綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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5.行き着く先はここしかない

 

 

結局あの後、親子共々慣れない獣道に何度も躓いて進むに進めなかったので、森の中で野宿をせざるを得なかった。木の葉を敷いただけの硬い地面では眠れないとドフラミンゴも文句を言っていたけれど、体力が尽きていたのか、程なくして眠ってしまった。両親とロシナンテも眠った中、私は追っ手が来た時に備えて眠い目をこすって起きていた。

 

(あ、雨…)

 

突然、真っ黒な空から大粒の雨が降り落ちてきた。体に叩きつけるような土砂降りに、さすがに家族たちも目を覚ました。

 

「どこか、雨をしのげる所はないのか…!?」

 

子どもたちを腕の中に包み込んで、両親はやつれた顔で周りを見ていた。慣れない野宿で、ほんの数時間だけの休眠しか取れず、それでも両親はなんとか歩き切って森を抜けることができた。けれどアタリをつけていた街ですらもう天竜人の噂が流れていて、濡れ細り煤をつけた一家を見た住民たちは、街の入り口で私たちを罵ってきた。

 

「天竜人め!さっさと出て行け!」

 

「いや待て!捕らえて嬲り殺しにしてやろう!」

 

「生きたまま内臓を引きずり出してやれ!」

 

「女は街中で犯してやれ!」

 

ひゅ、と細く母親の呼吸が聞こえた。そりゃそうだ、名指しで強姦、輪姦してやると言われたのだから。生まれてから今まで高貴な世界で生きてきた彼女にとっては地獄のように見えたことだろう。今まで自分と同じ天竜人たちがしていたことを、今度は自分がされることになるなんて、ほんの僅かにも思ったことはなかったのだろう。子どもを腕の中に庇い、投げつけられる石を背に浴びながら、両親は何を思っていたのだろうか。

 

「……父上、母上、ここから南東にゴミ捨て場があるよ。そこに逃げよう」

 

苦渋の選択だった。だってそこで母親が体調を崩して死んでしまうのだから。けれど原作では確か、そこを拠点にしていても襲われるという描写はなかったはず。だからずっとそこにいるのではなく、一時的な休息の場として両親に提案したのだ。けれど、幼いドフラミンゴにそんなことが分かるはずなどなかった。

 

「ゴミ捨て場!?そんな所、絶対に嫌だえ!」

 

癇癪を起こして叫ぶドフラミンゴに、精神的な余裕などなかった私はつい大人気なく怒鳴ってしまった。

 

「このままじゃ捕まるんだよ!?兄上は母上が酷い目にあってもいいの!?」

 

「っ…!そんなの、いいわけがないえ!!!」

 

「…兄上、ルシーも、もうやめてよぉ…!」

 

わあわあと怒鳴りあって泣く子ども3人を、両親は悲痛な顔で抱きしめてきた。

 

「ドフィ、すまない、我慢してくれ。きっと私がなんとかする。きっとだ…!」

 

「あなた…」

 

「ーーーさあ、案内しておくれ、ルシー」

 

「………はい、父上」

 

避難グッズの中の水と乾パンで飢えを凌ぎながら、海沿いを数日かけて歩いた。2歳児の時よりも体力がついたとはいえ、ほんの少し歩いただけですぐに息が切れるこの体は……やはり、普通よりも弱いのだろう。前世で近所にいた幼稚園児なんて一生走り回ってるって感じだったのに。ドフラミンゴとロシナンテも、日常的に活動量が少なかった両親よりも元気で、先へ先へと両親の手を引いて行く。ロシナンテは10歩に1回は転ぶけど。

 

「ああ…あそこか…」

 

土砂降りの雨は何度か降ったりやんだりして、その度に全員の体力を奪っていった。特に母親は赤い顔をしてふらふらしていた。

 

(マズイ…マズイ、これはマズイ!とりあえず薬を飲ませなきゃ!)

