綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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8.理不尽だと嘆くこともできないまま

 

「ははーん。なるほど、理解できましたわー」

 

つまり私は買い物の後、ゴロツキに絡まれているドフラミンゴとロシナンテを助けんと割って入ってゴロツキと交渉したけれど、見逃してくれると思いきや背後から踏んだり蹴ったりどころではない明らかな暴行を受け、トドメに金属バット的な物で頭を殴られ昏睡。同じく暴行を受けたロシナンテも気絶。ドフラミンゴはなんとか意識を失うまでではなかったけれど、動けない状態になっていた。

 

(ここまでは原作にもあった…気がする。あー…だいぶ原作の記憶無くなってきてるなぁ。最後に漫画読んだのって5年くらい前?しかもそんなガッツリ読み込んでないし…)

 

なんとかロシナンテの意識が戻り、ドフラミンゴも動けるようになったけれど、私だけが意識不明のままで、死ぬと思ったドフラミンゴたちは私を医者に運び込んだ。そこで不審に思いながらも医者は私を治療してくれた。私は腕指足肋骨とあらゆる骨が折れて、内臓も破裂まではいかずとも腫れ上がって炎症を起こした状態になっていたらしい。で、お代の話になった時に、ようやくドフラミンゴが父親に伝えることを思い出して走ってゴミ捨て場に帰った。驚いた父親は私の避難グッズだけでなくロシナンテの避難グッズからも金品を根こそぎ取り出して持って行った。…結果はご想像の通り。

 

「つまり、一般人が一生かかっても目にすることなんてないほどの金貨と札束を持って行ったことで、街中に私たちが天竜人だとバレたと。んで、あれだけあった金品全てを投げ出したせいでうちは今無一文だと」

 

「し、しかしルシー、お前を助けるためだったんだ…」

 

「………ハーーーーーァァァ……教育すべきは親の金銭感覚だったか…」

 

まさか、こんなことになるだなんて思いもしなかった。どこかで暴行を受けるだろうとは想像がついていた。いずれこのまま母親が死ぬだろうということも。けれど、まさか…まさか、自分が暴行を受けて気を失った間に無一文になって、その間に母親が死んで、街中に天竜人だとバレるだなんて…。これでプランは練り直しだ。母親の声で海軍に助けを呼ぶ案が消えた。移動しながら細々と街で買い物をして生きていく案も消えた。さて、これからどうすべきか。

 

「…父上、もう一度海軍に電話しよう。今度は私の台本通りに喋って」

 

「あ、ああ、分かった!」

 

体を動かせないので口頭でセリフを伝えて、禁止事項を何度も繰り返し頭に刷り込ませた。天竜人だったことを知られないようにする。ドンキホーテの名前を言わず偽名を伝える。シナリオはこうだ。代々森の中で細々と暮らす一家だったが、チンピラに襲われ命からがら家を捨てて逃げ出し、運悪く天竜人の逃亡と時期が重なり街では保護してもらえず、幼い子どもたちは街の住民たちから暴行を受け死にかけている。

 

「これで本当に上手く行くだろうか…」

 

「上手く行くかじゃない、上手く行かせるの。それと、場所はここじゃなくもっと離れた場所を伝えて。きっと近くの街では天竜人が近くにいるって噂になってるはずだから」

 

「ああ、分かった」

 

住民たちが起きる前にとゴミを漁りに街まで行ったドフラミンゴとロシナンテには悪いが、電話をするタイミングでいなくてよかったと思う。途中で父親の通話を邪魔されたり、父親が気をそらして海軍に嘘だとバレてはいけないから。

 

『ガチャッ!こちら海軍第213支部。事件ですか?事故ですか?』

 

「事件です、助けてください!」

 

話が通じそうだ、と気が急いて声が大きくなった父親をジェスチャーで制した。冷静に、慎重に事を運ばなくては。

 

『では現在の状況と場所をーーー………え?あっ、はい、分かりました。…少々お待ちください』

 

プツ、と音が途絶えた。何だこれは、何が起きているんだ。途中で誰か違う人物に通信を遮られた。助けを求める人に待てだなんて、普通はありえない。もしかしたら命に関わることかもしれないのに。じわりと冷や汗が背中を流れた。父親は何も不思議に思っていないらしく、まだかまだかと待っているだけだ。嫌な感じがする。とても、とても嫌な予感がする。

 

『…お待たせいたしました。お名前はドンキホーテ・ホーミング、でよろしいですね』

 

「!!?」

 

(嘘だろ、なんでーー!!?)

