時々とっても難しい。

 

「だからね、えーっと……うーん…うーん…」

 

「…あの、ルシーさん…私、ルシーさんを困らせてるのかしら?だとしたら私、どうすれば…」

 

私…私が、ルシーさんを困らせてるの?私がいると邪魔なの?やっぱり、私は必要とされていない子だから?私もあの子のように、首輪をつけられて、また捨てられてしまうの?

 

「そうじゃないよ、大丈夫大丈夫。あのねー、うーん…私はベビちゃんのことが大好きだよ。可愛いし、よく気がつくし、勤勉で頑張り屋さんで、それに可愛いし」

 

「えっ!?」

 

「だからね、そんなベビちゃんが失敗しても、間違ったことをしちゃっても、怠けてても、可愛くなくなっても、もちろん役に立たなくったって…私はベビちゃんのことが大好きだよ」

 

やっぱり、ルシーさんの言うことはよく分からない。私が役立つことを褒めてくれるのに、役に立たなくてもいいだなんて…分からない。ルシーさんの優しい言葉をちゃんと理解したいのに、全然意味が分からない。思わず手に力が入った。ねえ、ルシーさん、分からないわ。もっと分かるように言って。

 

「ど、どういうことなのか分からないわ…」

 

「…ベビちゃんが生きてるだけで大好きってことだよ」

 

「そんなはずないわ」

 

(そんなの、絶対、ありえない)

 

違う。それは、絶対に違う。だって、そうでなきゃ、ママが私を捨てるはずがない。ママは私が必要でないから捨てたのに。必要とされない私なんて、生きている意味がないのに。

 

「…じゃあ、私はあなたのことが大好きなんだってことだけ覚えてくれてたらいいよ」

 

ああ、それなら分かる。だって、私が失敗しても、こんなにも優しくしてくれる人は、ルシーさんだけだから。ルシーさんはきっと私のことを好きでいてくれる。だけど………でも……。

 

「……わかっ、たわ……?」

 

若様に一番に必要とされて、大人たちに慕われているルシーさんが、間違うはずがない。私のことを大好きだと言ってくれたルシーさんが、間違うわけがない。けれど、私は……私は、役に、ルシーさんと若様の、役に、立たなきゃーー。手の中で、受け取ってもらえなかった赤いバラが萎れていた。……どんなに好かれていたって、必要とされなきゃ、生きてる意味なんてないのにねーーー。

 


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