76.おとぎ話の結末のように
こりゃヤバイと確信してからほぼ毎日、私は逃げるコマンドを連打し続けた。具体的には、動きやすい服を着てドフラミンゴから与えられたアクセサリー類を根こそぎカバンに詰め込んで港までダッシュ。これがベース。あとはアレンジで使用人の服を着たり、散歩とみせかけて護衛を途中で撒いたりと色々。そして全戦全敗の記録を今日も更新した。
「あー…そらがきれい…」
「王女様、いい加減にしてくださいね」
モネ怖い…。モネに手をしっかりと握られたまま、街から王宮へと帰る。街の人たちがまた脱走失敗したのかと笑っていた。なんかもう名物扱いされている…。
「どうしてそんなにも一人で出て行こうとされるのですか?」
「…うーん……まあ、一番の理由は、もう30歳だからニートやめたいってのかな」
「王女様は王女ではないですか」
「兄に養われてるってのが嫌なの」
「では、他の理由は?」
(他の理由……ドフラミンゴが倒された後、事実を知って激怒した民衆にブチ殺される前に逃げたいとか言ってやりたいわ)
無理だな、と考えるまでもなく判断できる。
「…自分の人生を、自分で決めて生きたいから」
「例えば?」
「うーん、恋をして、結婚して、子どもを産んで育てて、なかなか悪くない人生だったってあったかいベッドで呟きながら老衰で死にたい」
それが叶う世界で生きていた身としては、やっぱりそれを望んでしまう。この世界の救世主だとか、ヒロインだとか、主人公だとか…そんなものにはなりたくないし、絶対になれない。それに付随する責任を背負えるほど、私は強くないから。人に恨まれてでも正義を貫こうとする勇気もない。
(私なんかがドフラミンゴの妹なんて、無理なのよ…)
同じ妹キャラなら、せめてマキノさんの妹とか、たしぎちゃんの妹とか、カヤさんの妹とかになりたかった。主要キャラと言われたらスモーカーさんの妹とかがいいな。あの人絶対いいお兄ちゃんだ。同じ兄キャラでもカタクリさんの妹だとビッグマムの子って時点で死亡ルートしか見えないから却下。
「ーー叶いますよ」
「ん?何が?」
モネはにっこりと笑って、確信を持った目で私に繰り返した。
「その夢は叶います。だって、あなたは王女様ですから」
晴れ渡る青空の下で、モネは力強く言った。おとぎ話を語るように言ったあの時とは違って、現実を見据えたような目をして。
(まあ、ドフラミンゴなら私をそういう所に嫁がせることもできるからなぁ)
なんたって今をときめくドフラミンゴ様だ。元天竜人で七武海で国王でジョーカー。ほとんど敵なしのカードだ。けれどそれは私だけに限った話じゃないはずだ。モネにだって、そんな未来が望めるはず。そんな未来があって、いいはず。
「モネもだよ。年頃なんだし、浮ついた話とかしてちょうだい。ねえ、いい人いないの?」
私がそう尋ねると、モネはきょとりと目を見開いて、何を言われたか分からない、と言いたげにした。そしてゆっくりと理解できたのか、ゆるりと頬を緩めて首を振った。
「いませんし、今は作ることもありません。…これからまたここから離れるので」
「へ?えっ、離れるの?いつ?なんで?」
「若様からの任務でこの後すぐ出発になります。ある研究者とのパイプを作るために。おそらく、年単位での任務になります」
(研究者…って、まさかシーザー!?)
どくりと心臓が嫌な音を立てた。ベガパンクの元で働くシーザーが失脚するのは、原作の4年前だったはず。まだ8年前だというのに…ああ、でもスマイル工場らしき建物を作り始めているから、もう連絡は取っているのか。でも、モネが秘書として行くのはもっと後だと思っていた…。もしかして、もしかして……もう、帰ってこないの?
「モネ…」
「はい、何でしょう?」
「…あの、あのね……体を大事にしてね」
この後すぐなんて、早すぎる。何も対策ができていない。モネに言い含めることも十分どころか全くできていないのに。守ると言った以上は、モネが死なないようにしたかった。あんなクソみたいなやつに、心臓をひとつきされて、なんて死に方をさせたくなかった。
「誰に何を言われても、あなたの体はあなたのもの。誰にも使わせないで。誰にも貸したり与えたりしないで。そんなことをいうやつには、私がダメだと言ったって、そう言っていいから。だからーー」
心臓を渡したり、しないでほしい。直接的にそう言えたらどれだけよかっただろう。いや、いっそ言ってしまおうか。そう迷った私の顔を、モネは覗き込んできた。
「ーーモネ」
「そんなこと言われなくたって、私の体は私のものだし、私は若様とお嬢様のためにいるの」
「何言ってるの。私や兄上は関係ないよ!」
「いいえ。私は若様とお嬢様に報いるためにここにいる。私がここにいる理由を、否定しないで」
「……なんで…」
どうしてそこまで、と声が震えた。モネは目を伏せて離れた後、私の手を引っ張って王宮へと歩き出した。
「私たちを拾ってくれた若様と、たとえできなくても守ると言ってくれたお嬢様は、私たちの恩人ですから」
ふわふわと伸びつつあるモネの髪が風に揺れる。綺麗だった。だからね、と続けて振り返ったモネは、強くて、キラキラしていて、とても綺麗だった。
「若様とあなたには、誰よりも幸せになって欲しいの」
でもその次は私たちね、と珍しく軽口のように言っていたけれど、それが本音だと分かるだけに、辛かった。モネとシュガー、2人が真っ先に幸せになれたらいいじゃないか。自分で自分の幸せを一番に願ってよ。