綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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6.それは私の義務だから

 

 

あんな父親の姿を見てから、ドフラミンゴは不気味なほどに大人しくなった。毎日のように起こしていた癇癪も、文句も言うことがなくなった。けれど私も家族も、なぜドフラミンゴが大人しくなったのか、なんて考える余裕はなかった。生きていくのに必死にならざるを得なかったのだ。

 

「そこのお肉と、干し肉ください」

 

「おや、お嬢ちゃん一人でお使い?小さいのに偉いねぇ」

 

「えへへ。あのね、ちゃんと一人でお買い物ができたら、お父さんとお母さんが褒めてくれるの!だからがんばるの!」

 

「そうかいそうかい。…ところでお嬢ちゃん、見ない顔だけど、どこの子なんだい?」

 

「えっ、えっと…あのね、向こうの向こうの向こうの通りを向こうに行って向こうに行ったところなの」

 

「うーん…そっかぁ、遠いところから来たんだねぇ」

 

偉いねえ、なんて肉屋のおばさんに褒められながら支払いをして商品を受け取った。とっさに子どもらしく曖昧な感じで住んでいるところをごまかしたけれど、この街の子どもではないとバレただろうか。いや、まだ大丈夫そうだ。

 

「最近天竜人狩りが横行しているからね、お嬢ちゃんは巻き込まれないように気をつけるんだよ」

 

「えっ、天竜人ってなあに?私分かんなーい」

 

「…人を家畜のように扱うやつらさ。さあ、明るいうちに帰りな」

 

「…はーい」

 

口に出すのも汚らわしい、とおばさんは顔をしかめていた。どこへ行っても天竜人の嫌われっぷりはすさまじいものがある。なんだかなー、と思いながら街の人たちの様子を横目に街を散策した。引っ越して2週間、まだ買出し係の私を天竜人とは疑っていないらしく、こっちを見てヒソヒソとかはなさそう。せめて母親の体調が落ち着いてもう少しマシな所へ引っ越しするまでは…私たちにとって安全な街であってほしい。

 

「コホッ…街の様子は…どう…?」

 

「まだ大丈夫だよ。母上は?」

 

「ええ、大丈夫よ…コホコホッ」

 

嫌な咳だ。薬も効かず、食欲もないまま。このまま原作通りになるのでは、と嫌な感じがひしひししている。母親の服を着替えさせてあげながら、早く何とかしなくては、と焦りを押し殺した。

 

「父上、海軍に連絡はした?」

 

「ああ…しかしこちらの名前を言った途端切られてしまってな…」

 

「………ぅゎ…」

 

この人バカなの?こっちがどれだけ助けを求めたところで、海軍なんて普通は一般市民から成ってる組織じゃないか。これだけ迫害を受けて、一般市民に天竜人アレルギーがあるって身に染みて理解しているはずなのに、なぜ素直にフルネームを答えてしまうのか…。

 

「…どうすべきだろうか、ルシー」

 

「〜〜っ!じゃあ次は私が…って子どものいたずらって思われたらダメだから……母上に、かけてもらう。台本は私が用意するわ。…あ、兄上たち、みんなのご飯用にお肉を焼いてもらっていい?母上のごはんは私が作るから」

 

「うんっ」

 

「父上……一体いつまで…こんな暮らしが続くえ?」

 

「ドフィ……」

 

ドフラミンゴの言葉に父親は肩を落とした。けれど、そんな暇があるならさっさと助かるための手立てを考えて欲しいのだ。

 

「兄上、お腹空いたでしょ?私もお腹ぺこぺこなの!早くお肉焼いて欲しいなぁ」

 

「昨日もごはん食べてないもんね。ねえ、兄上…うわっ!」

 

ロシナンテが肉を抱えたまま盛大に転んだ。手に持っていた肉が包装紙から飛び出てゴキブリの上にべちゃりと落ちた。あーあ…あれはもう食べられないわ…せめてただの床の上だったらよかったのに、なぜゴキブリの真上…絶対無理…生理的に無理…。

 

「あっ……ご、ごめんなさい…っ!」

 

「あー、うん……もう一回買いに行ってくる。みんな、干し肉食べてて…」

 

崖をよじ登れないから遠回りになるけれど森の中を抜けて2日かけて買い出しに行くことになる。子どもの体にあるまじき関節痛と筋肉痛を引きずって、私はカバンに金を補充した。あの肉が無事だったなら、体の不調を治す猶予があったんだけどなぁ。それでも、金銭感覚も買い物の仕方も分からない父親やドジっ子のロシナンテ、天竜人節が抜けないドフラミンゴを行かせるよりは百倍も千倍もマシなのが事実である。父親たちの気遣わしげな視線を背に浴びながら家を出た。

 

(先に海軍に連絡した方がよかった?でも、海軍がいつ到着するか分からないし、これ以上家族を飢えさせると確実にヤバイ。特に母親は虫の息って状態なのに…。せめてあと一回は食べ物を補充して、それから避難を求める方がいい。私が家族を守るんだ。私が彼らを守らないと)

 

