「38話でドフラミンゴがビッグマムからの同盟提案を呑んで、主人公がシャーロット家カタクリさんに嫁ぐことになっていたら」続編の、グラディウス視点です。
※注意※
・カタクリさんオチです
・グラディウスが…辛い…
美傘さん、リクエストありがとうございました。
少しでもあいつが嫌がる素振りを見せたら、この辺り一帯を破裂させて連れ帰ってやる。式当日も変わらずそう決意していた。口には出さねェが、若も幹部たちも、誰もが同じ思いのはずだ。特に若はこの婚約話を好き好んで進めたわけではない。おれたちに、まだ力が足りないばかりに、こんな選択を取らざるをえなかっただけだ。たかだか海賊風情の、たかだか次男坊に、大切な妹をくれてやる予定などなかったはずだ。ぎちり、と胸が軋む。海賊風情。ーーおれと、同じ。…同じはずだった。
「ママママ…!ああ、今日はなんて最っ高の日なんだろう!最っ高のウェディングケーキ!最っ高の花婿と花嫁!こんなに素晴らしい日はない!」
(何が四皇だ…ッ!)
ケーキで作られた高台にいる巨人もどきを睨み上げ、吐きそうになる罵声を堪える。顔もろくに見せねェあんな大男に、ルシーが嫁ぐ?馬鹿なことを!テーブルの下で握りしめた手から血が滴った。不気味な巨人もどきも、周りで笑う人外どもも、そして何よりルシーの陰口を叩いて殺意を露わにする女どもを!殺し尽くしてやりたい!
「落ち着け、グラディウス」
「若…!」
「フフ…まあ…大人しく見てろ」
「…っ」
若が耐えているというのに、おれがぶち壊すわけにはいかない。コラソンはもはや息もまともにできないほど涙と鼻水を垂らしてむせび泣いていたが…ファミリーの誰もが殺意を迸らせながら、花嫁の登場を待った。蕾を模した純白の大きな塊に包まれて、花嫁が入場した。
「っ、ルシー、さん……」
ふわりと花開くように塊が解け、中から現れたルシーは……別人のように見えた。ベビー5の声が、細く消える。おれたちも、四皇の側も、誰一人として言葉が出なかった。コートを脱いだルシーは、華奢だった。いや、元から体格は良くなかった。だが強調する部分は強調し、しかし全体的に細く見せるドレスのデザインがルシーをそう見せているのだろう。あいつの傷も全て覆っていて、金の髪も豪奢にまとめ上げられている。ルージュを引いたルシーは、場所も相まってまるで砂糖菓子の人形のようだった。長く引きずるドレスはダイヤを散りばめていて、少し歩くだけでも足元がキラキラと輝いていた。白い服を着たルシーなんて今までずっと見てきたはずなのに、神聖で、清らかで、何者にも触れ難い美しさがそこにはあった。天竜人、その言葉の真意を目の当たりにしたとすら感じた。だというのに。
「手を貸せ」
「はい、カタクリさん」
容易く差し出された手に、ルシーは触れた。当然のようにエスコートされて高台へ登る姿に、一瞬頭が真っ白になった。
(おい、ルシー…なぜそんなやつの手を取ってやがる。そんな所で何してやがる、なぜ戻って来ない?お前の家族はここにいるだろ!?)
怒りや苦々しさ、言い知れない激情で体が震えた。隣でベビー5やラオGたちががしゃくり上げている。お前ら、なぜルシーを取り戻しに行かねェんだ!沸騰しそうになった頭に、若の声が冷水を浴びせるように届いた。
「…ルシー……」
覇気のないその声につられて顔を上げて…息を飲んだ。ルシーはーー微笑んでいた。呆然と目を見開くおれのことなど視界に入れず、美しく甘ったるいケーキの高台で、この世で一番幸せそうにーー。
(なぜ……笑っているんだ…?お前の望んだ婚姻じゃないだろう?)
あはは、と軽やかに、無垢に笑う声が耳元に蘇った。
『やっぱ私、君のこと好きだわ!』
幼い日の、戯れ言だ。なのにあの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。あの高台で肩を並べて立つこともできないおれには、子どもの頃のそんな言葉に縋り付くしかないと、そう示すように。
(おれは、あの時何て答えたんだ…?)
あの日の言葉を間違えなければよかったのか。そうすれば、お前とそこに立つのは、おれだったのか。不覚にも涙腺が緩んでしまう。涙が溢れてくる。グラス越しに見るルシーの姿が滲んで、ぼやけて…それでも、あの巨人もどきがルシーの肩に触れるのが、顔を近付けるのが、分かって。もう、耐えきれなかった。
「きゃっ!?」
「なにっ!?あっ、やだケーキが!」
「おお!花吹雪じゃなくケーキの吹雪か!」
「マママ!こりゃあイイ演出じゃないか!」
破裂で霧散した殺意や陰口の代わりに聞こえるのは、四皇や子どもたちの楽しげな声だった。おれが見上げた先で、ルシーは、笑っていた。おれを見て、嬉しそうに美しく笑っていた。
『一緒におやつ食べようよー』
あの日のルシーの言葉を思い出す。追い払っても追い払っても追いかけて付きまとってきた、おれのために手のひらから血を流したあの子どもは。もう二度とおれの手の届かない場所で、おれに見せたよりも何倍も満ち足りた顔で、幸せそうに笑っていた。