自室にこもって、頭の中に浮かぶ原作のページをめくらないように、ずっと祈りを捧げていた。両手を組んで、小さく丸まって、ロシナンテが無事逃げ延びる姿を必死になって想像しようとした。だけど思い浮かぶのはやっぱり、銃で撃たれて殴られ蹴られ、血にまみれたコラさんの姿だった。
(原作通りにはならない。ならない。絶対。ドフラミンゴはきっと、原作ほどコラソンのことを疑ってなかった。ロシーとローにはヴェルゴがミニオン島にいることも伝えた。ローに止血するよう伝えたし、運が良ければオペだって!死なない。死なないよね、絶対…!)
「ママ…いたい?いたいのどこ?」
ベッドの角で縮こまる私に、デリンジャーが声をかけてきた。心配そうに見上げる顔を見ても、上手く笑顔を向けてあげることはできなかった。
「……痛くないよ。痛く…ないの」
いっそ痛ければよかった。ロシナンテの代わりに私があそこにいられたなら。
「あっ、デリンジャーのおかし!あげる!」
「ありがとう…」
デリンジャーが大切そうにポケットに入れていた包み紙を取り出して、私に差し出してきた。美味しいとよく食べている大好物だろうに、迷うことなく差し出してきた優しさが、今はなぜか辛かった。
「ママ、なかないで」
ベッドによじ登って、デリンジャーが私に抱きついてきた。その小さな体を抱きしめて、甘い匂いを吸い込んだ。いつもなら幸せになるような甘い匂いなのに。今はただ、苦しいばかりだった。しばらくして大きな音と船の揺れがあった。家族たちが大声で叫びながら、急いで出航準備をしているのが聞こえる。眠ってしまったらしいデリンジャーを抱えて、窓辺の椅子に座った。窓に食いつくようにして…そこに、ローの姿があるだろうか、ローの声が聞こえるだろうかと島を見た。けれどローの姿も声も聞こえなくて、そのうちに船は出航してしまった。
(……まさか、もしかして、原作通りではなくなったの…!?)
遠ざかる島の全容を目を凝らして見ても、ローの姿は見えなかった。それはーーーそれは、つまり…!
「ーーールシー」
ドフラミンゴが部屋に入ってきた。いささか疲れたような顔をしたドフラミンゴに、私は冷静を装って尋ねた。
「……ロシー兄上は、どこ…?」
ドフラミンゴは部屋の半ばで立ち止まり、静かに私に言った。
「あいつのことは忘れろ」
「っ…どういう、意味……?」
「あいつはおれたちを裏切った。出て行ったんだ。だからもうここには戻らねェ」
「……本当に?本当に、出て行っちゃったの…!?」
「ああ」
忌々しげに言ったその言葉に、わずかに期待を抱いた。処分しただとか、そういう言い方をしなかった。出て行ったと言った。出て行って、もう戻らないって!なら、ローと一緒に逃げた可能性が高い…!
「だから、ルシーはあいつのことなんて忘れろ。いいな」
(ーーー違う…)
遠い昔を思い出した。目覚めた私を取り囲んでむせび泣く父親とロシナンテ。あの時ドフラミンゴが言った言葉と、今の言葉に、何の違いがあるだろうか。
「……そう…ロシーは、いってしまったのね…」
そしてそんな嘘に騙されたふりをして頷く私に、幼少期と何の違いがあるだろうか。妹が素直に納得したのを確認して、ドフラミンゴは部屋から出て行った。…窓の外で雪が降っている。地面に横たわって、静かに白い雪に埋もれていくロシナンテを想った。
(やっぱり、私なんかがどれだけ頑張ったって、変えられないんだ…)
ロシナンテはいってしまったのだろう。お腹いっぱいごはんを食べられて、綺麗であったかい布団でたくさん寝られて。ただ生きるだけのことなんかに心配せず、誰にも怖い思いをさせられない、そんな場所に。でも……そこに、ローはいない。ローにこれから二人で一緒に逃げるのだと言っていただろうに、ロシナンテだけが先にドフラミンゴのいないところへといってしまった。
(ドジなんだから…)
ロシナンテは、最期の最後までドジだった。きっとローも怒っているだろう。そう思うとなんだか笑えた。だけど窓に映る母親によく似た誰かは、眠る小さな子どもを抱いて、二つの瞳からとめどなく大粒の雫を落としていた。