小人族との会談後、ドフラミンゴは小人たちを使って何かをしているようだった。王宮のあちらこちらでちらりと見る影に、いずれマンシェリーが捕まるからさっさと逃げろと伝えたくて声をかけたり追いかけるも、なぜか彼らは私から逃げるように姿を消してしまうのだ。ドフラミンゴが私に会わせないよう何か細工をしたとしか、思えなかった。
(なんで…そんなことする必要ある?)
もしかして、私もロシナンテ同様疑われているのだろうか。小人族に真実を吹き込まれると?……ありえる。私は昔からそういった面では信用されていないようだから。だから仕事のことにも、私を関わらせないようにしていたんだろうから。
(でも、なんとかマンシェリーのチユチユの能力だけは伝えないように言わなきゃ!)
王宮はもちろん幹部塔だとか街中だとか、あちこちで小人の姿を探し続けて2年は経った頃。前触れもなくマンシェリーはドフラミンゴの手に乗せられ連れてこられた。
「はじめまして、ドゥルシネーア王女!」
握り潰されることを恐れず可愛らしい笑顔を見せる小人に、ひっ、とあげかけた悲鳴を飲み込んだ。なんでここに!?って早く逃げなさいっての!
「フッフッフ!さすがのルシーも小人には驚いたか?」
「そりゃ驚くよ!まさか…だって、小人……」
「はい!マンシェリーれす!」
「あ、これはご丁寧に…。ドンキホーテ・ドゥルシネーアです」
手を差し出すと、小さな手のひらが指をキュッと握って握手してくれた。んんん!!!かんわぃいーい!!!思わず鼻血が出そうな可愛さ!ちんまい!小動物的な可愛さ!でれっと相好を崩した私を見て、ドフラミンゴは至極楽しそうに笑っていた。
「マンシェリー、さっそくだが頼むぞ」
「はいれす!」
何を?ドフラミンゴの手から机に降りたマンシェリーが、両手を広げてにっこり笑ってきた。
「それじゃあ、今からドゥルシネーア王女のお怪我を全部治します!」
「し…しなくていいっ!」
「あ?なんでだ?」
「どうしてれすか?」
どうしてって…それ、寿命削るじゃん?ドフラミンゴは分かってそうだけど、マンシェリーはなんでそんな軽くやろうとするのか…!ってかレオは?長老は?カブさんとかは?護衛もつけずになんで1人でいるの!?どんだけ上手く丸め込んだらそうなるの!?気持ちの問題で頭に痛みが出てきた気がした。もうやめてぇぇ…。
「………兄上、この子と2人で話したいから出て行ってくれる?」
「あ?いても別に構わねェだろ」
(空気読めよ!)
なんて言えばいいか、と頭をひねって、ひねって…仕方なく服の上から胸の傷跡を指差した。
「服、脱いだりするかもだし。出てって」
「……ほう?治す気はあるんだな?」
「ぐぬ…!と、とりあえず出て行ってってば!」
「フッフッフ!…マンシェリー、ルシーからあらゆる欠損を取り除け。いいな?」
「はいれす!」
(簡単に頷くなってのー!)
