劇的な登場をして、ドフラミンゴは国中から歓声を浴びるに至った。幹部たちや家族たちが、操られているだけの兵士たちや王宮内の人々を無残に倒しきるまで…私はただ、ドフラミンゴのそばで見ているしかできなかった。悲鳴をあげて気絶する、そんな悲劇のヒロインのようなことができたなら、どれだけよかっただろう。私には、ドレスローザの悲劇を見続けることしかできなかった。力が入らない足で地面を踏みしめて、唇を噛み締めた。涙がとめどなく溢れてきても、目をそらすことなんてできなかった。
「お嬢様、お待ちしておりました」
「モネ…っ」
涼やかに、しかし心から嬉しそうに迎えたモネの姿に、不覚にも安堵してしまった。彼女が王宮内制圧に尽力したことは分かっている。だけどモネの声はあまりに優しくて、緊張の糸がぷつりと切れてしまったのだ。手を伸ばすと、モネは躊躇いなく手を伸ばし返して、私をしっかりと支えてくれた。七武海会議の時のように、穏やかな笑顔で。
「さあ、お疲れでしょう?お部屋にご案内致します」
「モネ…これからどうなるのかな…」
「…あなたは王女になるんです。王女になって、幸せに暮らすんです」
まるでおとぎ話を語るように、モネは言った。おとぎ話のように、悪を打ち倒し、王子様と幸せになるなんて、そんなことはありえないと理解しているのに。モネはひどい。私に甘いことしか言おうとしない。…いや、家族みんながそうだ。私に甘い言葉ばかり与えて、優しくしたと満足感に浸るだけ浸って、私のことなんて見てくれない。
(所詮はドフラミンゴの妹か…)
そういう意味で私を見てくれたのは、ロシナンテだけだった。いや、頭のいいローのことだから、彼も私をドフラミンゴの妹という色眼鏡無しで見てくれていたのかもしれない。…ローは元気だろうか。無理をしていなければいい。海賊になんてならないで、そのまま自由に生きていればいいのに。
「父を…父を助けてください!父の命だけは、どうか!」
国中がざわめきたつ声で溢れる中、王宮内にその声は一等よく響いた。
「なに?」
「この王宮の元王女です」
そっけなく返したモネも、今朝まで笑顔で彼女に従っていたはずなのに。そう思うと、ぞくりと寒気のようなものがモネから感じられるような気がした。
「ウハハハハ!ドフィ、こんなやつらもう殺しちまおうぜ?おれにはこいつらが黙って従うような顔に見えねェ…」
「フッフッフ…同感だ。だがこいつの能力は消すには惜しい」
広間のそばを通り過ぎる時に、そんな声を聞いた。ああ、きっと彼女は父親の命乞いをして幹部になる。父親と姉と姪、3人の姿を見守りながら、彼女も人を殺す側に回るのだ。たどり着いた部屋は、白かった。モネが雪で作ったのではないかと思うほどに。でも吐き出した息は白くならなかった。王宮内を見ていても、こんな部屋の意匠はどこにもカケラも感じられなかった。つまり、潜伏中にモネが意図して私のためにこの部屋を誂えたということなのだろう。モネは、ドフラミンゴは、一体私に何を幻視しているのだろう。ドフラミンゴのように力のない私を『神さま』に引き上げるために、わざわざこんなことをしているというのなら、それは違うと叫びたい。私はただの人間だ。天竜人でも王女でも何でもない、ただの一人の人間なのに。
「モネ」
「はい、どうかしましたか?」
「私、独立したい」
一人で立って生きたい、そうモネに言うと、モネは慈愛の目で私を見た。
「ええ、この世にもはやお嬢様を狙うものはいません。尊い血族として、王女として、若様の妹君として、これからも励んでいきましょう」
噛み合わない。言葉を、理解してもらえない。モネの目の中に、私とドフラミンゴへの妄信のようなものを見た。モネは私がドフラミンゴから離れたがっているだなんて、1ミリたりとも思っていない。それとも、私の気持ちを分かっていて、それを無視しているのか。
「私はあなたをお守りします、お嬢様。誠心誠意、お仕えします」
かたかた、とモネの手が震えていた。私の前に跪いて見上げる瞳には、一点の曇りもない。一点の曇りもなくーーあの日と同じ、怯えがそこにあった。でもあの日と違う。だってモネの目は、裏切らないでほしい、そう訴えかける目だったから。
「モネ、きっとあなたの働きを兄上も家族たちも認めるし、シュガーのこともこれからずっと厳重に守り通すよ」
「お嬢様…?」
「兄上は裏切りは許さないけど、失敗なら許す人だよ。だから、あなたたちは殺されない。家族たちもあなたたちを守るから。だからーー」
続きが想像できたのか、モネの目から涙が落ちた。それは白く滑らかな頬を伝って、顎から落ちる時には丸い氷の粒になっていた。もはや人間のように涙さえ流せない、そんなモネが悲しくて、能力者にするようドフラミンゴをそそのかした自分にも強く罪悪感を感じた。見ていられなくて、凍った涙が落ちてしまう前に指で頬を拭ってやった。
「だから、私を自由にさせて」
「ーー若様は…あなたを、籠から出すことはしないわ。私たちも……あなたが籠から出ることを望まない」
モネの唇から流れる音は、冷たくて、残酷だった。
「『ここ』でずっと、美しく笑っていてください、お嬢様」
涙の粒が凍りついて、長い睫毛からポロポロと弾けた。モネは凍りついたような目で、凍えるほど美しくうっそりと微笑んだ。
『なんでもかんでも自分のせいだなんて思い上がらないでよ』
シュガーの声が聞こえた気がした。ねえ、シュガー、私は頭が良くないから教えてほしい。モネがこんな風になってしまったのも、本当に私のせいじゃないのかなぁ?