綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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64.プレゼント拒否

 

セニョールのベビー服の完成度が上がり、ちょっとずつふくよかになっていく。……うーん、キャラが濃い。あの後、セニョールは『私が見聞色で未来を見た』と言ったことをドフラミンゴや家族たちにはバラさなかったらしい。代わりに、ただ静かに、私の頭を撫でてきた。妻と子を失ったセニョールにも思うところがあるのだろう。…私がロシナンテを失ったのと同じように。

 

「ルシーさん、若様がルシーさんを呼んでるわ」

 

「私を?分かった、すぐに行く。…ねえ、ベビちゃん。そのタバコやめない?体に悪いよ?」

 

まだ成長期なのに、ベビー5はロシナンテが吸っていた銘柄と同じタバコを今も吸い続けている。あの時私にロシナンテじゃないからと否定されてやめたと思ったのに、気付いたらむせることなく堂々と吸うようになってしまっていた。……まだ成長期なのに!若い女の子なのに!お肌に悪いし将来子どもができた時にも良くないのに!やめさせよう、やめさせようと声をかける私に、ベビー5はべえ、と舌を出して見せた。

 

「ルシーさんの頼みでも聞けないわ。これは私が好きで吸ってるんだから!」

 

「もう…」

 

ぐんと背が伸びて、ちょっぴり反抗期気味に育ったベビー5はとびっきり可愛かったけど…やっぱりタバコはダメだって。ドフラミンゴから何とか言ってもらえないだろうか、と思いながら入った船長室で、異様な二つの果実を目にした。

 

「ルシー、来たか」

 

「…悪魔の実?」

 

「ああ。さあ、こっちに来い、ルシー」

 

手招きするドフラミンゴに近付くと、いつものように体を持ち上げられて膝に乗せられた。…ドフラミンゴはもう30歳になるってのに、飽きないものなんだろうか。家族は麻痺しすぎて何も言わないけど、これ、異常だから。四半世紀生きた妹を子どもの頃と同じように抱っこするとか変人だからな!

 

「何の実か分かるか?」

 

「知らない。悪魔の実はあんまり詳しくないし」

 

「…少しは興味持てよ」

 

珍しくドフラミンゴがツッコミをしてきた。ド正論である。せやな。日がな一日ニートしてるぐらいなら、ちょっとは勉強した方がいいかな…。……ああ、自立したい…。

 

「で?何の実なの?」

 

「ん?ああ、ユキユキの実と、ホビホビの実だ」

 

(きっっっ…キターー!!!うっそ、これがか!これがホビホビの実!?うっっわー!!!)

 

ドレスローザの悲劇の全てを作り出す、ドフラミンゴの能力とセットで有名なホビホビの実が!ここに!ある!めちゃくちゃテンションが上がった。と、同時にウソップの強烈な顔芸に倒されるシュガーを思い出した。…南無三。

 

「ルシー」

 

「何?」

 

「食え」

 

何を?

 

「え、兄上…何言ってんの?」

 

お前正気?とガチめに尋ねたら、ドフラミンゴが楽しげに笑って、片方の実を私の手のひらに乗せてきた。

 

「お前がホビホビの実を食うんだ。そうすりゃおれとお前で、ドレスローザを手中にできる。それに…ホビホビの実は身体年齢を止める作用もある。今の美しさを保てるんだぜ?」

 

いい話だろう、とドフラミンゴは囁いてきた。確かに20代半ばのこの年齢で外見がストップできれば花の盛りで絶妙にマッチするだろう。たぶん、ドフラミンゴには他の意図もあるはず。ホビホビの実を私が食べることで身体年齢が止まること以外に…そう、ドレスローザを転覆させるのに必須の能力だから、私をずっと手元に置く口実になる。私を四六時中守って、外敵に狙わせないための口実にも。

 

(でも弱点もある)

 

素知らぬふりをして、私はドフラミンゴに尋ねた。

 

「兄上、これはどんな能力なの?」

 

