他、グラディウス視点とベビー5視点もアップできましたら、ご一緒にお楽しみください。
「……ルシーが攫われた、だと?」
怒気を煮詰めたようなドフィの声に、耳を疑った。誰が、何だって?ルシーが、と…そう言ったのか?バッファローはともかくバイスが付いているというのに、みすみす攫われてしまったと?まさかと思ったが、ドフィから漏れ出す覇気に血の気が引いた。
「ドフィ」
歓楽街はアジトから少し離れている。だが、バイスの足の速さなら、時間からもまだ遠くへは連れ去られていないはずだ。早く、早く探さなくては。
「……あァ。ピーカは歓楽街付近を探せ。ディアマンテは港だ。コラソンとトレーボルはうちに出入りしている商人どもの相手をしろ…ルシーの存在を気取らせるな。他の連中は幹部の指示に従え。敵の命よりもルシーの安全が最優先だ。いいな」
「「「はっ!」」」
ドフィの糸で拘束されたバッファローとバイスには、後でおれからも処罰を与えなければ。串刺しだ。殺しはしない。あいつらはドフィとルシーの家族なのだから。
「グラディウス、ベビー5、花屋で聞き込みをしろ。おれは隣街ごと歓楽街を壁で覆う」
「ああ…!」
「っ…、分かったわ」
ベビー5の返答に間があった。こいつもルシーのことが心配なんだろう。立ち止まり、2人が歓楽街に駆け込んだのを確認して、地面に潜り込んだ。ルシーを気絶でもさせて攫ったのだとは容易に想像がつく。気絶した人間は移動に邪魔なものだ。そして殺したでなく攫ったとなれば、おそらく、ルシーを人質にすることか、ルシーの知識が目当てなのだろう。近頃顔を見せた商人たちはルシーの存在を知らないし、怪しいそぶりもなかった。馴染みの商人たちでも旨味を十分に与えていることから、わざわざドフィの怒りを買うような真似をするとは思えない。何より、ルシーを人質にするにしては、あまりにタイミングが良すぎる。なぜおれたち幹部が側にいないタイミングを狙った?…とすれば、目当てはルシーの知識の方か。おれたちの仕事に立ち入らず、大して頭も良くないルシーだが、ドフィの妹だ。ドフィが世界政府を強請ったネタを、ルシーも持っているとでも考えたのだろう。
(つまり、敵は世界政府か…!)
以前から奴らは海上でもアジト付近でも強襲してきていた。恐ろしく強く、海上では苦戦を強いられたことを思い出す。…ルシーが撃たれたのも、あいつらのせいだった。
(なるほど…あの時にルシーの特徴でもおさえたか)
結局あいつらはドフィが船もろとも皆殺しにしたはずだが、電伝虫で映像でも飛ばしていた可能性が高い。知識が目的であるなら、最悪の事態が想定される。知識を得たいのならば、脳だけあればいいのだから。体に何をしようとも、脳さえあれば情報は得られる。自分たちが今まで他人にしてきたことを思い出した。
(あれを、ルシーが、される?)
