綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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45.表舞台に上がる時

とうとう、来た。久し振りに家族全員が一緒にごはんを食べられるからと倉庫に机を用意し始めた段階で、ああ、と気付けた。「スパイダーマイルズ」ゴミ処理場倉庫…原作のあの場面だ。

 

「ルシー?気分が悪いざますか?」

 

「……へ?そう見える?」

 

「もしかしたら貧血かもしれないざます!夕飯まで少し休んでらっしゃい。デリンジャーはわたくしが預かるざますよ」

 

「…じゃあ、お願いしようかな」

 

離れたくないと嫌がるデリンジャーを宥めつつ、ジョーラに託した。精神的な緊張のせいだとは分かっているけれど、どうも目の前がチカチカする。

 

「…大丈夫か?」

 

廊下ですれ違いざまにロシナンテが尋ねてきた。わざわざ能力まで解いて。…そんなにひどい顔色をしているんだろうか。

 

「…へーき。…兄上、たぶん後で男の子が来るの。あの子のことは、絶対、いじめないであげてね」

 

「………」

 

うんとかはいとか言えよ。無言のままロシナンテは食事の準備に向かってしまった。…アレ、たぶん後悔してるな。原作じゃ一週間前にローを高台からゴミ捨て場の鉄山に投げ込んでたし、たぶんこの世界でも同じことをしたのだろうし。あんなことをされても、一週間も粘るとは思わなかったんだろう。きっと優しいロシナンテの心の中ではすさまじい後悔と焦りと哀れみが渦巻いているはずだ。

 

「ルシー、どうした?顔色がよくねェな」

 

部屋の前でドフィにも指摘されて、ぺたりと額に手を当てられた。

 

「熱は…ねェか。夕飯まで寝ておくか?」

 

「うん、そうするー。兄上、たぶん後で男の子が来るんだけど、みんなにいじめられたら助けてあげてね」

 

私がこんなこと言わなくても、きっと原作通りにドフラミンゴは家族を嗜めるんだろうけど。

 

「フッフッフ…やっぱりお前はガキが好きだなァ。そういやデリンジャーはどうした?」

 

「ジョーラが預かってくれてるよ」

 

「そうか。まあ、こっちのことは気にすんな」

 

「はーい」

 

わしわしと頭を撫で回された。部屋に入って、ベッドに倒れこむと、途端に目の前が暗くなった。ジョーラの言うように貧血なのかな。

 

(デリンジャー、だんだん私に噛みつかなくなってきたんだけどなぁ…)

 

ふ、と考えが途切れた。次に目が覚めたのは、ベビー5に体を揺さぶられた時だった。

 

「ルシーさん、ごはんです!」

 

「……寝てた…」

 

「いい夢見ました?」

 

「…ううん」

 

生まれ変わってから、私は夢を見なくなった。見たのはあの時が最初で最後だった。前世の夢。平凡で、普通に生きていた時の夢。

 

(私…前世でどうやって死んだんだろう…)

 

トラックに轢かれたとか、駅のホームで突き落とされたとか、そんな記憶は一切ない。気が付いたらここに生まれ変わっていたから。

 

「ルシーさん?」

 

「……ごめん、なんか寝ぼけてたみたい」

 

「ふふっ!ルシーさんが寝ぼけてるなんて初めて!」

 

手際よく私の髪を編みながら、ベビー5が笑った。髪を切りたいと言ったらドフラミンゴに却下されたので、もう腰より長く伸びてしまった。今でも私に母親を重ねているなら、髪はもっと短くてもいいだろうに。

 

「行きましょう、ルシーさん!みんなもうごはん食べ始めてるかも!…あっ、そういえば男の子が来てます!」

 

じく、と胸が疼いた。それは、新学期前日に手付かずの宿題を見つけたような、期限前日に仕事を回されたような、嫌な焦燥感にも似ていた。

 

「でもね、今日はコラさんがいじめないの。若様も気にしてたし、もしかしたら家族になるかも!」

 

兄2人は妹のお願いを聞き届けてくれたらしい。…いや、単に原作の流れがそうだからか。

 

「…そう。それは、いいことだね」

 

「…ルシーさんは、子供が好きなの?あの子のことも好きになる?」

 

「へ?あー、そうだねぇ。でも、私はベビちゃんが一番好きかなぁ」

 

最近はデリンジャーにばかり構っていたから、ベビー5のことを構ってあげていなかった。彼女は彼女で訓練や任務への同行で忙しかったというのもあるけど。もしかして、寂しかったんだろうか。ちょっと不機嫌そうなベビー5が可愛くて、抱き寄せて頬擦りした。

 

「わ、私も!ルシーさんが一番好きよ!大好き!」

 

ぎゅう、とくっついてきたベビー5が、とても可愛い。ああ、本当にこんな子が、どうして海賊なんだろう。

 

「じゃあ両思いだね」

 

「うん!」

 

ベビー5とくっついたまま、みんなの所へ歩いて行った。ヘマをしちゃいけない。原作の流れを上手く利用しなくてはならない。そんなプレッシャーに竦みそうになる足を、必死に動かして。

 


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