綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

41 / 125
32.揃った家族

夢かな、と思った。けれど体に伝わる嗚咽の震えも、名前を呼ぶ声も本当にくっきりとしていて、やっぱり夢じゃないのかと分かった。夢じゃない、けど、じゃあなんでここにロシナンテがいるの?フェイスペイントも黒いモフモフコートも趣味の悪いハート柄のシャツもタバコの匂いも、全部原作通りのロシナンテだ。間違えようもない。だって、子どもの頃から目元も髪の質感も泣き虫も変わってないんだから。

 

「ル"…ル"ジー………っ!?」

 

おいおい、ナギナギの実の能力はどうした。私の名前に濁点を付けて涙と鼻水をだらだら垂らして全力で泣きじゃくるロシナンテを、ひどく動かし辛い腕で抱きしめ返した。

 

「…………に、うぇ…?」

 

「…っ!!!」

 

驚くほど喉がカサカサしている。普通に声を出したつもりが、掠れてただ聞こえ辛い雑音のようだった。それでもしっかりと反応したロシナンテが、私を見下ろして信じられないとばかりに目を丸くしていた。

 

「ぁに、うえ……ロシー?」

 

「っ!……!!!」

 

ぼろんぼろんと大粒の涙を降らせながら、ロシナンテが肩に顔を埋めてきた。

 

「なか、ないで、ロシー…」

 

私は私の天使の涙に弱いんだから。

 

「おれたちの最愛のルシーが目覚めた!そして今夜からはロシナンテが正式に2代目コラソンに就任した!こんなに喜ばしい日はない!!!さあ!お前らも盛大に賑わえ!」

 

広いテーブルに所狭しと食べ物を並べて、ワイングラスを掲げたドフラミンゴが無礼講を宣言した。そうでなくても無礼講じみた食卓風景だというのに、そんなこと言ったらとんでもないことになりそうだ。もみくちゃにされそうな予感を察知したので、早々にドフラミンゴのそばに避難した。ただでさえみんなから頭やら肩やら背中やら手やらあちこちを撫で回してよかったよかったと半泣きで言われているっていうのに、下手するとセクハラされそうだ。誰にとは言わないけど。それに、今は家族よりもロシナンテと話したかった。ああ、ロシナンテだ!コラさんだ!本物だ!生きてる!熱々の肉を頬張って火傷したのか一人で暴れている。ちゃんとドジっ子も健在だ!

 

「やっと家族が揃ったねぇ」

 

感慨深くて涙が出そうになった。私が目覚めた途端、声を出さなくなったけれど、ロシナンテが原作通りに能力を得ていると分かったし。

 

「ロシー兄上はちょっと前に帰ってきたんだって?」

 

「あァ。2日ほど前か…ルシーを医者に診せた後にコイツから声をかけてきたんだ。なあ、コラソン」

 

「………」

 

ドフラミンゴの言葉に、ロシナンテはこっくりと頷いた。弟が話せないことをドフラミンゴは不思議に思わなかったんだろうか。…いや、確か子どもの頃に…ロシナンテがドフラミンゴの元から逃げようとした時には、もうすでに自分からドフラミンゴに話しかけることはなくなっていた。きっともうその時には弟が喋れなくなっていたんだとでも思っているんだろう。

 

「そういやお前、今までどこにいたんだ?このおれが探しても手がかり一つねェとはなァ…。随分心配したんだぜ?」

 

「………」

 

「きっと違う海にいたんだよ。あの島は人攫いが多かったんだし。ね?ロシー兄上」

 

「……、…」

 

ロシナンテに驚いたような目で見られた。なんでお前がそんなことを言って庇ってくるんだ、とでも言いたいのだろうか。大丈夫、私がドフラミンゴにわざわざ本当のことを言う理由なんてないでしょ、と伝えるようににっこり笑い返した。目をそらされた。おい、なんでだ。おめーのカーチャンそっくりな可愛い妹の笑顔が直視できないってのか。