 

天竜人をやめる時に持ってきた薬だが、消費期限はまだまだ先だから大丈夫なはず。母親の症状は疲労からくる風邪のようなものだから、滋養強壮剤で大丈夫なはず。…素人が勝手に薬を飲ませるなんて完全にアウトだ。本当は親相手にこんな賭けみたいなことをしたくなかった。けれど、これはもう仕方がないことだと、腹をくくるしかなかった。

 

「雨露をしのげるだけでありがたい……」

 

ようやくたどり着いたボロボロの掘っ建て小屋で、父親はそう漏らした。それは彼の本心からの言葉だったのだろう。妻を粗末で汚いベッドに運んだ後、ゴキブリのような虫が這い回る床に荷物も何もかも置いて、彼はその場に座り込んだ。

 

「こんな汚い所で生きていけるわけないえ!!!」

 

家の匂いに吐き気がする、虫があちこちを這いずり回っている、そう言ってドフラミンゴは激怒していた。

 

「母上、しっかり水分を摂って眠ってね。着替えの服は確か避難グッズに……あ、濡れてる…」

 

何度も大雨にあたったせいで、リュックの中は水浸しになっていた。せっかく着替えの服も持ってきたのにこれでは意味がない、と防水の袋に入れなかった過去の自分を殴り飛ばしてやりたくなった。そんな私の頭をロシナンテは撫でて慰めてきた。

 

「ルシーはいっぱい頑張ったよ。本当だよ」

 

「ええ、そうね。こんなに小さくて体の弱いあなたがここまで頑張ってくれただけで十分よ」

 

それはたぶん今はアドレナリンがドバドバ出ているだけで、またすぐダウンしちゃうと思うんだけど、なんてヤボなことは言わなかった。自分も辛いだろうに褒めてくれる優しい兄と母親には、ただただ頭が上がらなかった。

 

「……みんな、先に眠っていなさい」

 

口をへの字に曲げたドフラミンゴをこちらにやって、父親は家を出て行った。きっと一人で落ち込んでいるんだろう。慰めるべきか、それとも放っておくべきだろうか。そんなことを考えながら、母親たちが眠るベッドから降りて部屋を出ようとした。その時、後ろから誰かに腕を掴まれて驚いた。

 

「待て、ルシー」

 

「ど、ドフィ兄上…?」

 

「………ルシーは、平気かえ?」

 

「へ?」

 

「母上もルシーも体が弱いのに、こんな所にいて平気かえ?」

 

その言葉にハッとした。きっとドフラミンゴの癇癪や激怒は彼自身の利己的な感情そのものなのだろう。しかし、その中にカケラでも、体の弱い母親と妹を思う気持ちもあったのだ。ゴミ捨て場を嫌がったのも、あばら家に文句を言うのも、自分のためであり家族のためでもあったのだ。

 

「ありがとう、兄上。今はまだ大丈夫。兄上も大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないえ…あそこに帰りたいえ…」

 

悲しみだけでなく激しい怒りも感じる声音でドフラミンゴはそう呟いた。小さくとも彼はドフラミンゴなのだな、と私は素直にそう思った。その時だ。

 

「ここまでの事になるとは想定できなかった…!私が甘かったんだ…!」

 

隣の部屋から、温厚な父親にしては珍しく荒げた声が聞こえた。ドフラミンゴと互いに顔を見合わせ、どちらともなくあばら家の外へと続くカーテンをわずかに開けて、その隙間から父親の姿を見た。こちらに背を向けた父親はいつもの大きな体と同じとは思えないくらいに、そう、まるで別人のように小さく見えた。

 

「頼む、何でもする…!妻と子供達だけでいい、マリージョアへ帰らせてくれないか………このままでは一家全員殺されてしまう!!!」

 

『君が選んだ人生だえ。捨てたものは戻らない。もう二度とかけて来るな』

 

ロシナンテが避難グッズに入れていたのだろう電伝虫を使い、父親はマリージョアへと電話をかけていた。なんて甘い人なんだろうか。自分が足蹴にして捨てておいて、困った時は頼ろうとするだなんて。私と同じことを思っていたのだろう通話相手は、尊大な声で吐き捨てるようにこう言ったのだ。

 

『人間の分際で』

 

ガチャ!と通信は荒っぽく切られた。父親は体を丸めて呻くように泣き出した。ギュッと私の手を握りしめ、ドフラミンゴはそんな父親の背を見つめていた。

 

「………」

 

いつものように怒鳴るでもなく、悔しそうに歯噛みするでもなく、ただただ無言のままで。

 

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