何度も親に頼んだ。この島から出ようと。別の島に別邸が欲しいと。北の果てなんて逃げ場のない場所から、東の海とまではいかなくても、せめて海軍基地の近くとかに移住しようと。それでも親はワガママな天竜人の娘だと、教育し直さなくてはならないとまともに会話をしてくれなかった。
(愚かな人たち)
だから金で飼い慣らした使用人を使って、遠くの小島と船を買おうとした。…その使用人も、私の金だけ持って逃げてしまった。
(誰も、頼れない)
父親が私の作った避難グッズとロシナンテと私を担いで、母親がロシナンテの避難グッズを担いでドフラミンゴの手を引いて、聞くに耐えない憎悪の声を背に浴びながら、逃げた。どこへ向かうのか、これからどうするかだなんて、誰も頭になかっただろう。ーー私以外は。
「父上、向こうに行って!」
「ルシー!?しかし向こうは森で…」
「いいから向こう!森の中を突っ切って行くの!足元暗いから荷物の中からランタン取って。たぶん今日は野宿になるけど、この森を抜けたら2つ向こうの街が見えるはずだから…!」
「父上、ルシーの言う通りにして!」
ロシナンテと一緒に父上を急かして、民衆の松明の灯りが届く前に森に逃げ込んだ。2年の間に付け加えた道具からランタンを取り出して、息を整えながら火をつけてもらった。父親の手が震えているのは、見て見ぬ振りをして。でも握りしめたロシナンテの手も震えていたから、ギュッと握りしめて落ち着かせようとした。
「ああ…何故、どうしてこんなことに…っ」
「母上…」
「泣かないで、母上…」
地面に崩れるように泣き始めた母親を、駆け寄ったドフラミンゴとロシナンテが慰めている。火を灯したランタンを持った父親も、妻の背を抱きしめ嗚咽を漏らしていた。
(私が、守らなきゃ)
こうなることを僅かにも考えなかった、可哀想な人たち。そんな親に引きずられてこんな所まで来てしまったドフラミンゴとロシナンテ、そしてもちろん私も、哀れだった。たとえ今後母親が体を壊して死ぬことになろうと、父親が愛する息子に殺されることになろうとも。そう、ドフラミンゴが暴虐の限りを尽くそうと、ロシナンテがいずれ死ぬ運命にあろうと…今はただ、可哀想なだけだった。
「ーーー父上、母上」
空っぽの手を握りしめる。自分の震えに見て見ぬ振りをする。私が守るんだ。そう、決めたじゃないか。
「ドフィ兄上、ロシー兄上!」
遠くから怒号が聞こえる。殺さずあらゆる苦痛を与えろと叫ぶ声が。怨嗟の声が。世界中全てに呪われてしまいそうな音が。
「っ、大丈夫!絶対大丈夫!私がみんなを守るから!みんなで…家族で!一緒に生きていけるようにっ!私、頑張るから…っ!」
必死に笑顔を作るのに、涙がぼとぼと滴り落ちた。ああダメだ、これじゃこの可哀想な一家を、安心させてあげられない。煤で汚れた袖をまくって、腕で涙を雑に拭った。
「家族みんなで!『ここ』で!生きていこうよ!」
だって、そうするしかないじゃないか。美味しいごはん、暖かい家、素敵な服、煌びやかな世界。確かに腐った天竜人がわんさかいて、可哀想な奴隷も山ほどいたけれど。天竜人を続けていれば、こんな目には合わなかった。…それを、こんなにも意気消沈している両親にぶつけたところで何になるというのか。私がもっと子どもだったなら、ドフラミンゴのように思いのまま感情をぶつけたかった。だけど私は本当はいい歳した大人で、しかもこんな小さな子どもの前でなんて、我を通すことはできなかった。
「ルシー……すまない…すまない…っ!」
こんなことにまでなった今、ようやく親たちは私が耳にタコができるほど言ったワガママの意味を、カケラでも理解してくれたらしい。迷子の子どものように泣くだけの親たちとロシナンテ、そしてサングラスの向こうで戸惑いの目で見てくるドフラミンゴに、私は笑顔を見せた。ドンキホーテ・ドゥルシネーア、4歳女児は、そんなこんなで一家の大黒柱にならざるを得なかったのである。