綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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39.どうして喜んでくれないの?

あれからロシナンテの様子が変わった。より感情を押し殺すようになり、表情が乏しくなった。以前はうっかりやっていた口パクすらしなくなった。すっかり有名になってしまったドンキホーテ海賊団に入りたいと希望する人は子どもであろうと露骨に暴力を振るって追い出し始めた。…そう、原作の2代目コラソンらしくなっていった。

 

「きゃあっ!」

 

「ニーン!」

 

そう、私の目の前でベビー5やバッファローに暴力を振るほどに。

 

「ちょ…ロシー兄上!子どもたちに何してんの!」

 

「………」

 

心の天使が突然豹変したのがショックで私が批難の声を上げても、ロシナンテは無言でタバコに火をつけるだけだった。あと自分の肩まで燃やしていた。確かにロシナンテは原作ではそういったキャラを演じていたけれど、今までは私の目の前ではしていなかったから。妹に気遣うよりも子どもたちを一刻も早く出て行かせたいとでも思っているのだろう。しかし、ただでさえ護衛任務を忘れて私が拐われたことの罰を受け、ボロボロになっているバッファローにまで容赦しないだなんて。

 

「……2人とも、おいで。私の部屋で勉強しよう」

 

「えっ、いいんですか!?」

 

「えー?勉強とか嫌だすやん!」

 

気遣ってやってるってのにこいつは本当にもう!!!

 

「いいから!来る!…ベビちゃん、手を繋ごう」

 

「はい、ルシーさん!」

 

バッファローに比べてベビー5の可愛さは天井知らずだ。無限大に可愛い。ロシナンテが何か言いたげに見ているのは分かっていたけれど、あえて無視して自室に立てこもった。

 

「……2人とも、ちゃんと勉強するのよ。そうしたら、海賊じゃなくても生きていける道はたくさん増えるから」

 

まだ懸賞金がつけられていない内に、ここをやめてしまえばいい。おおっぴらに原作打破なんてできない私には、これが限界だった。ロシナンテとはやり方が違うが、ベクトルは同じ。

 

「別にやりたいこととかないだすやん。だから勉強しなくてもいい?」

 

「うーん、そうだなぁ。…アイス屋さんとかはどう?なりたくない?」

 

「アイス!?なりたいだすやんー!」

 

「なら勉強勉強!」

 

「でもアイスならアイス屋から買えばいいだすやん!」

 

「……せやな」

 

子どもだ子どもだと思っていたけれど、もうこんな手には引っかからなくなってきていたのね…。成長したわね、バッファロー…。

 

「ルシーさんが言うからアイス食べたくなっただすやん…」

 

「もう、バッファロー!ルシーさんを困らせないで!」

 

「ベビちゃん…っ!!!」

 

ベビー5が優しすぎて泣ける。でもきゅるりと可愛くお腹が鳴っていたので、ベビー5もきっと空腹なんだろう。恥ずかしそうにしているのを見て見ぬ振りもできなくて、仕方なく私はご要望に応えることにした。

 

「じゃあ、おやつ持ってきてあげる。だから、今のところから2ページは進めておくように!」

 

「えー?2ページもだすやん?」

 

「あら、もっとたくさんやりたい?」

 

「2ページがいいだすやん!」

 

「よろしい」

 

「ルシーさん、私もお手伝いします!」

 

「いいのいいの。ベビちゃんが今しなくちゃいけないのはこっちだからね。いーい?」

 

「…はい」

 

ベビー5はまだ役に立つことに固執している。それが善意でというのが厄介だな、と頭が痛かった。あの性格をなんとかしたいのになぁ。

 

「じゃあな。ちゃんとキッチリ枚数を揃えて取り立ててこいよ、コラソン」

 

「………」

 

ディアマンテがロシナンテを送り出す声が聞こえた。どうやらこれから街まで取り立てに行くらしい。武器の密売や奴隷の売買には不向きだと判断されたらしく、ロシナンテの仕事は彼が唯一失敗しない裏稼業者たちからの取り立て全般になった。危ない連中から取り立てをするせいで、時々怪我をして帰って来ることもあるのだけど、それでも上手く取り立てているから、ファミリーからスパイだと怪しまれることはない。スパイといえば、私はロシナンテが本部に連絡を取る瞬間を抑えてやろうと企んでいる。声を出せる、秘密の話をしている、海兵である、この3点を綺麗に抑えられるからだ。でなければ、ロシナンテを救うためとはいえ、私が急にロシナンテのスパイ活動に協力する、なんて言ったところで怪しまれてしまうだけだ。ロシナンテの信用を失うには、まだタイミングとしては良くないから。

 

「…ん?」

 

チカッ、と眩しい光が目に当たった。下のゴミ捨て場から鏡か金属に反射した光がたまたま目に当たったんだろう。眩しいな、と私が顔をしかめた時だ。ギュゥン、と視界がねじ曲がった。

 

「っ!!?」

 

何だこれ、とふらつきかけた私の脳裏に、一つの映像が映し出された。ロシナンテが出て行こうとする扉の隙間から、外……遠く離れたゴミ山の隙間に、黒い丸……。

 

(銃口…!?)

