綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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41.当たり前のこと

 

「………」

 

無言を貫いて、ジリジリと警戒しながらも椅子に座ったロシナンテに、バカだなと思った。やはり、彼には私を殺せないのだ。優しい人だから。優しい人は、可哀想だから。だから、『私が守らなくちゃ』。

 

「喋れるでしょう?サイレントを使えばいいのに」

 

「…!」

 

ロシナンテは見たことのない凄まじい形相で私を睨みあげてきた。悲しいなぁ。私たち、仲のいい兄妹でしょう?まあ実際には私はドゥルシネーアという弱い妹の皮を被った赤の他人なんだけど。…それだって、傷付くものは傷付くのだ。

 

「……まあ、いいわ。ねえ、ロシナンテ中佐。あなたは任務でドフラミンゴを止めにきた。センゴクさんと連絡を取りながら、スパイ活動をしている。本部のつる中将に居場所を伝えている。ここまではいい?」

 

「………」

 

かた、とロシナンテの指先が震えるのが見えた。けれどそれを綺麗にごまかして、ギュッと拳を作っていた。つまりその行動は、私の原作知識が正しいという裏付けでしかない。まだシラを切ろうとしているのかと、ロシナンテの強情さに感服した。子どもの頃はあんなにもすぐに泣いていた子だったのに。

 

「『おかき』『あられ』だよね?」

 

「っ、どこまで知ってるんだ…!?」

 

ガタッ、と荒々しく椅子から立ち上がって、ロシナンテが詰め寄ってきた。合言葉まで言ってみせた私を、ようやく全力で警戒する気になったらしい。判断が遅い。ドンキホーテ海賊団の面々を見て生活していた、凡人でしかない私からですら、そう見えた。

 

「たぶん、任務のほとんど全てを、私は知っているよ」

 

「……このことは、」

 

「ドフラミンゴには言っていない」

 

「………そうか」

 

ロシナンテがぐったりと椅子に座ってうなだれた。その表情は見えないけれど、きっと意気消沈しているのだろう。ドフラミンゴでもなく幹部たちでもなく、まさか妹にバレるだなんて露ほども思ってはいなかっただろうから。

 

「ここ、アジトだよ。防音壁をしなくていいの?」

 

「……"サイレント"」

 

パチン!と指を鳴らして、見えはしないがロシナンテは能力を使ったのだろう。ああ、原作と同じだ、なんて喜んでしまうのはおかしなことだろうか。

 

「どこで知ったんだ?」

 

「………ヒミツ。でも、誰かに聞いたんじゃない、私自身で調べたの」

 

前世でね、とは言えないけれど。深くは聞かないでほしいと暗に告げると、ロシナンテは意を汲んでそれ以上は追求してこなかった。

 

「それで…ルシーは何をしたいんだ?」

 

「へ?」

 

「おれの秘密を知っただろう?ドフラミンゴに言わないのは、何か考えがあるからだよな」

 

おっ、意外と鋭い。けれどこれは私を丸め込んで任務を続けようという意図があるのだろう。冷静を装っているけれど、目がガチだし。私はドフラミンゴをぶちのめしてもらうことよりも、ロシナンテを生かすことを選んだ。けど、できることなら、ローのことも死なせたくない。あのキャラ、割と好きだし。

 

「私はあなたに情報を流す。だから、見返りが欲しいの」

 

「見返り?」

 

「私を助けてほしい。具体的には、私がドフラミンゴから独立して普通の人間として生きられるようにしてほしい」

 

私だけでは無理だった。それなら誰かに手伝ってもらえばいい、そう考えた。ドンキホーテ海賊団で、様々なものを見た。人の生き死にを簡単に決めてしまう人たちを見た。泣いて助けを求める子どもたちを何人も見殺しにした。人を痛めつけて平然とする人たちも。もう、たくさんだ。そんなことで発生した金で食わせてもらうのも、もう、十分だ。前世で汗水流して働いて、生活するだけでいっぱいいっぱいな薄給にでも喜んで、給料日にはたまの贅沢を楽しんで…そんな生き方で、私は自分の人生に満足を感じていた。ファミリーのみんなのように、戦いでも答弁でも頭脳でだって才能はないけれど、私は普通の人間らしく第二の人生を生きて死にたい。それに、前世じゃ未婚のままだったし、この人生では結婚だってしてみたい。ベッジさんみたいな理想的な旦那でなくていいから、普通のどこにでもある人でいいから。血生臭さとは無縁の人と、結婚して、一緒に生きてみたい。そんな万感の思いを込めてロシナンテに取引を持ちかけた。ロシナンテは険しい顔を穏やかなものにして聞いてくれた。自分の命を握られているのも同然な相手を前になぜそんなにも穏やかな顔なのか、私には分からない。

 

(もしかして、私、何か間違えた?)

 

何かを悟ったかのようなロシナンテを前にしていると、妙な焦りで落ち着かない。そわそわしだした私の頭を、ロシナンテは大きな手のひらで撫でてきた。

 

「……ああ、そうだよな」

 

何に理解をしめした言葉なのかは分からない。けれどロシナンテの声が、穏やかで、優しくて。なぜかは分からないけれど、涙が出てきそうになった。

 

「ルシーは、やっぱり父上と母上の子だった」

 

「ロシー…?」

 

「なあ、ルシー。妹に頼られて、嬉しくねェ兄貴はいないんだ」

 

何かに納得したように、満足したようにロシナンテは私に言った。ドジっ子のくせに、妙にかっこつけて。

 

「妹を助けるなんて当たり前のことだろ」

 

「………私、いっそのことコラさんと結婚したい…!」

 

「!!?」

 

おれとお前は妹で!とか、世の中には兄妹で結婚できない決まりがあって!とか、必死になって説得してくるロシナンテには悪いけれど。そういう意味じゃないんだよなぁ。

 

(私、この世界に生まれてきて、今初めてよかったって思えたかも)

 

こんなにもすてきな人が兄だなんて、現実じゃありえないから。

 


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