 

まさか逆探知とかされたの?そんな技術が、この世界にあるの?いや、そうだとしてもいちいち電話一つ一つに逆探知なんて普通しないよね?なのになんでーー!?ハッとして父親を見ると、不思議なくらいに全てがスローモーションに見えた。たぶん火事場の馬鹿力というか、本能的に一瞬だけでも限界突破できたんだと思う。馬鹿正直に頷こうとした父親の袖を掴んで、必死の形相で首を横に振って見せた。

 

「あっ……い、いいえ、違います…!」

 

『…そうでしたか、失礼しました。ところで、どのようなご用件ですか?』

 

「じ、実はーーー」

 

何度か手元の台本を見ながら、つっかえつっかえ父親はセリフを読み上げた。…気味が悪いほどに通話相手は相槌一つなく無言のままだった。ああ、これは嘘だとバレているな、と途中で諦めがつくほど。こんな馬鹿馬鹿しい茶番、さっさと終わらせてしまいたかったほどに。

 

『大変でしたね。…ところで。そちらの島ですが、世界政府の非加盟国となっております。つまり、残念ながら我々海軍にはあなた方を助ける義務がありません』

 

「なっーーー」

 

『そちらの島に寄ることがありましたら、またご連絡させていただきます』

 

慇懃無礼な言い回しで、相手は通信を切った。ああ…やられた。そもそもこっちの身分がバレた時点で終わっていたのかもしれない。けれど、まさか非加盟国であることを逆手にとってくるだなんて…!

 

「う…ウゥ…ッ!!!」

 

台本をぐしゃりと握りしめ、父親は床に蹲ってしまった。そんな父親を見て、私はここで死ぬことを覚悟した。ドフラミンゴは必ず生き残る。父親は必ず殺される。私もきっとこの分なら死ぬだけだろう。…ロシナンテは大丈夫だ、だって彼はコラさんになるんだから。……待てよ?なんでコラさんになるんだっけ?コラさんってそもそも……ああ、確か、ええと、海軍のスパイだったっけ。あれ?でもどうしてドフラミンゴと一緒に海賊にならなかったんだ?

 

(…ほとんど、原作のことなんて忘れちゃった)

 

主人公ルフィの冒険の数々は割としっかり覚えている。仲間の子たちの出自やエピソードも。けど、主人公が倒す敵の一人の細かい人生までは覚えてなんていない。そう、自分がこんなことになるだなんて思いながら頭に叩き込んだりなんてするはずがなかった。…ここから先はどうなるか分からない、としか言いようがない。

 

「…まあ、何とかなるよ」

 

なるようにしかならないよ。そんな言葉を飲み込んで、父親に笑いかけた。母親が死んだ時点で、父親を生き延びさせることは不可能なのだろうと察していた。死ぬ予定の人間を生き延びさせるなんて、こんな極限状態では不可能だ。何より私が先に死にそう。

 

(あーあ、なんで平和なイーストブルーとかに生まれることができなかったのかなぁ)

 

両手で顔を覆って嘆いた。せめて平和な東の海に生まれていたなら、こんな危険極まりないワンピースの世界でだって生き延びられたかもしれないのに。…あ、もちろん一般的なご家庭でね。ルフィたちの生まれ育った島のゴミ山とか絶対死ぬ。生きたまま燃やされる。

 

「……ルシー?」

 

「んー?」

 

「お前…その、腕は大丈夫なのかい?」

 

「うで?」

 

「ああ…。そんなに動かしても痛みはないのかい?」

 

「いや全然………おや?」

 

そういえば、骨がバキバキに折られたのに、なんで腕が動くんだろう。まさか通話の最中に突然治ったんだろうか。いやいや、そんなまさか…。内心自分の考えの突拍子もなさに笑いながら足を持ち上げて、痛みが全くないことに目を丸くした。まさか…まさか!?

 

「えっ、治った!?っぎゃあ!立てない!」

 

「ルシー!!?」

 

ベッドの上に勢いよく立ち上がったら、全身の力が抜けたようにへにゃりとへたり込んでしまった。よくよく見ると足や腕があらぬ方向にぐんにゃりと曲がってしまっている。ああ、コレ絶対治ってないわ。

 

「急にどうしたんだ、ルシー…」

 

娘が奇妙なことをし始めた、と戸惑いを隠せない父親に真顔で尋ねられたのが辛すぎたので、素直に答えることにした。

 

「あのー、全然痛みがなくって…」

 

「痛みが!?それは……いいことなんだろうが、他は何か変なところはないかい?出血は?」

 

「その辺は大丈夫。でも……そういえば、シーツとか触ってる感じが、しない…」

 

まるで分厚い手袋を何重にもつけていて、感覚が全くないみたい。微かな振動だけしか分からないから、自分がちゃんと左右に均等に力をかけてベッドに座っているのかすらも分からない。平衡感覚は……うん、今は大丈夫そうだけど。痛覚と触覚、この2つが、消えた。もしかしたら他の感覚も?

