ドフラミンゴが七武海に加入したらしい。仲間たちといつかのあの日のようにグラスを掲げて乾杯をしながら、無意識のうちにローの姿を探した自分に嫌気がさした。ローはいないんだっての。
「顔合わせにはルシーを連れて行く。モネ、お前はルシーの世話をしろ」
「かしこまりました」
「ーーーはい?」
いや、待って。あの…待って?え、顔合わせって何?文字通りの顔合わせ?この人が七武海に入りました的な?そんなのに妹連れて行く?ハァ!?
「兄上!私留守番する!」
そう言っていたのが先月の話。
(留守番するって言ったのに…)
寝ている間に連れてこられたのは、海軍本部。たぶんモネが能力で眠らせたとかそういう感じだと思う。でないと起きたら何日も経ってたとかないし。
「さあ、お嬢様。こちらをどうぞ」
「…ねえ、モネちゃん。本当に行かなきゃダメ?」
「はい」
完璧な笑顔で頷かれた。くっ…これだから美女は!一点の曇りもない美しい笑顔に気圧されつつ、それならばとモネに頼んだ。
「じゃあ身支度は自分でするから!モネちゃんも支度しててー!」
「私はもう身支度を終えていますので」
「ぐぬー!……ちょっと、気持ちが落ち着いたら行くから…」
「…分かりました。10分後に再度伺います」
「よろしく!」
なんとか自室に一人きりになれたのでその勢いのまま机に向かった。引き出しから取り出したレターセットを開けて、ペンにインクをつけた。時間はない。
(ロシーにできなかったことを、私がするの)
こんな風に海軍に行けるのなら、ロシナンテから機密文書のコピーをもらえばよかった。そう思いながら、ペンを走らせた。ロシナンテのマリンコード、私がロシナンテの妹であること、ドフラミンゴの今後の狙い、裏で繋がっている人のこと、…ジョーカーのこと。それらをインクの乾きも待たずに畳んで、封筒に押し込んだ。デリンジャーのおかしのおまけに付いていた、とびっきり可愛いハートマークで封をして。
「お嬢様、そろそろよろしいですか?」
「っ、うん!大丈夫!」
慌てて立ち上がった時にペンを引っ掛けて落としてしまった。ドレスの裾についた黒いインクの染みに、しまった、と苦渋を浮かべる。
(…大丈夫、コートで隠れる、隠せる。大丈夫…見つからないようにすればいい)
ドフラミンゴとお揃いのコートを肩にかけて、モネに付き添われながら外に出た。久しぶりに見る真っ青な空は眩しすぎて、目眩がしそうだった。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ここから先は他の海賊たちは入室できない。控えの間に案内しよう」
会議室まで続く廊下の途中で、私たちはそう警告された。当然だ、ファミリーまで引き連れた七武海会議などありえない。だというのにドフラミンゴは海兵たちを見下ろし、凶悪な笑みを見せた。
「おれたち2人でドンキホーテ海賊団の船長だ。下っ端がナマ言ってんじゃねェ!」
おそらくパラサイトでも使ったのだろう、海兵たちが泣き叫びながらお互いを切り殺しあっていたから。モネが私を抱きしめて見えないようにしてくれたけど、聞こえてくる悲鳴と床に流れてきた真っ赤な血で、ドフラミンゴが何をしているのかは分かってしまった。
(……くらくらする…)
久しぶりに、間近で人が殺された。ドフラミンゴに殺された。切り落とされた父親の臓腑の匂いを、腐った父親の頭の匂いを思い出す。腐り落ちた皮膚を、その屍肉に群がる蛆虫をーー。
「……お嬢様、大丈夫ですか?」
「へい、き」
…なわけないでしょ。ドフラミンゴは私の靴に血の海が付着する前に、私を避難させるように高々と抱き上げた。微かに感じる自分の吐瀉物の匂いに、胃の中のものが逆流しかけていることを感じた。
「兄上…吐きそうかも…」
「…弱くなったなァ、ルシー。いいぞ、寝てろ」
「うん…」
本当に、私は弱くなった。子どもの頃の方がグロ耐性もあったようだ。ぐらぐらと揺れる頭をドフラミンゴの首筋に押し付けて、私を抱き上げるその手に甘んじた。少し眠ろう。寝て起きたら、会議が終わっていればいい。
(…まあ、そんな上手くいかないよね)
ギシギシと空気までが歪みそうな圧迫感を受けて、目が覚めた。
「…兄上?」
「寝ていろ」
大きな手のひらが迫ってきて、私の頭を撫で付けた。
「ドフラミンゴ…その子は控え室に置いてきな」
「フッフッフ!おつるさんよ…そっちの下っ端に言ったはずだぜ?おれたちは2人でドンキホーテ海賊団の船長だってなァ」
「聞いてないね。あの子たちをお前が殺しちまったんじゃないか」
「そりゃあ悪いことをしたなァ?」
「悪いことだと思ってるならその子を巻き込んでやるんじゃないよ。まったく…」
壮年の女性がドフラミンゴと言い合っているようだ。ギシギシ、ギシギシ、頭が揺れる。ドフラミンゴが覇気でも出しているんだろうか。でも、こんなに近くでも辛くないのに。じゃあ誰が?いや、そんなことどうでもいい。七武海の会議だ。私は出て行く。控え室に行って、この手紙を置いていきたい。
「兄上、私、出たい」
「ルシー、いい子にしていろ」
「七武海になったのは兄上でしょ?私は兄上の付属品なんだから同席できないよ」
「ルシー、お前はおれの妹だ。付属品じゃねェ。何度言や分かるんだ」
「それでも、七武海になったのは私じゃない。人に迷惑かけちゃだめだよ」
首筋にくっついて甘えてみせると、少し考えた後でドフラミンゴは機嫌よく笑った。ああ、まだ私の甘えは通用するらしい。どれだけ懇願したって、ロシナンテのことは殺したくせに。
「フフ…フッフッフッ!!!ああ、そうだなァ!人に迷惑をかけちゃダメだよな!フッフッフ!…モネ、ルシーに付き添え」
「かしこまりました。…さあ、お嬢様。こちらへ」
ドフラミンゴからモネに手渡されて、私は自分の足で歩くことなく部屋を出た。部屋の中に誰がいたかは分からない。けど、ギシギシと体が震えるほどの圧は、確かに感じていた。控え室でモネが飲み物を用意する間に、手紙をクッションとソファーの間に挟み込んだ。センゴクさん宛に。
(掃除の方が、センゴクさんに渡してくれたら…)
祈る。会議が終わり、手紙のことを知られず、無事に家族の元へと帰れることを。うとうとしていたから何時かは分からないけれど、会議が終わって、ドフラミンゴが戻ってきた。七武海のある人に手を組まないかと尋ねたら振られてしまったのだと笑っていた。けど、私にはそんなことどうでもよかった。
(…センゴクさんの所に届きますように)
ささやかな改変が、許されますように。