目の前が真っ暗になるようだった。生かさず殺さず、どうやればいいのか散々試して理解している。だからこそ、あの弱いルシーがどんな目に合うのかが容易に想像できた。しかも、ルシーは痛みに強い…痛みを感じない。そんな人間を拷問するには、どうすることが効果的なのか。心をへし折るのだ。完膚なきまでに、精神もプライドも思考もぐちゃぐちゃにしてしまう。ーーールシー。
「ピーカ!」
深く考え過ぎていたようだ。ハッとして、遥か下を見ると、ベビー5が見上げて声を張り上げていた。
「女の人が気絶した白い服の女の人を連れて、山側の方に行ったって…!」
「……分かった」
ずるり、と再び地面に潜って歓楽街を抜け、山側へ向かう。確かいくつか廃墟や倉庫があったはずだ。一つ一つに顔を出して確認するうちに、やっと、見つけた。見つけてしまったーー普段は隠している肌を晒した、ルシーを。その上に乗る、男を。
「ルシー…っ!!!」
手を伸ばして、包み込んだ。弱くて、尊い、ドフィの小さな妹。
「くっ…!」
獣のような俊敏さで男が飛び退いた。挽き潰してやろうとしたが、相手の方が速かった。身なりから察するに、動物系の能力者か。捉えるのは骨だ、と舌打ちをした。…どうしようもない、能力の差だ。地面の動きからここにいると察したのだろう、すぐさまグラディウスとベビー5が合流し、ルシーの安全を確認してから猛攻を加え始めた。だが、敵の方が上手だった。世界政府側は、海上でファミリー全員でもって総攻撃をしても苦戦を強いられた相手だ。ルシーの安全を優先し、さらにたった3人で迎撃することは困難だ。ドフィからも敵の命よりもルシーの安全を優先するよう命令されている。囲った石の壁も容易に突破するほどの相手を追う必要は、今はない。手の中のルシーがもぞりと動いて、安堵した。ああ、生きている。
「ピーカ、ルシーさんに会わせて!」
ルシーの状況を知らないベビー5が、悪意もなく懇願してきた。グラディウスもなぜルシーを出さないのかと批難するような目をしていた。皆、ルシーの安全を自分の目で確かめたいのだ。ルシーは弱いから。会わせてやりたいのは山々だが、こんな状態のルシーを晒すことはさすがにできなかった。女は乱れた身なりを他者に見られたくないものだろう?
「……ダメだ」
「えっ!どうして!?ルシーさんは無事なんでしょ?ねえ、ルシーさんっ!」
ベビー5は自分の手の皮が破け血にまみれても、何度も何度も石の壁を叩いてルシーを呼んでいた。そんな悲痛な声を哀れに思ったのか、手の中からルシーが訴えてきた。
「…ピーカ、どうせこの格好じゃ帰れないし。グラディウスからコートでも借りれたら嬉しいっていうか」
ルシーは馬鹿だ。突然コートを貸せと言われれば、融通の利かないグラディウスでもルシーの身に何が起きたのか気付いてしまうに決まっているのに。お前、自分に恋心を寄せる男に、そんなことをさせる気か?
「………なら、これを着ておけ」
「んぶっ!…ありがとう」
仕方なく自分のコートを渡せば、案の定ガキがシーツを引きずるような姿になってしまった。ガキの頃からとびっきり弱い、小さなルシー。なぜお前がこんな目に遭わなけりゃいけないんだ。
「!」
ゆっくりと手を開くと、ベビー5の目が煌めき、思わずといった様子でグラディウスも一歩踏み出してきた。…こいつらに、こんなルシーを見せるのは、辛かった。殺すためではなく、守るためにもう一度手を閉じてしまいたいと思ったのは、これが初めてだった。
「ルシーさ、ん……!?」
ベビー5の顔が、瞬時に曇った。ああ、やはりこいつもルシーがどんな目に遭わされたのか、理解できたのか。ドフィと等しく、あるいは実の母か姉のようにすら慕うルシーが、なぜ頬を腫らし、髪を乱れさせ、おれのコートを羽織っているのかが、理解できるのか。
「ブチ殺してやる!一族郎党皆殺しだ!腑を海にばら撒いて生きたまま魚に食わせてやる!死ぬまで拷問にかけてやる!親兄弟のケツの肉を削いで食わせてやる!殺す!殺す!あの野郎ども…ッ!!!死んでも殺し尽くしてやる!!!」
驚くほど下劣な罵声を吐いたグラディウスを、ルシーが目を丸くして見ていた。
「ルシー、さん…ルシーさん…っ!」
縋り付いて泣き叫んだベビー5を、ほんの少し羨ましく思った。おれも、グラディウスだって、お前のようにルシーを抱きしめることができたなら。ルシーのような目にあわせた多くの女たちを思い出してしまわなければ、きっと、小さなルシーを腕の中に包み込めたのに。
「…お迎えに来てくれてありがとう。ピーカも、グラディウスも、ベビちゃんも…ありがとう。大好きだよ」
おれたちが、お前に、感謝されるような、人間であればよかったのに。