 

「何か酷い事態になったのか…!?」

 

「あー…ううん、たぶん痛すぎて感覚が麻痺しただけだと思う。きっとすぐ治るよ。…たぶん」

 

痛くないのは嬉しい。うっかり刺されて死にかけても痛みがないから気付けないって点では生き物としてもう死ぬしかない=アウトな気がするけれど。それでもこれからの暴虐を耐えるためと考えれば。それに、そんなことよりも食料問題とかをなんとかしなくちゃ。

 

「父上、釣竿を作ろう。海に行って魚を釣るの」

 

「ああ、わかった。…ところで、釣竿とは何かね?」

 

「だーーー!!!棒の先に糸つけて、糸の端に虫とか付けたやつ!ほら、早く外のゴミからそれっぽいの見つけてきて!」

 

「あ、ああ!」

 

だんだん私も父親に容赦しなくなってきたなぁ。布団に倒れこんで乱れた息を整えた。体は動く、痛覚と触覚はない。…これ、もしかしたら空腹とかも感じないのかな。だとしたら私は限界まで遠慮して、彼らに優先的に食べさせてあげられる。

 

「ルシー、戻ったえ!」

 

「ルシー…うわっ!」

 

「おかえり、兄上たち」

 

ドフラミンゴとロシナンテが手に手に生ゴミ…もとい、私と父親の食事を持って帰ってきた。かろうじて虫がたかっていないものだ。衛生面ではとても気になるとけれど、食べられると判断した彼らを信じるしかないのが現状だ。

 

「私はお腹減ってないから先に父上にあげて。兄上たちはちゃんと食べた?」

 

「ああ。なら、先に父上に持っていくえ」

 

「お願いね」

 

頷いた二人を見て安堵した。お腹を壊していないようだし、このまま無事に生きて行ってほしい。…と親目線で思っていたら、ドフラミンゴが父親に食料を持って行った途端にロシナンテが腹を抑えて蹲ってしまった。

 

「えっ、ちょ、兄上!?」

 

「なんか……きもち、わるい…」

 

食あたりだ!安心できる場所に帰ってきて緊張が切れて、そこでやっと自分の体の不調に気づいたといったところか。吐きそうな顔で床に蹲るロシナンテを、せめてベッドで休ませたかった。

 

「兄上、こっち。ここで休みなよ」

 

「…うん……」

 

よろよろとベッドによじ登って隣に入り込んだロシナンテは青い顔をしていた。布団を上にかけてあげて、お腹を軽く叩いた。可哀想だと思った。こんなに小さいのに、優しい子なのに、こんな目にあってしまって…。

 

「……ははうえ…」

 

ロシナンテは、ぽろりと涙を流した。死んだ母親を恋しがって泣く姿を見るのはこれが初めてだった。

 

「……ロシー、大丈夫よ。大丈夫、きっと、すぐに良くなるわ」

 

母親の真似をして、トン、トン、とお腹の上からリズムをとった。

 

「ロシー、可愛いロシー…今は、ゆっくり眠りなさい」

 

「………」

 

少しして、ロシナンテの呼吸が安らかなものになった。眉間のしわも和らいで、顔色はまだ悪いけれど眠りにつけたようだった。いつまでも苦しむ子どもを見続けるなんて居た堪れなかったので、ホッとして息を吐いた。すると、ベッドの反対側がギシっと押されて揺れた。

 

「………」

 

「ドフィ兄上?」

 

「……ロシーばかり、ズルイえ!」

 

むっつりと引きむすんでいた口を開いたかと思うと、そんなことを言い出した。ああ、10歳とはいえドフラミンゴも寂しかったのか。相変わらずサングラスは外さないまま、布団に潜り込んで私の体にくっついてきた。オイオイ、力一杯くっ付いてくるなよ…痛覚無くなってなかったらまた激痛ものだったぜ?なんてハードボイルドに私の心の悪魔が文句を言ったけれど、心の天使は可哀想な子どもに真似でもいいから母親の安らぎを与えてあげるべきよ、なんて言い出していた。それもそうだな、と納得して、ドフラミンゴの体に手を回して、背中を軽く叩いて言葉をかけてあげた。

 

「ドフィ、頑張り屋さんのドフィ。いつも家族みんなを助けてくれて、ありがとう。辛いのに、頑張ってくれてありがとう」

 

髪を撫でて、背中でリズムをとって、優しく優しく声をかけた。ドフラミンゴにこんなに優しく声をかけたのは、たぶん初めてだ。ドフラミンゴはちょっと居心地悪そうに身じろぎしたけれど、特に文句も言わず、逆に私の包帯だらけの体に擦りついてきた。

 

「……もっと」

 

「…ふふ。可愛いねぇ、ドフィ。大丈夫、ドフィは一人じゃないから…」

 

役立たずの父親と、ドジっ子の弟と、ズタボロな妹を抱えて、ドフラミンゴもきっと追い詰められているのだろう。少しでも楽になればいい、少しでも何も考えなくていい時間を持てたらいい。そんな思いで、私はドフラミンゴに優しく声をかけ続けた。震える体と流れる涙に見て見ぬ振りをして。

 


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