「ああ、相手を人形に変えちまう能力だ。人形は命令を聞くし、人形になった人間はそもそも存在しなかったことになる。ガキ好きなお前にはぴったりだろ?」

 

(そうね、人形みたいな私にはぴったりね)

 

あまりに皮肉すぎて笑えてしまった。ああ、おかしい。…なんてつまらない。

 

「能力が切れちゃうのは?」

 

「能力者が能力を解くか、気絶するか、だな」

 

よし、言った!気絶というワードを引き出せたことで私の勝率が上がった。

 

「…やっぱり私じゃダメだわ、兄上」

 

「あ?なんでだ。理由を話せ」

 

「だってまだ私、すぐ病気にかかるし、気絶だってしちゃいそうだもの。気を失って、目が覚めたらお気に入りの人形が人間に戻ってどこかに消えちゃいました、なんて絶対に嫌よ」

 

「……フッフッフ、そりゃそうだ。だが、実際のところお前以外の適任がいねェ。人形にした人間の存在を丸ごと忘れちまうんなら、お前も罪悪感なんて感じることはねェんだぜ?ルシー」

 

罪悪感、という言葉をあえて使う汚さに反吐が出そうだ。この兄は、妹が両親や弟と同じ人種だと見抜いた上でその言葉を使うのか。自分と同じ根っからの悪人にはなれないのだと、そう私を評価してなおそう言うのか。

 

(さすがは悪の大魔王…逃げ道を塞ぐとか汚すぎるわ)

 

でも、私は知ってる。シュガーが悪魔の実を食べることを。彼女がドレスローザを悲劇の国に陥らせることも。

 

(私じゃダメでシュガーだからいい事…私じゃ役不足でシュガーだからできること…!)

 

ドフラミンゴを説得するに足るものは、と頭をひねってひねって……ふと、自分の手が目に入った。ああ、そうだ、私はドフラミンゴの妹だ。

 

「兄上、やっぱりダメだよ」

 

私はドフラミンゴの妹なのだから。

 

「私は兄上の妹だもの。万が一反乱が起きたら、真っ先に殺されるよ。そうしたらすぐ能力が解けちゃう。それはマズいでしょ?」

 

「……そこまでして食いたくねェ理由を言え、ルシー」

 

ああ、やっぱり食べたくないことがバレていたらしい。私の頭でひねり出せるものなんて、本当に大したことないものなんだな。それでもドフラミンゴ相手なら仕方ない、なんて簡単に諦められる程度にはなってしまったんだ。観念して、私は両手を上げた。

 

「だって美味しくないらしいもの」

 

「…!フフ……フッフッフッ!!!違いねェ!!!」

 

この返答はお気に召したらしい。機嫌よく笑うドフラミンゴに、私は提案した。

 

「ねえ、兄上。ホビホビの実をシュガーに食べさせない?もう一個はユキユキだっけ?名前的に雪とかの能力だよね?ならそれはモネに食べさせてさ」

 

「シュガーに?」

 

意外そうに繰り返したドフラミンゴの鼻先に指を突きつけた。私は役者。私は女優。自分が食べないために、全力を注げ!

 

「ほら、兄上にも思いつかなかったでしょ?シュガーは小さいけど、体術は訓練で上達してるって聞くし。あの子が気絶してる所なんて見たことないし。姉妹だからどちらかをファミリーで囲っておけばもう片方は絶対に出ていけないよ」

 

「……なるほどなァ?」

 

ドフラミンゴは極悪な笑みを浮かべた。ああ、怖い。悪人みたい。本当は極悪人なんだけど。

 

「いいだろう、シュガーに食わせてやる。…お前に食わせたい悪魔の実は、まだまだいくつもあるからなァ!」

 

「げえっ!」

 

えっ、何の実!?何の実を食べさせられる予定なの!?嫌な予感しかしなくて身を震わせた私に、ドフラミンゴは不吉で楽しげな笑い声をくれた。

 


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