 

「フッフッフ!別にどこにいようが構わねェさ!五体満足でお前が帰ってきた、それだけでいい!…おっと、ルシー…勝手に降りちまったら危ねェだろ?」

 

「いやいや、さすがにもうこの歳で兄の膝の上だなんて恥ずかしいんだってば…。ロシーも帰ってきたってのに」

 

「そうつれねェこと言うなよ。なァ?ロシー」

 

「………」

 

ロシナンテは食べ物が喉に詰まったのか胸を叩いて必死になっていた。聞けよ。昔よりはるかに酷くなったドジっ子にドフラミンゴは呆れたように笑っていた。どうやら長年探し続けていた弟が五体満足で帰ってきたことに心底ご機嫌らしい。

 

「そういや、よくコイツがロシーだと分かったな。身なりも顔も変わってただろう?」

 

逃げ出そうとした私を、胸の傷に気を使うそぶりをしつつ膝の上に戻して、ドフラミンゴは私に尋ねてきた。だって原作を知ってるし、とはさすがに言えず、何て返すべきかと悩んで、そういえば泣き顔でも懐かしく感じたなと号泣するロシナンテの顔を思い出した。

 

「えっと、目が覚めた時のロシーの顔がね…泣いてたし」

 

「…!!!」

 

「私の記憶の中のロシー兄上は、いつも泣き顔だもの。懐かしくなっちゃって」

 

「………」

 

「フッフッフ!!!確かになァ…!」

 

そんな話を聞いていた幹部3人も、そういえばガキの頃も泣いてたなあ、と笑った。からかわれて恥ずかしかったのか、ロシナンテが席を立ってどこかへ行ってしまった。たぶん、部屋に戻ったんだろう。…悪人をしている私たちと同じ空気すら吸いたくない、とまでは思われてないといいんだけど。

 

「あァ…ルシー、痛くはねェだろうが、しばらくは動くんじゃねェぞ」

 

「え、なんで?」

 

「……肺を切ったからだ」

 

なん…だと…?なんでも銃で撃たれて肺に穴が空いて、縫い合わせることもできなかったから右肺上葉って所をバッサリ切除したらしい。あと、大動脈弓から?右上半身に伸びる動脈の?…えっと、何だっけ………まあ、とりあえず心臓から右腕に向けて伸びる動脈が損傷したとかで、あの時ほんのわずかな時間で血がドバドバ出ていたのはそのせいなのだとか。よく分からん。…訓練でラオGに人体構造について習ったはいいけど、あんまり頭に入ってなかったみたいだ。

 

(本当に不出来な元生徒でごめんよ、ラオG…)

 

で、私が怪我をしたことでドフィに新たな能力が獲得されました。傷口を糸で補修する、修復作業らしいです。…マジか…このタイミングで獲得するのか…。でも咄嗟のことだし能力自体が未熟だから応急処置程度しかできなくて、近くの島の医者に診てもらった時には肺の方はダメになっていたと。で、完全に治ると思っていたら私の肺を切除されちゃったということで、腹いせに医者もろとも街を破壊してやったと。…無茶苦茶すぎる。その医者だってやれることをちゃんとやってくれたのだろうに。で、その破壊行為の最中に、同じ島にいたロシナンテがドフラミンゴを見つけてわざわざ会いに来たと。

 

(……きっと、ドフラミンゴと接触するタイミングを狙っていたんだろうな。ロシー…帰ってきたんだ…スパイとして)

 

原作の過去編が、始まろうとしている。ロシナンテが死んでしまう未来が、近付いている。じくり、と胸が痛んだ。ドフラミンゴをルフィに倒させるなら、ドレスローザ編まで進まなくてはならない。だとしたら、ロシナンテを救うことは……いや、大魔王を倒すよりも目の前の天使を救う方が最優先だ。でも、そんなことが私にできるのだろうか。死ぬ予定の人を助けようとしたのに、どうあがいてもできなかった、この私に。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。