ドフラミンゴとトレーボルに連れられ、久しぶりに第2倉庫に来たら子どもを扱う倉庫から大人も扱う倉庫にチェンジしていた。その中でも特に目立つのは、奥の檻…他は何人もの人が詰め込まれているのに、そこだけ1人しか入っていなかった。お腹が大きい女性…妊婦だ。妊婦が売られるなんて、珍しい。もうすぐ生まれるからと物珍しさでドフラミンゴは私を連れてきてくれたらしいが、その感覚、完全に野良猫の出産を興味本位で見る人と同じだから。
(やっぱり感覚が普通じゃないんだよね、この人…)
子どもの頃に天竜人をやめたとはいえ、感覚はとうに完成されていたようだ。かわいそうに、と首輪を嵌められた女性を見上げた。憎々しげにこちらを見上げる、可哀想な妊婦。自分を商品扱いする人間に、家畜のごとく出産を見られるなんて、死んでしまいたいほどだろう。しかしそんな感情なんて、ドフラミンゴたちに理解できるはずなどない。仕方ないな、とため息を吐いた。
「…兄上、生で見るのはやめた方がいいと思うよ」
「?」
「出産の時って激痛だし、気が立ったら首輪のことなんて忘れて暴れるかもだよ?録画とか通信で見る方が危なくないよ」
「フッフッフ…よく知ってるなァ。ああ、そうだろうよ。それともなんだ、ルシーは血を見るのは嫌なのか?」
…出産の時に血が出るとか、よく知ってるねぇ、兄上。このゲス野郎め。
「…トレーボル、ちょっと兄上と2人にしてもらえる?」
「そういうことだ。悪いな」
「ん〜〜ん〜〜それなら仕方ねェな〜」
トレーボルはニヤニヤと笑いながら倉庫から出て行った。特に用事もないのにトレーボルが付いてきた理由なら察しがついた。ドフラミンゴの行動が異常なものと理解しつつ、それに私が嫌がる顔を見たかったんだろう。みんなみんな、性格悪いからなぁ。
「で?2人きりで何の話をお望みだ?」
2人きりじゃないけどね。周りに数多の目があるけどね。けれど奴隷になる人たちなんてドフラミンゴからすれば下々民と等しく全てゴミみたいなものなのだろう。
「妹が本音を隠してお綺麗な言葉で説得しようとするのは、兄としては寂しい限りなんでしょう?だから私の意見とおねだりをしようかと思って」
「ーーいいだろう。それで、ルシーは何が望みだ?」
奴隷を解放してほしい、は無理。出産を見ないでやってほしい…これはギリアウト。さて、どう意見すべきか。そう考えながら、檻の中の彼女を見た。強い憎しみの目の中に、縋るような色が見えた。助けてほしいと、訴える目だ。助けてほしい、それは、何?考えて、考えて、彼女が大切そうに抱える腹に目がいった。母が、命よりプライドより大切に想うものなんて決まってる。
「兄上。兄上が売り買いするのはこの女性よね?」
「ああ、そうだ」
「なら、腹の子はただの付属品で、生まれてしまえばその子は奴隷ではなくただひとりの人間のはず。そうでしょう?」
「…フッフッフ!ーーなるほどなァ。それで?」
もう私が何を言いたいか分かるくせに、と思うけれど、表面上は満面の笑みで傲慢におねだりをした。
「あのお腹の子、私にちょうだい」
「フッフッフ…!!!あァ!いいぜ、好きにしなァ!!!」
「わーい!ありがとう、兄上!」
ぎゅう、と抱きついて礼を言うと、体を持ち上げられて抱きしめられた。ドフラミンゴの頬にすり寄って、嬉しい、ありがとうと言えば、ドフラミンゴは機嫌よく笑っていた。妹のワガママを聞く兄ーーーとんだ茶番だ。ドフラミンゴは私が腹の中で嫌悪していることを理解しているはず。それでも私がこうやって縋り付く姿を見ることで、妹が糸なくしては動けない人形であることを確かめて満足しているのだ。
(ロシーは妹に頼られたいと言っていたけれど、ドフィは妹に縋られたいんだ…)
似ているようで、決定的に違うことがある。そこに自立した私の意思があるか、ないかだ。
(だから妹にも弟にも嫌われるんだぞ、おにーちゃん)
いや、優しいロシナンテはドフラミンゴのことを嫌い切れていないのだろうけど。
「と、いうわけで。お腹の子は私のものということは、その母体である彼女も今は私のものということになります」
「は?」
「そして生まれて来る子のプライバシーの問題もあるので、出産を一般公開することはできません。今から彼女を個室に移動させて、出産が終わるまで生活してもらいます」
「おい、ルシー…それはどういう、」
「それじゃあ兄上、さよーならー。彼女の担当はディアマンテよね?ちゃんと兄上から話通しておいてね。あ、そこのお兄さん!ちょっとこの檻を隣の空き部屋に移してくんない?」
「……ルシー」
「なぁに?約束と時間を守る、私のステキな兄上」
たっっっぷりと含みを持たせて、にっこり笑ってドフラミンゴを見上げた。ドフラミンゴは何か言い返そうとしたようだけど、とうとう何も言わず、下を向いていた口角を面白そうに上に吊り上げた。
「…傲慢な妹を持つと兄ってのは苦労するぜ」
「兄上も負けてないじゃない」
「違いねェな」
楽しそうに笑って、ドフラミンゴは檻を移すよう下っ端たちに命令を下した。私と2人きりになった部屋で、檻の中の彼女は、やはり憎々しげに私を見ていたけれど。
「………あなたのお腹の子は、私が大切に育てる。いつも笑っていられる子にする。他人に食われる側ではなく、他人を食いつぶせるほど強い子にするわ。…約束する」
「………ありがとう」
なんとかギリギリ聞こえるほど小さな声で、彼女はそう言った。そしてその1週間後、彼女は檻の中で元気な子を生んだ。ツノと背ビレの生えた小さな男の子。名前は、デリンジャー。闘魚の血を引く、半魚人だった。