綺麗なまま死ねない【本編完結】   作:シーシャ

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67.空腹の辛さはよく分かるから

先日の一件から筆まめになりました、ってわけじゃないんだけど、やれることはやってみようかな、と少しばかり前向きな姿勢で動いていくことにした。目下の目標は、花畑に住むご一家の救済…王家は狙われているから、城に向かわず逃げて隠れているようにと伝えるもの。

 

(…時間稼ぎ程度にしかならないだろうけど)

 

シュガーに言われて気付けた。なんでもかんでも自分のせいだと思い込むなんて、本当に思い上がりも甚だしい。すべては『なるようになっている』だけのこと。両親のことも、セニョールの家族のことも、…ロシナンテのことも。

 

(私は、この世界じゃモブなんだよね)

 

おそらく、手を差し出すにはきりがなくて、見て見ぬ振りをしていた数多の奴隷や多くの部下たちも、そうなるべくして売られ、そうなるべくして死んでいったのだ。原作通りに。救えたと驕っても、それは救われるべくして救われた命にすぎない…デリンジャーがいい例だ。まさか人間の妊婦から生まれた子どもが半魚人だったなんて、あの時の私は思いもしなかったのだから。

 

「誰か、デリンジャーを知らない?」

 

倉庫で武器弾薬を整理している家族たちに尋ねると、グラディウスの影から小さな子どもが飛びついてきた。とんでもない力でアタックされて支えきれずにふらつくと、それを見越していたらしいバイスに背中を支えられた。さすがバイス、GJ!

 

「ママ!なになに?遊んでくれるの!?」

 

「うーん、残念。ちょっとお使いをお願いしたいのよ」

 

「きゃー!おつかい!おつかいっ!おやつ買ってもいーい?」

 

いつもテンション高いなぁ。飛び跳ねてきゃあきゃあと騒ぐデリンジャーを、家族たちが武器庫の外に行けと押し出してきた。

 

「おいルシー、この先はドレスローザに直行だ。欲しいものがあるなら後にしろ」

 

「分かってる。でもどうせデリンジャーに出番はないんでしょ?部屋に飾る花が欲しいだけだし」

 

「花じゃと?」

 

グラディウスに返した言葉に、ラオGが首を傾げてきた。そりゃまあ、こんな時に何言ってるんだと言われるかもしれない。でも、その辺は私のキャラを知ってる幹部たちが納得してくれた。

 

「ウハハハハ!そりゃこいつはガキの頃から花好きだからなァ!」

 

「花は心の潤い!いついかなる時も美を求めることは素晴らしいことざます!」

 

能力でモヤモヤと何かをしはじめたジョーラを、セニョールが押しとどめていた。うーん、ジョーラはまだ能力に慣れてないみたい。倉庫の武器弾薬をアートにしちゃってもどうせみんな実力でドレスローザの兵士相手に勝つんだろうけど。

 

「ルシーさん、私もデリンジャーと行きます!」

 

元気よく挙手してきたベビー5には、ありがたいけど、と断りを入れた。私の企みを知られると困る。…ベビー5は私に黙ってドフラミンゴにバラすなんてことはしないだろうけど。

 

「危ない目に合わないようにデリンジャーだけでこっそり行ってもらうよ。ドレスローザは戦争をしない国ってことだし、子ども相手に武器振り上げることはないでしょ?ねえトレーボル、ピーカ、いいでしょう?」

 

「んん〜…ルシーがこの船から出ねェならいいぜ〜」

 

「…兵士がデリンジャーを襲わないようドフィに言っておけよ、ルシー」

 

幹部たちの了承を得て、私はにっこり笑って見せた。デリンジャーを部屋に呼んで、手紙とお金、日持ちのする干し肉やドライフルーツを詰め込んだ袋を用意する。それらをデリンジャーがいつも背負っているリュックに仕込んで、デリンジャーにお使いの内容を伝えた。

 

「いーい?デリンジャー」

 

「なーに?ママ!」

 

真似をしてきゃらきゃらと笑うデリンジャーに、よくよく言い聞かせた。

 

「ドレスローザの丘の上にはね、すてきな花畑があるんですって。そこに花を売ってる人たちがいるらしいの。怖そうなお父さんと、綺麗なお母さんと、デリンジャーぐらいの女の子のおうち。その人たちにね、リュックの中の物を全部渡して欲しいの」

 

「?お花を買うんじゃないの?」

 

「…リュックの中の物と交換で、リュックいっぱいにお花を買ってきてちょうだい。お金もちゃんと入ってるから。誰から?って聞かれたら、ママから、って言うのよ」

 

「うん!わかった!」

 

素直なデリンジャーは文字通り『ママから』と伝えるだろう。…ドレスローザを襲う海賊からなんて知ったら、きっと手紙も破り捨てられるだろうし。個人的な感覚で申し訳ないけど、私も空腹を知っている。この世界に生まれて数年だけ味わった飽食、その後に訪れた強烈なまでの空腹。床を這うゴキブリの上に落ちた肉の塊を、惜しいと思うあの気持ち。何日もかけて買いに行った、保存のきく肉や果物。家族に食べさせなくてはとひりつく思いで歩いた日々。あの空腹だけでも、花畑の一家から取り除いてあげたい。自分の空腹のために母親が殺されたなんて思いは、辛すぎるから。

 

(本当はディアマンテを止められたらいいんだけど…)

 

きっと無理だろう。私が四六時中、それも何日もディアマンテに張り付いて、彼が銃で人を撃ち殺すことがないよう見張り続けるなんて不可能だ。

 

「ママ、おやつは?あたしにおやつも買って!」

 

私の内心なんてカケラも知らず、デリンジャーは無邪気に尋ねてきた。その子どもらしさを、愛しく思う。

 

「じゃあ、兄上がドレスローザをとっちゃった後で、たくさんおやつを買ってあげる。シュガーにもグレープを買ってあげなきゃだもんね」

 

「きゃーっ!やったー!」

 


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