ドフラミンゴとロシナンテを名前呼びで甘やかすようになって早2年。徐々にドフラミンゴから独特の喋り方が抜けてきて、ロシナンテはお腹を壊すことがなくなってきた。父親は、まあ、相変わらずだけど…上手く使えばちゃんと動いてくれることが分かった。今までは単に動き方が分からないだけだったようだ。そして私はというと、驚くことに2年もの間、死なずに済んでいた。いくつか考えられる理由はあるが、まず一番にあるのは私が街に行かなくなったということだろう。直接命に関わる暴行を受けることがないから、たとえ食べ物や感染症で死にかけてもなんとか復活できたというべきか。
(でもこれは完全にアウトだよなぁ…)
わあわあと騒ぎ立てる街の住民に囲まれ、父親に庇われながら思った。これは確実に詰んだ。私の6年の人生終了宣言が間近で高らかに聞こえてる気がする。ドフラミンゴたちは頑張った方だろう。2年もの間、ゴミ捨て場が住居だと特定されていなかったのだから。…もしかすると私たちの住居の特定は済んでいて、元天竜人を迫害しても本当に海軍が来ないのか、少しずつ試していただけなのかもしれないけれど。とにかく詰んだ。家から引きずり出された私たちは、首に縄を付けられて一日中、文字通り引きずられながら、街に連れて来られた。
「子供達は許してくれ!!!私だけにしてくれェ〜〜〜!!!」
父親が泣いて叫んでいる。そんな父親に縋り付いてロシナンテもわあわあと泣いている。周りの人々の声が何か巨大な生き物の唸り声のように聞こえる。うるさい…ああ、うるさい!
(父親はもう無理だ、捨てていこう。でもドフィとロシーは、助けてあげたい…!)
耳を塞ぎながらなんとか逃げ道は、と目を凝らした。けれどどう頭をひねったって、知恵を絞ったって、360度周囲を取り囲む武装し我を失った住民たちに囲まれてはどうしようもなかった。話を聞くどころか今すぐ嬲り殺されそうだ。なんで海軍はロシナンテを助けないの。なんでドンキホーテファミリーの幹部の人たちはドフラミンゴを助けに来ないの。
「…っ!」
「っ!ドフィ…?」
ドフラミンゴが栄養失調で細い腕で私を抱き込んだ。まさか、この状況で私を守るつもりなのか。ちら、と顔を上げると、そこにあったのはとてもじゃないけど妹を守ろうとする兄の顔などではなかった。憎悪だ。周りの人々が憎くて憎くてたまらない、そんな顔。視線で人を殺せるのなら、きっとこの広場には死体しか残らないのだろう。ドフラミンゴは激怒していた。痩けてはいるが丸みのある子どもらしい顔に、怒りで青筋が浮き出ているほどに。
「ーーあにうえ…?」
「……っ!」
ドフラミンゴはほんの一瞬たりとも私に視線を落とさず、歯を噛み締めて周囲の人々と見ていた。サングラスの奥の目が、憎悪に燃えていた。私はこの時初めて恐怖を感じた。私たちを殺そうとする人々にではなく、実の兄の憤怒に対して。
「殺してやる…ッ!」
腕が白くなるほど強く抱きしめられていた私だけが聞いた、ドフラミンゴの言葉。あの言葉は一体誰に向けられたものだったのだろうか。触覚がなくなったはずなのに、なぜか背中を流れる冷たい汗を感じることはできた。
「殺すな……!!ずっと、生かして苦しめろ!!!」
一人ずつ紐でぐるぐる巻きにされて塔から吊るされ、火あぶりにされた。人々が自分や家族の身に起きたことを喚き始めた…まるでそう叫ぶことで私たちに行う残虐の全てが許されるとでも言いたげに。矢で射られたか銃で撃たれたのか、父親やドフラミンゴたちが叫び声を上げていた。
「頼む"!!子供達は助けてぐれ!!!…っ!ルシー…ルシー!返事をしてくれ…っ!ルシー!!!」
父親の声を、ぼんやりとした頭で聞いていた。一酸化中毒だろうか、炎の熱に喉をやられたのだろうか。頭がぼんやりとするし、声も出なかった。生きる気力がゴッソリと抜け落ちたのだ。私はもうとっくに疲れ果てていて、このまま死にたいな、なんて薄ぼんやりと思っていた。返事がないから妹が死んだとでも思ったらしく、父親とロシナンテが一層激しく泣き出した。
「も"うしにたいよォ」
父親とロシナンテがそう叫ぶ中。
「覚えてろ"オマエら"」
炎で枯れた声で、ドフラミンゴは怨嗟の言葉を紡ぎ始めた。
(……あーあ)
目覚めてしまった。今までは小悪魔程度だったドフラミンゴの本性が目覚めてしまった。
「おれは死なねェ……!!!何をされても生きのびて…おまえらを一人残らず殺しに行くからなァ!!!」
ビリリ、とドフラミンゴから何か振動のようなものが噴き出した。漫画の世界を現実のものと受け入れるには十分すぎるほどの物証ーーー覇王色の覇気だった。