やっと部屋から出てきた私を、家族たちは大げさなほどに喜んで迎えてくれた。やはりというか、特にドフラミンゴは機嫌の良さそうな満面の笑みで、モネとシュガーを褒めていた。
「さあルシー、好きなだけ食え!」
久しぶりに私を膝の上に乗せたドフラミンゴが、手元にさまざまな料理を並べてきた。鳥の丸焼き、具沢山のトマトスープ、アクアパッツァにアヒージョ……ウップ…見てるだけでなんか吐きそう…。
「…絶食してたんだから、急に食べてもお腹壊すだけだよ。モネちゃん、おじやお願い。シュガーちゃんは隣においで」
「はい、すぐに」
「……失礼、します」
シュガーはドフラミンゴが怖いのか、遠慮がちに椅子に座った。ドフラミンゴも家族たちも何も言わないところを見ると、私の女中というのは奴隷みたいに悪い立場じゃなさそうだ。
「フッフッフ…相変わらずつれねェなあ、ルシー」
「兄上が相変わらず悪の大魔王なんだもの」
「フッフッフッフ!否定はしねェさ!」
しないのか。楽しそうに私の髪をいじるドフラミンゴは、ロシナンテが裏切る前と何も変わらない。そう、家族も…いや、一部気まずそうにしている人たちもいるか。でも、それが、異様で、不気味で…気持ち悪かった。モネの料理を食べ終えて部屋に戻る途中、ふと廊下にセニョールの姿を見つけた。
(…何か読んでる?)
廊下の端で手紙でも読んでいるんだろうか、珍しい。そう思いながら近付いて、セニョールが微笑みながら見つめるものが…その手元にあるのが一枚の写真だと分かってーーー頭が破裂しそうになった。
(ギムレット…!!!ああ、そうだ!そうだった!私のバカ!ギムレットとルシアンのことを忘れるなんて!!!)
「!ルシー、いたのか」
ハッとした顔で写真を懐にしまったセニョールに、私は詰め寄った。何かを考える余裕なんてなかった。
「今すぐ、帰って」
「…ルシー?何をーー」
「今すぐ家族の所に帰って、セニョール!あなたの家族が死んでしまう!」
私がよほど鬼気迫る顔をしていたのか、呆気にとられていたセニョールは真顔になって私の肩を掴んできた。
「それは…どういう意味だ?なぜそんなことを言える?」
「っ…見えたから…!」
結局、私は私の持つ知識にすがるしかない。たまたま偶然現れた、見聞色の覇気らしきものを理由にするしかない。だって私には、そんなものしかないんだ。
「見聞色で…っ、『見えた』の…!」
掠れた声を聞きつけてか、廊下の端からトレーボルが顔を出してきた。
「んねーんねー何してんだーー?」
「…セニョールと、おしゃべりしてるの!」
「べへへへ!急に元気になったな〜」
私の答えで納得したのか、満足そうに身を引いたトレーボルに、安堵の息を吐いた。できる限り声を潜めて、汗をじわりと滲ませるセニョールにもう一度繰り返した。
「今すぐ帰って!あなたの子どもが病気になるの。奥さんが銀行に連絡して、あなたが銀行員でないと知ってしまう!奥さんが衝動的に飛び出して行って…土砂崩れに巻き込まれて…っ!」
「ーーー…」
「セニョール!!!」
「…っ、おれは、」
「私のために、行って!大切な家族を守ってよ…!」
胸ぐらを掴んで懇願した。もう、助からない命なんて、みたくない。知っている人が、助けられたはずの人が死ぬなんて、そんなの…!
「っ、行けってば!」
ドフラミンゴへの忠誠か、本当は海賊だと家族に黙っていたことか。そんなくだらないこと、命の前じゃ無駄でしかないんだって、いい加減気付け!激情で沸騰しそうな頭のまま、セニョールを非常用の小舟がある方へ向けさせて、背中を殴るように押し込んだ。それでも動かないセニョールを私は詰って、話を聞いてくれない悲しみでいっぱいになりながら部屋に逃げ込んだ。…家族よりも海賊であることを選んだセニョールなんて、見ていられなかった。その後すぐ、セニョールはドフラミンゴに何かしらの事情を伝えて小舟で家族の元へと行ったらしい。だけど、翌年にボンネットを身につけ始めたセニョールの姿に、私は掴んでいたはずのこの手から取り落としてしまった命を知った。