綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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38.四皇との真夜中の接触

 

痛覚が、触覚が、温感があった。そんな私の肋骨を折り、腕を折り、足を折り、多くの男たちが地べたをのたうちまわるのを虫でも見るような目で見下ろしていた。激痛に脂汗を滲ませて泣きわめく私の顔を殴りつけ、怯んだ私の上に馬乗りになった。反応を楽しむように服をわざとゆっくりと破かれてしまった。素肌に何人もの手が這い回って、その体温に、性器を撫で回す感覚に、吐き気がした。そしてーーー。

 

「っ!!!」

 

ひゅ、と喉から細い息が漏れた。全力疾走したかのように、息が荒くなる。夢を見ていたのか、と気付くまでしばらくかかった。知らず知らずのうちに体が震えて、視界がじわりとぼやける。

 

「ルシー?…あァ、嫌な夢でも見たのか」

 

両手が動かない私の代わりに、セニョールが目元を拭ってくれた。家族たちみんなが私を囲むように雑魚寝しているのが、なんだか不思議な光景だった。もしかして気遣ってくれたのだろうか。けれど、そうだとしても、彼らの仕事のせいで、そして私の血筋のせいでこんな目に合ったことは百も承知だ。優しさを与えていればひどい目に合っても許されるなんて、そんなことみんなだって思ってないでしょう?

 

(……全然感覚なんてなくて、しかも未遂だったのに…私、怖かったんだ…)

 

わざわざ夢で続きを体験してしまうほどに、自分ではどうにもできない圧倒的な恐怖に、私は絶望していたのだ。笑えなかった。悔しかった。この世界全部が嫌になるほど。

 

「………海賊なんて、嫌い。世界政府も嫌い。…大嫌い」

 

「……そうか…」

 

他の家族が聞いたら怒ったり悲しんだりしそうな言葉に、セニョールは頷くだけでいてくれた。私の肩にショールを掛けてくれた辺りでロシナンテも目が覚めたのか、寝ている家族たちを踏まないよう慎重に跨いで……うっかりベビー5を蹴り飛ばして起こしつつ、ぐずぐず泣く私の側に来てくれた。

 

「………」

 

「んー…なに?コラさん……あっ、ルシーさん!どうしたの?どこか痛いの?それとも、何か悲しいことがあった…?」

 

ベビー5にもかわいそうなことをしてしまったと思った。彼女は私を慕ってくれているのに、ボロボロになってひどい目にあわされた姿を見せてしまった。きっととてもショックだっただろうに。

 

「……ありがとう、大丈夫よ。私、痛さは感じないから」

 

「でも…でも、体は痛くなくても、ルシーさん、どこか痛いんでしょう?」

 

「っ…!」

 

優しい子だと思った。私の涙腺を刺激するのが上手い子だ。本当に、どうしてこんな子が海賊になんて入ってきたんだろう。ずび、と鼻をすすって、ロシナンテにタオルで顔中をゴシゴシ拭われて、視界がクリアになったところで、ようやく笑って返せるようになった。

 

「…大丈夫!ベビちゃんが可愛いから、元気になれたわ!ほら、もうすっごく元気!」

 

「本当?本当に?私、ルシーさんの役に立てた?」

 

「うん。とっても!」

 

だから大丈夫なのだと笑顔を見せると、ベビー5はようやく安心したようににっこり笑って照れてくれた。まだ夜も深いからもう一眠りするといい、とセニョールが言ってくれたけどトイレに行きたくなったので、ロシナンテとベビー5に介助してもらって一緒にトイレに向かった。原作では色々描写があったが、私の目の前ではロシナンテはベビー5たちをいじめるようなことはしていない。さすがに妹の目の前で可愛がってる子どもを痛めつけるようなことはしないらしい。私を支えているので転ばないよう慎重に歩くロシナンテに、やればできるじゃないかと感心した。

 

(子どもの頃は10歩に1回は転んでたのになあ…)

 

途中、ドフラミンゴの部屋の前を通る時、わずかに開いた扉の隙間からドフラミンゴの声が聞こえてきた。

 

「ーーーおれには一体何のことを言ってんのか分からねェなあ。おれの妹が、何だって?」

 

何か、揉めているようだ。その冷たい言い方に、びくりと足が止まってしまう。…私の話?立ち聞きをする気は無いのに、耳が声を拾ってしまった。ロシナンテも内容が気になるのか、足を止めてしまった。たたらを踏んだベビー5が、どうしたの、と仰いできたので、静かにね、と囁いて返した。

 

『お前には妹がいるんだろう?ドンキホーテ・ドフラミンゴ。元天竜人に相応しい、最っ高の結婚相手が必要だろう?うちの最高傑作を用意してやる。懸賞金の額はお前よりも遥かに上だ。それにうちはお前の妹がキズモノだろうが気にしないさ。こんな美味い話はなかなかないよ?身内同士を結婚させて同盟を結び…そして一緒に世界を手中におさめようじゃないか!!!さあ、どうだい?』

 

「フッフッフ…!!!ビッグマムってェのは随分と笑えねェ冗談を言うようだな…。うちを乗っ取ろうってのか?」

 

『ママママ!欲しいのは傘下じゃなく同盟さ。うちの影響力とあんたたちの交易…一緒に上手くやっていこうってんだよ』

 

「残念だったなァ…うちはもう他の四皇と手を組んでるんだ。力が欲しいなら他を当たれ」

 

『他の四皇だァ?……なるほど、近頃カイドウのやつに武器を売ってんのはお前かい?』

 

「フッフッフ!さあなァ…!だが、欲しいものがあるなら売ってやる。おれは商売はキッチリとする主義なんだ。それとも…潰しにくるか?」

 

『マママママ…!よく言ったもんだね。ああ…残念だよ。お前たちが世界政府をバックにつける前に『仲良く』しておきたかったんだがねェ…。まァ、気が変わったら言っておいで。息子を用意していつまでも待っているからね』

 

(四皇が、ドフラミンゴと接触を持とうとしている…)

 

ドンキホーテ海賊団は、トータルではもう何億と懸賞金のかけられた指折りの海賊団になってしまった。オハラが壊滅し、海賊王が世を大海賊時代にしてしまったのはほんの数年前のこと。世の荒波を実力で乗り切るために、世界政府と関わりのあるドフラミンゴを…正確には、世界政府の闇を知る元天竜人のドフラミンゴを手の内にとビッグマムも考えたのだろう。…あの人は長年CP0のステューシーさんと関係のある人のようだったから、お互いに不利にならない程度で情報交換でもしているのだろう。

 

(……やっぱり、ここにはいられないよ)

 

こんなドロドロした闇の中に居続けるなんて、度胸も実力もなく一般人でしかない私には無理だ。自分が独立したいからでなく、客観的に見て、そう判断した。ロシナンテはドフラミンゴの四皇との繋がりを聞いて顔を真っ青にして、けれど転んだりドジをすることなく私とベビー5を連れてドフラミンゴの部屋の前から立ち去った。暗い顔をする私たちを困惑したように見つめるベビー5の頭を、子ども嫌いのキャラを作っているロシナンテにしては珍しく優しく撫でるというドジをして。

 


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