61.折れた心が元に戻らない
あれから、やる気も何もかも燃え尽きてしまって、ベッドでだらける日々を過ごしている。みんなの顔を見たら詰ってしまいそうだったし。特にグラディウス、トレーボル、…あとはディアマンテか。原作でロシナンテに殴る蹴るの暴行を加えていた面々のことなど、視界に入れたくなかった。ロシナンテを殺そうとした相手が、自分を甘やかそうと近付いてくる、その不自然さに吐いてしまいそうだった。
「ルシー…入るざますよ」
「ルシーさん……」
気遣うように、ジョーラとベビー5がそっと囁いて入ってきた。
「デリンジャーが心配してるざます。若様も、あたくしも…」
「…ごめんなさい。ロシーがいないことが、寂しいの…」
「…どこかで元気にやってるざます!ええ、きっと!だからあーたは何も気にせず元気に笑っていれば…!」
うそばっかり。ころしたくせに。みごろしにしたくせに。
「……ロシーに会いたい」
「ルシーさん…」
「ルシー……ごはん、作って待っているざますよ。冷めないうちにいらっしゃい」
布団の上から私の背中を撫でたジョーラが、ため息を吐いて出て行った。別に食事なんてしなくてもお腹空かないのに。別に、料理が冷めてても熱くても、私には分からないのに。今さらそんなことで気遣われたって、お互い苦しいだけなのに。なんで気遣うようなことをしてくるのか、意味がわからない。涙で滲んだ視界を擦った時に、ふと、タバコの匂いがした。ジョーラの吸っているタバコだ。
(……違う)
この匂いじゃない。
「……ロシーの匂いじゃない…」
言葉にすると、ますます悲しかった。感覚も温感もなくても、最後に抱きついた時に吸い込んだロシナンテの匂いは今でもはっきりと思い出せる。ジョーラから香ったのは、ロシナンテのタバコの匂いじゃない。それがますます、悲しかった。
「うぅう……っ!」
助けられなかった。どうすればよかったの。どうしたら助けられたの。ずっと、ずっとそればかり考える。小さい頃に手を離した、そのことまで悔やまれる。もっと一緒にいればよかった。助けたかった。死なせたく、なかったのに。
「……ルシー、入るぞ」
ドアが開く音がした。入ってきたのはピーカだ。ソプラノボイスが、私に語りかける。
「ルシー、顔を見せろ。」
「…やだ」
「ルシー…お前のことが心配なんだ。顔を見せてくれ」
ピーカに布団をずらされた。さすがに力では負けてしまって、隠そうとした顔も頭ごと固定されて見られてしまった。涙と鼻水でずいぶんひどい顔だろうに、ピーカは何も言わずに、近くにあったタオルで顔を拭ってきた。
「……ロシーに会いたい…」
「……そうだな」
「ピーカ…ロシーに会わせて…!」
「……お前は昔から、コラソンに会いたがっていたな」
そうだっけ。できるだけ家族の前ではロシナンテのことを言わないようにしていたはずだ。だって万が一原作と流れが変わって、ロシナンテがドンキホーテ海賊団に入らなかったりするかもしれなかったから。…結局、ロシナンテは戻ってきてしまったけど。ああ、もしかしてグラディウスに聞いたのかな。訓練をやめさせられる時に八つ当たりで怒鳴ってしまったから。
「お前は本当に…家族が好きなんだな、ルシー」
家族、と言ったピーカは、少し寂しそうな目をしていた。まるで、自分は家族じゃないみたいに、そう言った。
「…ピーカも家族だよ」
「……ああ。おれにとってもお前は家族だ。だから、ちゃんと飯を食え。いつもみたいに笑ってくれ」
「……ピーカはひどいこと言うのね」
いつもみたいに笑え、だって?ロシナンテはもういないのに、私だけまたいつもみたいに笑ってここで生きていくなんて。…できるわけないのに。また涙が出てきそうになった時だ。ふと、あの匂いがした。
「…っ、ロシー!?」
微かに漂う匂い。家族のみんなとは違う、ロシナンテの吸っていたタバコと同じ、あの匂いだった。ベッドから飛び起きて、貧血にでもなっていたのかぐらりと頭が揺れた。倒れそうになった私をピーカが抱きとめてくれたけど、そんなのどうでもよかった。もしかして、もしかして…ロシナンテがいる?
(どこかに、隠れているの!?)
そんなのありえない。だけど、ふわりと漂う匂いに、ありもしない幻想を抱いた。…だけど。
「ルシー、さん……っ」
「………ベビちゃん…?」
涙をぼとぼとと落として、むせながらもタバコを加えてこっちを見るベビー5と目が合った。そこから漂う、ロシナンテのタバコの匂い。
(なんだ……なぁんだ………)
すとん、と落ちたのが納得か、絶望か、分からなかったけれど。胸にぽっかりと大きな穴が空いたことだけが、私にとっての事実だった。
「ベビー5…それは……」
「…っ、泣かないで、ルシーさん…!私…私が、ルシーさんのこと、守ってあげるから!」
とめどなく、涙が流れる。ずび、と鼻をすすったベビー5が、震える唇で笑みを作った。
「コラさんの分も…っ、私が、ルシーさんを守ってあげる!ずっと、一緒にいてあげるわ!約束よ!!!」
ベビー5の気遣いが、悲しかった。違うの。違う、そうじゃない。私は私を守ってくれるから、ロシナンテが好きだったんじゃない。ロシナンテだから、好きだったのに。
「っ……うゔぅ……っ!」
「ルシー…」
噛み締めた唇から、無様にうめき声が出た。ピーカに縋り付いて泣く私は、彼らにどう映っただろうか。裏切り者を殺したドフラミンゴの妹?裏切り者のロシナンテの妹?それとも、それとも……人一人死んだだけでみっともなく泣きわめく弱者?
「ロシーに会いたい…っ!」
弱い私は、まだまだ立ち直れない。