ドフラミンゴの所にトンタッタ族が接触しに来たらしい。らしい、というのは話し合いが全て終わってから教えられたからだ。モネから小人の存在を聞いていたというドフラミンゴが、小人族の愚直なまでの素直さを利用しないわけがない。そう、いつの間にかシーザーと連絡をし合ってスマイル製造に乗り出そうとしているドフラミンゴが、植物を育てる優秀な人材を見逃すわけがない。
(国民も、トンタッタ族も…なんでドフラミンゴを信じるんだろう…)
いや、もしかしたら怪しんだ人たちもいたのかもしれない。けれどシュガーがそれを排除しているのだろう。…小人たちを密偵代わりにして、情報を集めて、着実に反乱の芽を摘み取っているんだ。
「……罪悪感、あるなぁ」
湯気を立てる美味しそうな料理を前にして、ズキズキと胸が痛んだ。真っ白な部屋で、その料理だけが鮮やかで美しかった。私もシュガーに人形にされた人たちと同じで、痛覚も感覚も温感も空腹も感じない。だけど、料理を食べて美味しいと感じることができる。家族がいて、彼らなりのやり方で大切にしてもらえる。人形にされた彼らは、それすら奪われたのだ。
(……今さら、謝って済む話じゃない。だけど…謝りたい)
人形にされた人たちに、謝罪をしたい。そう思った。これは私のエゴだ。だけど…何もせず美味しい食事を食べるたびに、真綿で首を絞められるように罪悪感に押しつぶされるのを待つことは、できなかった。幸いなことに、モネが言った通り、私やドフラミンゴに向けられる天竜人からの暗殺者や海軍からの刺客はなくなり、国民すらも味方となった今では私の外出禁止令はかなり緩和された。以前と同じように、家族と一緒なら外出が許されるぐらいには。1人でも構わないと言われないのは、ドフラミンゴ…ジョーカーへの恨み辛みを抱く人がいるからか、それとも単に過保護なだけなのかは分からないけど。
(さて、誰かいないかな……あっ、いた!)
「グラディウス!」
仕事を終えたのか、部下と別れたばかりのグラディウスを見つけて声をかけた。
「ねえ、これからシュガーの所に行ってもいい?」
「こんな時間に何の用だ。明日にしておけ」
確かにもう夜だけど…まだ深夜というほどじゃない。また過保護か。
「人形になった人たちに会いたいの。ねえ、今の時間帯なら幹部塔に戻ってるんでしょ?」
「…行ってどうする気だ」
「少し話したいだけ。ねえ、だめかな?ちゃんと誰かに一緒に来てもらうようにするから!」
お願い!と手を合わせると、グラディウスは大きなため息を吐いて肩を落とした。そんな姿に、おや、と内心首を傾げた。グラディウスがこんな反応を見せるなんて珍しい。大抵がカリカリ怒ったりする感じなのに。…神経質の塊のようなグラディウスでも、奪ったばかりとはいえドレスローザという大国に地に足ついた居場所を作ることができて、張り詰めていた気が緩んでいるんだろうか。
「……ついてこい」
しぶしぶ、とグラディウスは来たばかりの道へ体を向けた。え、もしかしてグラディウスが一緒に来てくれる感じ?珍しい!外出できた頃だって、女の買い物に付き合うなんてめんどくさい、とか言ってなかなか一緒に来てくれなかったのに!
(うわー!人って変わるもんだなあ!反抗期終了したのかな?頭はツンツンになったのに心は丸くなりました的な!?)
成長したなぁ、と親のような眼差しで、グラディウスの隣に並んで手を差し出した。
「はい」
「?金なら若にもらってこい」
「違うって。手、繋ごう」
「…!?」
あっ、グラディウスの体がフグみたいに膨らむ!
「ちょ、パンクは無し!私死んじゃう!」
「っ…!」
あ、落ち着いた。
「お前…っ!ガキじゃねェんだ!手なんざ繋ぐかっ!」
「…それ、夜な夜な妹のベッドに忍び込む兄上に言ってやってくんない?」
「………」
あ…黙った。だよね?だよね!?やっぱおかしいよね!?世間一般的に三十路の兄が妹のベッドに入ってくるとかガチで犯罪の匂いしかしないよね!?ドン引きだよね!うーん、手は繋いでくれないか。まあ私もいい歳して、って言われりゃそれまでだし。…今となっては手を繋いでお出かけしてくれるなんてドフラミンゴやピーカ、ベビー5、デリンジャーぐらいかな……って、結構多いな。
「………」
無言でスタスタ歩くグラディウスは、歩幅が違うことなんてお構いなしで先に行ってしまう。そんなだからモテないんだぞ!と、思いつつ、やっぱり手でも握っておかないと置いていかれそうだと思った。
(わざわざ許可取らずに行動しちゃえばいい?)
ダメだったら破裂する前に謝ればいいか、と軽い気持ちでグラディウスの指を掴んだ。びく、と肩を震わせて大げさに反応された。破裂する!?と身構えたけどされなかった。でもって、歩くスピードが落ちた。おっと…?これは……どういうことだ?ちら、と少し前を歩くグラディウスの耳を見上げると、廊下に灯された灯りではない赤みが滲んでいた。
(お…おおお!?照れてる?照れてる!?やっだ!グラディウスったら!カーワーイーイー!)
子どもの頃には見られなかった反応に、テンションが上がった。たぶんこの場にドフラミンゴがいたら、悪女だなァ、といつかのように言われそうだ。でもってたぶん否定できない。王宮の玄関から地下に降りて、幹部塔にたどり着くまで、グラディウスは手を振り払ったりはしなかった。なんだかんだとグラディウスも家族に優しいのだ。…ロシナンテには優しくなかったけど。
(ロシーのことを言い出したらみんなが許せないもんね…)
仕方ないと割り切ることは一生できないししないけど、忘れたフリぐらいはしてあげてもいい。そう思えるぐらいには、私も家族たちのことが好きだから。
「…ん?べへへ!シュガー、ルシーが来たぜ〜!」
「え?あら、お嬢様。こんな時間にどうしたの?」
「んー、人形がどんなのか見たくて。ちょっと見て回っててもいい?」
「どうぞ。でも仕事の邪魔はしちゃダメよ」
「何かあったら呼べ」
「ふふ。はーい」
シュガーがお姉さんぶってる!子どもにそんなふうに言われるのはちょっとむず痒くて、私も笑いながら返した。だけど、幹部塔から出て真新しい港を見れば、そこには悲鳴をあげながらこき使われる人形たちがいて。じくじくと忘れていたはずの痛みがぶり返して来た。
「あっ、これはこれはドゥルシネーア王女!こんな所まで来られてどうしましたか?」
人形たちに指示を出していた男が寄ってきて、へりくだってきた。…やめてほしい。私はそんなことをされるような身分でも何でもないのに。
「ちょっと視察に。…人形たちに声をかけても?」
「ええ、どうぞ!」
ありがとう、と礼を言って、なるべく人目につかない所で働いている人形に近付いた。
「…ごめんね」
「………」
「10年、待ってね」
虚ろな目が私を見上げる。分かっていたけれど、謝ったところで罪悪感なんてこれっぽっちも軽くはならなかった。