「ルシーさんー!!!」
逃亡準備をしていたら急に扉を蹴り開けてベビー5が飛び込んで来た。しかも泣きながら。えええ?
「なんか…荒れてるね?」
「だって…だっで!!!若様が!!!」
嗚咽と殺意交じりの話を聞くと、どうも初恋の相手を町ごと殺されたらしい。そんなベビー5の胸元には、全然似合っていない宝石ゴテゴテのネックレスがかかっていた。
「そのネックレスは?」
「ひっく…彼が幸せになるからって、買ったの…」
「………いくら?」
「500万ベリー」
「………」
(ああああ!!!この子はもう!!!そういう男は選ぶなと言ったはずなのに!!!)
お金を要求したり物を買わせる男は選ぶなど言ったはずなのに、もう忘れたのか!それともこれも原作の流れだから?だとしたらもう救いようがない。
「そういえばルシーさん、どこかに行くつもりだったの?」
「うん、ちょっと逃ぼ……お花畑に散歩しに行こうかなって!」
逃亡なんて言ったら一日中部屋に軟禁だと分かっているので、あえて散歩とマイルドにしてみた。すると、ベビー5はぐいっと袖で涙を拭って、私も行くと言い出した。
(今日は逃げるの無理っぽいなぁ)
仕方ない、と荷物を置いてベビー5と一緒に花畑まで向かった。周りは一面のひまわり畑。…もし、あの手紙で食い止められなくてスカーレットが亡くなっていたら、ここにお墓が…。
(…片足の兵隊がこの街で働いている時点で、スカーレットはもういないんだよね)
街に小さな家を借りて、そこにレベッカを住まわせているはずだ。レベッカがもう少し大きくなったら、戦い方を指南するだろう。
「ルシーさん、どうしたの?」
「…何でもないよ。それより、ちょっと落ち着いた?」
「…うん」
ずび、と鼻をすすった横顔には、まだ幼さがある。そんな子を騙すなんて…いや、騙されていたとしても、ベビー5にとっては真実だったんだろう。その人のことを本当に好きになったんだろう。たとえ私やドフラミンゴから見てクズみたいな男だったとしても。町ごと消すなんて過激な方法を選ばず、もっと話し合ったりすれば、ベビー5はバカな女じゃないんだから理解してくれただろうに。
「ルシーさんは、どうしていつも出て行こうとするの?」
「自由に生きたいから」
決まりきった答えを返すと、ベビー5は寂しげにしていた。
「…コラさんに会いたい?」
まさかベビー5が私の前でロシナンテのことを口に出すと思っていなくて驚いた。やはり、この子なりに私に対して罪悪感があるんだろうか。
「ーー会いたいよ。いつだって、今だって、ずっとずっとロシーに会いたい」
でも今はもう叶わない。だからせめて…せめてお墓まいりをしたいなぁ。毎日働いて、時々ロシナンテや親たちの菩提を弔いに行く、そんな生活もいいかもしれない。今まで逃げるだけしか考えていなかったから、そうやって未来の生活を想像すると現実味が増してきて、とても魅力的な生活に考えられた。穏やかで、きっと毎日が充実した生活だろう。少なくとも今よりは。
「ねえ、ベビちゃん。一緒に逃げない?」
「えっ!?」
「恐怖の大魔王から逃げて自由に生きるの。後ろ暗いことはやめて、普通の人たちと真っ当に生きていくの」
ベビー5は口を閉ざした。ぎゅっと目を閉じて、しばらく考えて、そして顔を上げて微笑んだ。
「…うん。私、ルシーさんと一緒にいたい」
「…ありがとう、ベビちゃん」
ベビー5がこんな風に言ってくれるのはきっと今だけだ。他の家族たちがいない、今だからこその言葉だ。きっと彼女は必要とされればファミリーの幹部として働き続けるだろう。そう分かっているから、私も世間話として受け入れて笑った。
(一緒に出て行きたいのは本当の気持ちかもしれないけれど)
お互いに、自由が欲しいんだ。自由に恋をして、自由に働いて生きていきたい。それだけのことが、どうしてこんなにも難しいんだろう。