綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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サン&ムーンさんより、「32話でルシーを抱きしめている時のロシナンテ視点」です。
ご意見ありがとうございました!



サイドストーリー
32話…ロシナンテ視点


 

 

妹はいつでも強かった。おれの方が年上なのに、手を引いて歩くのは小さなルシーの方だった。おれの最も古い記憶の中では、まるで先を見越したように天竜人をやめることを嫌がり、父と母を困らせるわがままな妹がいた。それを不可解そうに眺める兄も、大好きな父と母を困らせる妹がよく理解できなくて怯えるおれもいたけれど、あの妹だけは昔から何も変わらず強いままだと、信じていた。

 

(帰ったぞ、ルシー…!助けに来たぞ!)

 

ドンキホーテ海賊団の悪名はもはや海軍でも指折りのものだ。北の海で知らぬ者のいない恐ろしい売買人として、海軍すら恐れず数々の船を襲う海賊として。そして…まことしやかに囁かれる、元天竜人の一味として。もはや見過ごすことはできないと、世界政府からも早々に駆除するよう要請があった。早々に高い地位にいる保護者から教えられ、任務を受けないかと尋ねられ、迷うことなく拝命した。幼い頃の兄の残虐性を見ていて、身内として止めるべきだとすら思っていた。そして何より、妹のことが心配でたまらなかった。緊急の救援要請を受け島にたどり着いた時には、気にくわないことでもあったのか、ドフラミンゴは街を一つ壊滅させていた。しかし自分に会った途端にころりと表情を切り替え、大いに喜んだ。驚くほどスムーズに、しかも幹部の地位まで与えられて、まさかこれは罠なのかと疑ってしまうほどに。だが、集った極悪極まりないメンバーたちを見回しても、妹の姿はなかった。

 

(ルシー……お前はまだここにいるんだよな?)

 

妹は強くなどなかった。虚勢を張って、弱さを隠していただけだった。ドフラミンゴの残虐性に、心を殺して接していた妹に、弱虫だった自分は気付けなかった。気付こうとしなかった。…妹に頼って生きていたから、妹が弱いと気付きたくなかった。妹の心の柔らかい部分にやっとのことで気付いた時には、もう、泣いて謝っても、遅かった。私は大丈夫だから、と心を殺して笑って手を引いてくれた、おれたちの小さな妹。父と母に似た優しい妹をドフラミンゴの元に置いてきてしまったことだけを、この14年間、ずっと悔やみ続けていた。

 

『早くかっこよくて強い大人になってね、兄上。…できればドジっ子もなおしてほしいけど』

 

弱い兄はもういないのだと。ドフラミンゴがどれほど恐ろしくても、おれがお前を守ってやれるのだと。そう、ヒーローのように、胸を張って妹の前に現れたかった。なのに……どうして?

 

「………、……ッ!!?」

 

妹がそこにいると、幹部たちに教えられて入った部屋には、たくさんの管を体に差し込まれた妹が眠っていた。やはり、妹は弱かったのだ。弱いくせに強がって、家族みんなを守ると虚勢を吐いていただけだった。けれどその虚勢に妹自身が騙されて、だから、こんな不相応な無茶をして、怪我を……こんな、死にかけるほどの、大怪我を…!

 

「ルシー…!?おい、ウソだろ!!?ルシー!おい、ルシー!!!」

 

病人の体を動かすなんてダメだと分かっていたが、それでも目の前の事態が嘘のようで、信じられなくて、自分自身を止められなかった。妹の細く小さい体を揺さぶって、何度も何度も名前を呼んだ。けれど、妹は冷たくて、反応がなくて、まるでーー。

 

「お、お前が…死んだら、守ってやれないだろ…!?」

 

かっこいいかは分からないが、強くなった、強い大人になった。ドジっ子はなおらなかったけど、お前1人守れるくらい強く、ようやく、なれたのに。

 

「ル"ジー……ッ!!!」

 

こんなのは、あんまりじゃないか。やっとおれの手で助けてやれると、そう思ったのに。お前はドフラミンゴの元で、どれだけ苦しんでいたんだ。今までちゃんとメシを食って、心から笑って生きていられたのか?なあ、何で応えてくれないんだ。おれのことが大好きだと、また笑って言ってほしいのに。

 

「ル"…ル"ジー………っ!?」

 

おれの背中に、何かが触った。ハッとして顔を上げたが、やはり部屋に他者の気配はない。まさか、と妹の顔を覗き込んだ。死んだ母のように、白い顔だった。けれど、確かに、それはルシーの手だった。

 

「……………、…ぇ…?」

 

北の海の冷たい風の音かと思った。けれど確かに、妹の唇から聞こえたものだった。まさか、まさか、ああ、なんてことだ!

 

「ぁに、うえ……ロシー?」

 

今度こそ、か細い声が、そっと鼓膜を震わせた。奇跡だと思った。ドフラミンゴたちに死ぬかもしれないと言われていた妹が、目を覚ました。おれの名前を、呼んだ。生きていてくれた…!

 

「なか、ないで、ロシー…」

 

涙で妹の顔が見られなくて、せっかく再会したのに初めに見せる顔が泣き顔だなんて成長していない姿を見せたくなくて、妹を抱き込んで顔を伏せた。妹の小さな声と背に回された頼りない腕に、胸が詰まるようだった。記憶の中で幸せそうに笑う、優しい母を思い出した。

 


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