何もない日がずっと続いて、接触は無理かと思ったある朝。前触れもなく、突然小人族からの接触があった。少なからずマンシェリー行方不明に私が関わっていると知っているだろうと思っていたから、話し合いに来てくれる確率は低いと思っていたのだけど。
「…はじめまして。片足の兵隊さんに会ったんだね?」
小人族を王宮に派遣してほしい、という話を主軸に書いた手紙を、あの人形は片足の兵隊に渡してくれたようだ。そして片足の兵隊は小人族と接触をとり、私の手紙通りに動いてくれた。…罠かもしれないのに、信じてくれたようだ。限りなく低い可能性に、どうやら私は勝てたらしい。
「姫様はどこにいるんれすか?ドフラミンゴ王は姫様が病気だって言ってたれす」
「姫様がぐったりしてる姿しか見られなかったれす!せめて少しでいいれすから、話をさせてほしいのれす!」
わあわあ、と詰め寄ってくるトンタッタ族たちは必死の形相で、ああ、心から大切な家族を想う顔ってこんなんだったんだ、と不思議な感覚を味わった。それはどこか…ロシナンテを思い出させる顔で……悲しかった。
「……まず、情報を整理しよう。その前に…この部屋と周辺には誰もいない?」
「いないれす!指示通り、ちゃんと確認してきたれす!」
ひとまずはその言葉を信じることにした。嘘をつけないという面以外では、トンタッタ族は優秀だし。この時間帯に私の部屋を訪ねてくる人たちもいない。……家族たちには、彼らが忙しいからか、この王宮に住み始めてからあまり会えていないし。
「あなたたちは片足の兵隊さんに会ったね?」
うんうん、と頷くのを確認して、私は慎重に言葉を選んだ。トンタッタ族は諸刃の剣。騙されて私が裏切り者だとウッカリ漏らされでもすれば、きっと私は殺される。
(死にたくない…死にたくなんてない!)
こんなになってまで、私はまだ死にたくなかった。ドレスローザの国民たちを踏みつけて、それでもなお命が惜しかった。ロシナンテとは一緒に行けなかったけれど、私の気持ちは変わらない。生きて、ドフラミンゴから独立して、普通の人間として生きていきたい。こんな、食べて寝て起きて毎日白い色の中で閉じ込められる日々なんて、真っ平御免。恋だってしてみたい。前世ではできなかったけれど、結婚して子供だって産んで育てたい。私は今でもまだ、人間らしく生きて、死にたかった。ーーそのために、だれかを利用したとしても。
(だって、あなたたちはこの先ルフィに絶対に助けてもらえるでしょ?私を救えるのは、私しかいないの。…モブの私がドフラミンゴにも民衆にも殺されずに生きるには、これしかないの)
「私の名前はドゥルシネーアではありません。名前を名乗ることはできませんが、そのことを一族に伝えて欲しい」
「えっ?わ、分かったれす!」
「うん。…ドフラミンゴは悪人です。国民を騙してドレスローザを奪い取った。そして…治癒の能力を持つマンシェリー姫を捕えた」
えっ、と小人たちは目に見えてうろたえた。
「そんな…!だって、ドフラミンゴ王は約束してくださったんれす!今まで通り好きなものを持って行くことを許可するって!王家に騙されて悪いことしていた僕らを許すって、言ってくれたんれす!」
「僕らの生活がそのままでいいって言ってくれたんれすよ!仲良くしようって…友好の証に妹の怪我を治してほしいって…!家族を大切にする、素晴らしい王なのれす!」
(そのままの生活をしてもいい?何それ、何様の目線?そんなの、ドフラミンゴに許可なんかされるようなことじゃない。ただ単に、マンシェリーの能力を利用したいって魂胆を綺麗に見せるだけのパフォーマンスじゃない…!)
私がダシに使われたことは、この際どうでもいい。だけど、こんなのは…詐欺だ。ひどい。
(でも、なんでマンシェリーの能力がバレたの…?)
彼女は一族の姫君だ。マンシェリーも同じかは分からないけれど、少なくとも、能力を知られるような距離にまで姫君が人間に近付くなんてこと、トンタッタ族の傾向から見ても普通はありえない。それはつまり…誰かがドフラミンゴに情報を流したということに他ならない。誰?そんなの、少し考えればすぐ分かる。
(……ヴィオラさんか…!)
父親を救う代わりに幹部になった彼女。2年も経った今でも、私は彼女と接触できていない。おそらくドフラミンゴは小人族にしたように、ヴィオラさんにも私に近付かないよう言い含めたのだろう。それでも、彼女の能力なら私に接触できるはずなのに、それをしていない。ドフラミンゴを出し抜こうとしている彼女が私の内心を覗き見ていないからか、ドフラミンゴから逃げたがる私の内心を覗いてなお私と接触することにメリットがないと判断しているからか……彼女の本心は分からないけれど。
(幹部としてドフラミンゴの信を得るためにマンシェリーを売った…そういうことなんだろうか…)
だとしたら、彼女もなかなかの賭けに出たものだ。ドフラミンゴが考えるマンシェリーの利用法を覗き見て、殺されることはないと判断したんだろうか。それにしても、マンシェリーのことを黙っていればいい話なのに。
(……ううん、違うか。疑っちゃダメだ。きっと、そう、ドフラミンゴがトンタッタ族の長老にでも聞いたんだろう。一族に能力者はいないのか、とか言って)
きっとそうだ。ヴィオラさんには小人族を売る理由がない。彼女は私なんかと違って、いずれ救われる未来を知っているわけじゃない。そんなおぞましいことをするわけがない。
(…汚い考えをしているのは、私だけ)
人を疑い、利用し、裏切る自分。…吐き気がした。
「……?どうしたのれすか?」
「……なんでもない」
「それで、姫様はどこなのれすか?病気はどうなったのれすか?」
「マンシェリー姫は病気じゃないよ」
組んだ手を握りしめた。力のない私にはできなかったけれど、あなたたちには力がある。未来でいずれ救うお姫様なら、別に今救っても問題ないでしょう?
「お仕置き部屋は、探した?」