 

「ロシーッ!」

 

「……、っ!?」

 

3メートル近くあるロシナンテの巨体を力任せに引っ張って、扉の中に引きずり込んだ。その反動で、私の体が、ぐんっと外に出てしまった。

 

「しまっ、」

 

キュンッ、と静かな銃声が聞こえた。私の右脇腹から、赤い花びらを散らすように血が噴き出た。とっさに右半身を動かした。

 

(…大丈夫、浅い!)

 

痛覚も触覚も温感も失った私が、長く訓練を続けていて分かったことがある。筋肉痛であれ怪我であれ、体がピクリとも動かなければアウトだし、スムーズに動けばまだ動けるということだ。つまり、銃で腹部を撃たれようと体が動くから死なないということ。

 

「向かって左下!」

 

ロシナンテの腕を掴んだままだったので、ロシナンテが倒れるのに合わせて抵抗せず一緒に床に倒れ込んだ。そのままの体勢で狙撃手の位置を伝えると、瞬時に状況を判断したディアマンテが普段は使わない大砲をひらりと出現させて、お返しとばかりに撃ち込んでいる。ロシーは無事だろうか、と下敷きにしてしまったロシナンテを見ようとしたけれど、それより早く私の目の前が真っ黒になった。抱き込まれたのだと分かると同時に、体が持ち上げられた。必死な形相をして走るロシナンテの目には、涙は浮かんでいない。

 

(…泣かなくなっちゃった)

 

昔だったら、べそべそ泣きながら抱きついてきていただろうに。私の心の天使は、強くなってしまった。

 

「…っ!!!」

 

「ん?なんだコラソン、ノックを……ルシー!?何だこれは…!何があった!?」

 

(結局、頼るのはドフラミンゴなのね)

 

船医のいないうちの海賊団じゃ仕方がない話だ。ドフラミンゴは能力で内臓の修復ができるのだし。けれど、だからって真っ先にドフラミンゴの所に行くとは思わなかった。医者は遠く街にいる。だからロシナンテの判断は冷静で正しいものなのに、私には別の意味に見えて笑えた。

 

(なんだかんだって、私もロシーもドフィに頼っちゃうのか。結局…子どもの頃から変わらないな…)

 

昔ゴミ捨て場で暮らしていた時から何も変わらない。今も実際にはゴミ捨て場生活みたいなものだし、こうやってドフィに頼っているし。

 

「…兄上、襲撃、ディアマンテが、迎撃中」

 

「…そうか。ルシー、意識はあるな」

 

「うん。右脇腹、撃たれた」

 

ドフラミンゴの手が右脇腹に添えられた。ドフィの腕から蜘蛛の糸のように細い糸がふわふわと浮いていたから、もう修復に入っているのだろう。

 

「ーーお前を狙ったのか」

 

ドフラミンゴの様子が変わった。じわりと覇気が滲んでいる。息がつまりそうになりながら、私は首を左右に振った。

 

「違う。外に、出ようとした、ロシー、狙ってた。私、ロシーを、部屋に、引っ張って、そしたら、私ーー…」

 

「ーーなるほどな。で、ルシーは何でそれが分かったんだ?」

 

「見えた、から…」

 

何で?いや、分からない。偶然見えたとしか言いようがない。……待てよ?あの感覚、原作でも描写があった。ーーそう、ドレスローザ編でウソップが獲得した、見聞色の覇気だ…!訓練をやめて何年も経つけれど、ついに私にも見聞色の覇気が獲得されたんだ!にわかに胸が喜びで震えた。やっと…やっと、私にも力が目覚めたんだ!

 

「…覇気か」

 

「………」

 

喜ぶ私とは対照的に、ドフラミンゴとロシナンテは表情が陰っていた。どうして?どうして喜んでくれないの?私、やっとお荷物じゃなくなるんだよ。なのに、なんで。

 

「フッフッフ……お前には何も期待なんてしてなかったんだがなァ…」

 

「え……どういう、こと…?」

 

「お前には、今後一切の外出を禁止する」

 

「…………は?」

 

(何それ…何だそれ、どういうこと!?)

 

さっきまでの喜びなんて一瞬でかき消えた。たしかに訓練を中止させたのはドフラミンゴだ。けれど私が見聞色の覇気を獲得することは、そんなにいけないことだった?ただの無力な私ではなくなったというのに、今になってなぜ私を軟禁しようと言い出したのか、信じられなかった。ドフラミンゴの頭の中が理解できなくて、パニックになりそうだった。そして、それを黙認するように押し黙るロシナンテのことも。

 

「聞こえなかったのか?おれたち全員が揃ってアジトを変える時以外での、お前の外出の一切を禁止する。おれは間違ったことを言ってるか?ロシー」

 

「………」

 

ロシナンテは、ドフラミンゴの言葉を否定するように、首を左右に動かした。幹部のコラソンとしてではなく、兄のロシナンテとして、私を軟禁することに同意したのだ。

 

「なんで……?喜んで、もらえると……思ったのに…ッ!!!なんで…っ!!?」

 

声を振り絞って、訴えた。けれど2人の兄たちは、もう何も答えてはくれなかった。

 


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