綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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53.心を抱きしめる

(珀鉛病の研究がなかなか進まない…)

 

水銀の過剰摂取が原因の中毒症と同じようだ…とまでは突き止められたらしいけど、それを体から取り除く技術にまではたどり着けていないらしい。特にローのように母胎内にいる時からというのが問題らしくて、脳や髄液、身体中に染み込むように珀鉛があるから、つまり…血液や髄液を入れ替えたり、という話ではないらしい。取り替えるなら細胞レベルでないと。

 

「…やっぱり、原作通りにしか動かないか」

 

ロシナンテに私が防刃帯を渡した時以外は、どうやっても流れが変わらない。考えたくはないけど、これ、原作の流れに大きく関わることは修正不可能ということなんじゃ?

 

(なら、仕方ないよね…)

 

窓から縞々柄の屋根の建物を見上げて、ため息を吐いた。

 

「ロシー、ロシー兄上はいるー?」

 

「コラソンならこれから取り立てに行くところだぞ」

 

「ありがとう!」

 

ピーカが船の外を指差して教えてくれた。ヤバイ、間に合わない。追いかけようとした私を捕まえて、ピーカが船の中にいろと言ってきた。

 

「ええ…別にちょっと出るくらいよくない?」

 

「だめだ。また何かあったらどうする」

 

怒られた…。私の味方をしてくれる頻度が高いピーカに怒られると割とショック…。しょげた私の頭を潰さないように撫でて、少し待っていろとピーカが外に出て行った。ロシナンテを呼んだくれたピーカに礼を言って、そんなに時間を取らないから、とロシナンテを部屋に引きずり込んだ。

 

「兄上、非常時用の小船に食料と電伝虫と金目のものと毛布と服と…とりあえず、しばらく生活できるだけは用意しておくから。あ、船は買い出しに使ってるやつじゃなくて救難用のやつね」

 

小声でロシナンテに言い含めると、ロシナンテがいきなり何を言い出すんだと首を傾げた。

 

「たぶん、今日じゃなくても近いうちに兄上が出て行くことになる。つる中将の襲撃に紛れてだけど」

 

「……バレたのか?」

 

「違う。でも、絶対ロシーはそう選択する」

 

「未来のおれの心の中でも読んだようなことを言うんだな」

 

そうだよ、私は読んだんだよ。これからあなたがどうなるかも、全部。

 

「コラソンー!もう取り立てに出たのかァー?」

 

ディアマンテの声に慌ててカームを使ったのを確認して、ロシナンテの背中を押した。

 

(……これが、最後かもしれないんだよなぁ…)

 

相変わらず触覚がないからロシナンテの背中の感触もコートの感触も何も分からないんだけど、なんだか離れ難く感じてしまった。ロシナンテを殺させない。けど、勝算は…。

 

「………兄上、抱っこして」

 

「!!?」

 

お前何言い出すんだ、と目を剥いたロシナンテに、バンザイをして抱き上げろと急かした。戸惑ったように私と出口を交互に見たロシナンテだったけど、私がじっと見つめていたら根負けしたように肩を落として体を持ち上げてくれた。ロシナンテの首に抱きついて、肩口にぐりぐりと頭を押し付けた。

 

(死なせない。死なせたくない。けど…だけど……死なせてしまうかも、しれない)

 

もう、私の心の天使には、これっきり会えなくなってしまうかもしれないんだ。タバコとボヤ騒ぎでの焦げた匂いを吸い込んだ。これを最後になんて、したくない。目の端に涙が浮かんだ。

 

「ロシー兄上、大好き」

 

「………」

 

とん、とん、と背中を軽く叩かれた。ロシナンテはしがみついて離れない私ごと玄関まで行って、ディアマンテたちから盛大に笑われてしまったけれど。私が離れようとするまで、じっと付き合ってくれていた。…あの日のヴェルゴを、思い出した。

 

(死なないでよ、ロシー)

 


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