ドフラミンゴとロシナンテが何を考えているかは全くの謎だったが、今はただ心の天使に裏切られたショックが大きすぎて何も考えたくなかった。ドフラミンゴはいいとして、ロシナンテにまであんなことを肯定されるとは思わなかったのだ。
(喜んでくれると、思ったのに…)
覇気は一度感覚を掴めばコツが分かるものだと、いつだったか訓練の最中にヴェルゴは言っていた。しかしロシナンテを守ったきり、何度試しても見聞色の覇気など一切発現しなかった。まるで鎖にかけられて深く沈められたように、これっぽっちも。ショックだった。才能がない、才能がないと散々言われても諦めずに訓練を続けて、急に訓練をやめさせられたけれど数年を経てせっかく芽が出たと思ったら、軟禁を言い渡された挙句に覇気が出なくなったなんて。
(私………何してんだろ…)
ヴェルゴに会いたかった。私に覇気が出たことを報告したかった。そして、ドフラミンゴとロシナンテの考えが理解できないと縋りたかった。答えを教えて欲しかった。けれどそれは、できない。ぽつ、と目から雫が落ちて枕にシミができた。なんだか、すごく、疲れてしまった。扉がノックされる音にも反応できなかった。
「………」
怪我の療養にと部屋に引きこもらされた私を見舞って…いや、見張るために家族たちが次々と来ていた。今日はロシナンテらしい。無言で入ってきたロシナンテは極力私に目を合わせないようにしていた。罪悪感からなのだろうか。それとも何か別の意図があるのだろうか。けれど、それすらもどうでもよかった。疲れたのだ。何もかも、投げ捨てたくなるほど。そして、自暴自棄なままに、どうにでもなってしまえと行動してみようと思ったのだ。
「…ロシー兄上」
「!」
ロシナンテはまさか私に名前を呼ばれると思わなかったのか、まん丸に見開いた目で私を凝視してきた。素直だなと思う。やはり、私はロシナンテが好きなのだと。だからきっと原作通りにしか進めない未来を、今ここで盛大にぶち壊してやりたくなったのだ。
「MC.01746、ドンキホーテ・ロシナンテ中佐。ナギナギの能力でこの部屋を覆って」
「っ!?」
ギョッとした顔をされた。まずい、とあからさまに表情に出ている。任務を中断して逃げることを考えたのか、ロシナンテの腰が浮きかけたのを、止めた。
「逃げたらドフラミンゴにバラすわよ」
「ーーーッ!!!」
ロシナンテの頬を伝って汗が一筋、ぽつりと落ちた。…ああ、もしかしたらこのままロシナンテが逃げてしまったほうが良かっただろうか。でも、そうしたら…ローが死んでしまう。……同じ北の海とはいえ私がフレバンスに赴いたところで、今さら代々摂取し続けた白鉛を取り除けるでもないのだし。ローを死なせて原作をぶち壊したところで、それは私の望む原作打破ではない。同じ『世界をぶち壊す』が目的だとしても、私はドフラミンゴになりたいわけじゃないんだから。
「退屈なの。ねえ、一緒にお喋りしましょう?」
にっこりと笑ってロシナンテに椅子を勧めた。私と同盟を組みましょう。どうせ優しいあなたは、秘密を知っている私を殺せはしないのだろう。甘いあなたは私を説得すればまだ任務が続けられるとすら考えているかもしれない。みんなが見くびるほど無力な私にでも、ベッドの上からだってできることはあるのだと思い知らせてあげよう。ずしりと腹と目が据わった。