頼れる者はいない。守ってくれる者もいない。食べるもの、住む場所、健康、そんな目の前のことに必死にならないと生きていけなくて、ほとんど薄れてしまった前世の記憶を活かして有利に生きるだなんて発想になどなれるはずもなかった。お荷物を4人も抱えた4歳児による究極のサバイバルだ。敵は世界そのもの。

 

「……私が、やらなくちゃ」

 

呪文のように呟きながら、この3週間ほど絶え間なく酷使し続けて痛む体でゴミ山を越える。後ろから軽い足音がいくつか聞こえてきた。

 

「ルシー!待つえ!一緒に行くえ!」

 

「ドフィ兄上?えっ、ロシー兄上も?どうして?」

 

「ルシーだけじゃ危ないから…それに、ぼくたちも行けばたくさん持って帰れるから」

 

「おおぉ…なんか、成長してる…」

 

「さっさと行くえ!」

 

「あ、はーい」

 

親は変わらずあんな状態だというのに、子どもというのはこんなにも成長するものなのか。ドフラミンゴとロシナンテのメンタルが強くなりつつあることに感動した。なんだか完全に我が子の成長を見守る母親目線になってしまった。両側から兄二人が小さな手で、もっと小さい私の手を握ってきた。

 

「ルシーのことはちゃんと守ってやるえ」

 

「だから泣いてもいいんだよ、ルシー…うわぁっ!」

 

さっそく転んだロシナンテに引きずられて私も転んでしまったけれど、ドフラミンゴがなんとか腕を引っ張って支えてくれたおかげで顔面ダイブはしなくて済んだ。でも、ああ、そうか。家に火をつけられてから今まで、家族の中では私だけが声を上げて泣いていない。それを気にしていたのか。

 

「別に、泣かなくても生きていけるんだよ、兄上」

 

「……さっさと行くえ」

 

「私は大丈夫だから、母上の側にいてあげて。父上だけじゃ頼りないし」

 

「だめだよ!」

 

「ルシーも女だえ!下々民に何かされるかもしれないえ…!」

 

「え、こんな子どもに?」

 

まさか母親だけでなく成長期などまだまだ先の妹にまで気を使っていたとは。子どもだ子どもだと思っていたけれど、本当に成長しているんだなぁ。うっかり涙腺を刺激されてしまう…まあ、そんなことで泣けないけど。

 

「…じゃあ、兄上たちも一緒に行ってほしいなぁ」

 

二人のちょっと汗ばんだ小さな手を握りしめた。一人で歩くというのはやはり疲れが出るものだったらしい。ロシナンテがしょっちゅう転ぶとはいえ、早くも超人の片鱗を見せるドフラミンゴが弟妹を引っ張って進んでくれたおかげで1日ちょっとで街にたどり着くことができた。

 

「え、早…すげぇ」

 

途中でドフラミンゴとロシナンテに背負ってもらったからか、疲れもほとんどない。ワンピース世界の10歳児と8歳児…すごい。

 

「何を買うんだえ?」

 

「ああ、えっと肉をね。あとドライフルーツとかあればいいんだけど。うーん…兄上たちでお肉買ってきてもらってもいい?塊肉5kgほどでいいかな。お金はこれで十分足りるはず」

 

「ルシーは?」

 

「ドライフルーツとオートミールと、あと薬とか買ってくる。買い終わったら街の外の坂で集合ね」

 

こっくりと頷いたロシナンテに札を数枚握らせて、ドフラミンゴにロシナンテがドジをしないよう頼んだ。ドフラミンゴがいれば、もし何かあっても上手く逃げられるだろう。

 

「それにしても……なんだろ、今日はガラが悪いのが多いな…」

 

露出の多い服を着た女を侍らす男たちが、手に物騒な武器を持ってたむろしている。その中の一人の背を見て肩が震えた。

 

(海賊…!?)

 

背にドクロとバツのマーク…誰でも分かる、明らかな海賊の印だった。

 

「あン?」

 

「っ!」

 

あまりに見つめていたからか、視線を感じたらしい男に一瞥された。とっさに目をそらしてコソコソ逃げた。怖い、あれは人に暴力を振るうことに躊躇いのない類の人種だ。さっさと買い物を済ませて、街の外を目指して走った。酸欠で倒れかけて何度か休憩を取ったけれど、それでも今までのように情報収集をしていないだけ早いと思う。ドフラミンゴとロシナンテは、と周りを見渡して……見つけた。

 

「チッ…やられた…」

 

食材を抱えたロシナンテを背に守るようにして、ドフラミンゴが怒鳴りつけている相手。街にたむろしていたガラの悪い面々だった。子どもの持つ荷物を狙ったのか、誘拐でもしてやろうと思ったのか…そしてドフラミンゴがいつもの天竜人節で返してしまったのだろうか。正直に言うと、自分一人だけでも逃げたいと思った。だって子どもたちを守って痛いめに合うのは嫌だ。だけど…。

 

「……私は大人、私は大人、私は大人…!」

 

大きく息を吸い込んで、下っ腹に力を入れた。荷物を木陰に投げて、ドフラミンゴとロシナンテの元へと駆け寄る。私は大人だ、だから子どもを守る義務がある。私は彼らの家族だ、だから兄たちを守る義務がある。

 

「あの!私の兄たちに何の御用でしょうか!?」

 

たとえ、今ここで私が殺されてしまうことになっても。

 


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