ドフラミンゴの言うあらゆる欠損とは、右上の肺の一部のことも含むのだろう。見た目も酷いし足の火傷の痕が治ればそれだけで万々歳だけど、肺に関しては何も問題はないから治癒なんてしなくてもいい。むしろ寿命を使うのならそんなことしないでほしい。さっそく、とどこからかジョウロを取り出したマンシェリーに、手のひらを向けてやめてほしいと訴えた。
「……痛くないし、もう体の一部みたいになったから。平気なの。治癒しなくても大丈夫なんだよ。だから早く家に帰りなよ」
「うーん、うーん……古い傷はちょっと時間がかかりますけど、ちゃんと治るれすよ!それに、ドフラミンゴ王とお約束したんれす!」
「でもあなたの寿命が縮むでしょ?もっと自分の体を大切にしてよ!」
「傷を治すだけなら大丈夫れす!無くなったものを戻すのは難しいのれすが…」
「いっ、いい!そこまではいらない!肺全部摘出したわけでもないし、全然大丈夫だから!…お願いだから、家族の所に帰って…!」
「いいえ!王女の傷を治すのは、トンタッタ族と新王様の友好の証なのれす!絶対治さなきゃなのれす!さあ、足から治すれすよ!」
鼻息荒く腕まくりをする姿に、ずきりと胸が痛んだ。ここで断れば、やはり彼女はドフラミンゴに処罰されてしまうのだろうか。友好の証と張り切っている彼女に、治癒を拒否したら…それを理由にトンタッタ族をいたぶることにならないだろうか。人を利用しているという罪悪感に苛まれつつ、けれど拒絶もできず、マンシェリーに圧されて厚手のタイツを脱げば、そこに広がるのは相変わらずひどい火傷の痕。子どもの頃から一向に薄れないその痕は、私がドフラミンゴたちとは違って弱いだけの人間なのだと示しているようだった。任務を全うできることが嬉しかったのか、マンシェリーは満面の笑みで頷いた。
「では、はじめるれすよ!」
さらさら、とジョウロから滴る光の粒が、足にふりかけられる。じわり、じわり、と皮膚のひきつれや溶けた部分が寛解して、色素も薄くなっていく。
(……すごい…)
原作を読んで知っていたはずなのに、やっぱりこうやって実物を目の当たりにすると、これはまさに奇跡だと感動してしまった。10分もしないうちに、足の皮膚が完全に綺麗になって、驚く私の胸元へマンシェリーはジョウロを向けた。
「マンシェリーちゃん、もう十分だよ。ありがとう。もう十分に友好の証だよ。だから、」
「まだれす。まだまだ、完治じゃないれすから」
「もういいよ!だから、もう帰って。早く家族の所に帰って、もうーー」
「いいえ!」
ここには来ないで、そう続けたかったのに、マンシェリーは言葉を遮って否定してきた。
「ドフラミンゴ王は言ってたのれす!ドゥルシネーア王女には自分を庇ったひどい怪我があるのだと!それを治すとお約束したのれす!」
ひゅ、と息を飲んだ。ドフラミンゴが、私の傷を気にしていたことに、ただただ驚いた。もう何年も前のことを、まだ覚えていたなんて。そんなそぶりを見せなかったから、未だに気にしていたなんて…思いもしなかった。
「ドフィ…」
胸が詰まる。ドフラミンゴは、まだ、優しい兄の一面を持っていた。そのことがたまらなく嬉しかった。ぎゅう、と締め付けられる胸に、脇腹に、マンシェリーは能力を使った。だから私は油断して、その顔色がぐんぐん悪くなることに気付くのが、遅れてしまった。
「はぁ……はぁ……どう、れすか…?」
「マンシェリーちゃん!?やだ、どうして!?」
くったりと倒れてしまったマンシェリーを抱き上げて、呼びかけて体を揺すった。え、待って待って!ちょっと、なんでこんな力尽きてるの!?だって、原作と同じように怪我を治しただけでしょ?さっきは全然、こんなに疲れ切っていなかったのに。こんなに疲労するなんて…そんなの、知らない!なんで!
「ど、どうして…しっかりして、マンシェリーちゃん!」
「えへへ…大丈夫って、思ったんれすけど……肺…治すの…大変、れし…た…」
肺を、治す。それはーー復元能力なんじゃ…。
「フッフッフッ!チユチユで欠損まで治せたか…!」
どこからか、ドフラミンゴの声が響いた。ぎくっ、と体を揺らした私の肩を抱いて、ドフラミンゴは至極楽しそうに笑って姿を現した。するすると、白い部屋に紛れていた糸が、ドフラミンゴの姿を作り出す。
「ぁ……あにうえ…」
「さすがだなァ、ルシー。お前のおかげでコイツがちゃんと使い物になると分かった。フフ…後でたっぷり褒めてやろう」
(……ああ、やっぱりドフラミンゴはドフラミンゴだった…っ!)
悲しさが、頭を麻痺させるみたいだ。私を治すなんて、ただの口実だった。マンシェリーが復元能力を使えるか、私を悲劇のヒロインに仕立てて騙していただけだった。ひどい。なんてことを…!
「だめ…だめ、だめ兄上!マンシェリーちゃんを家族の所に返してあげて!ひどいことしないで…!」
「ヒドイコト?フッフッフ…大切な一族の姫君に、おれがそんなことをすると思うか?心配するな。大切に匿ってやるだけだ…」
「っ、兄上、待って!マンシェリーちゃん!!!」
力尽きたマンシェリーを掴み上げ、ドフラミンゴは高笑いをしながら部屋を出て行った。追いすがっても、目と鼻の先で閉じられた扉は開くことはなかった。