では、9話です。
光太郎とライダーはゆっくりと歩いてくる二人組を警戒する。それは相手が一歩、また一歩と近づく度に強まった。
(この気配…ゴルゴムの怪人ではない。なら…)
街灯の明かりでようやく見えた2人の全貌…光太郎は確信を持ちながらも尋ねた。
「貴方達は…聖杯戦争に参加するマスターと…サーヴァントですか?」
「おおッ間違えないぜ!」
「…………」
恐らくサーヴァントであろう青い髪の男はあっさりと認めたが、マスターであるスーツ姿の女性は口を開かず光太郎達を…いや、光太郎の姿を無言で観察しているようだ。
「バゼットよぉ、奴さんがせっかくこっちに声かけてくれてんだから少しは…」
「…貴方なら分かっているでしょう?」
「あ?」
スーツ姿の女性…バゼットは隣に立つサーヴァントの軽口を遮ると小声で続ける。
「あの二人…どちらも特異な容姿をしていますが、同じサーヴァントであるならば」
「おうよ。美人さんの方…面拝めぇのは残念だが」
「そちらの感想は聞いていません」
「…サーヴァントに違いねぇ」
つまらなそうに青い男は同意すると、ライダーへ目を向ける。先程の戦闘で負傷しているようだが、それを補うほどの闘志と敵意をこちらに向けてくる。いつ仕掛けても対応できるようにしているらしい。同じサーヴァントとしては敬意を払いたいくらいであるが、男の興味は別の方へ向いていた。
「問題はマスターの方です。さっきの戦いであれ程の力を振るっていながら、魔力を全く使っていない。いえ、今でさえ魔力を感じられません…」
「なら…試してみるのが一番じゃねぇか?」
光太郎の分析を続けるバゼットの隣から離れると男は光太郎達に向かい、ゆっくりと足を進める。
「何を考えているのですか?」
「あの黒いのが気になるんだろ?だから色々と見せて貰うほうが話が早ぇ」
「…………」
バゼットは指に顎を当てながら考える。聖杯戦争は相手のサーヴァントの力と正体を見極めることが勝機に繋がるが、同様に相手マスターの力量を知る必要があった。今、自分のサーヴァントがやろうとしていること。…性格から考えて半分以上は純粋に戦いたいからであろうが、自分の意図することであれば止める理由はなかった。
「…任せましょう」
「ハハッ!話が早くて助かるぜ…つー訳だ黒いの!!」
「ッ!?」
突然の呼びかけに光太郎は身構える。
「相手になってもらうぜ…!」
青い男がニヤリと笑い、手を広げると紅い槍が出現した。
(槍…ランサーのサーヴァントか)
接近するランサーに対し、構えた拳に力を込める光太郎。しかし、両者の間に今まで光太郎の隣にいたライダーが割って入る。
「…悪ぃが怪我人をいたぶる趣味はねぇ。引っ込んでな」
「お気遣いは結構です。それに、サーヴァント同士で戦うのが当然なのでは?」
目を細めるランサーへライダーは得物である杭を向けながら問いかけた。負傷していると言えど、この場でランサーの相手となるべきサーヴァントは自分であり、従来の聖杯戦争の通り光太郎は相手のマスター同様、後方で自分に指示を送るべきとライダーは考えていた。しかし、光太郎の行動は違った。ライダーの肩に優しく手を置き、それに気づいたライダーが顔を向けると首を横に振る。
「…下がってくれライダー」
「コウタロウ…ですが!」
光太郎の言葉に納得のいかないライダー。しかし、光太郎は小声でライダーに続けての指示を送った。
「…いつでも逃げられる準備をしてくれ」
「…ッ!?」
マスターの意図が理解できないライダーを無視し、光太郎は続けて話した。
「…さっきの戦いもあって俺達は万全の状態じゃない。幸いにもあちらは傷ついているライダーでなく、俺に狙いを定めている。だから俺がある程度戦ってどうにか隙を作る。その時に撤退しよう」
「ですが…光太郎が戦わなくても、ここを切り抜ける手段もあります」
ライダーの持つ『手段』を使えば、ランサー陣営を振り切って撤退することも可能だ。だが、それでも光太郎は首を縦に振らなかった。
「確かにね。けど、『あの子』を呼んでしまったらライダーの真名が相手に知られてしまう可能性がある…だから、呼ぶとしたら全力で戦う時だ」
「………」
「そして、俺とランサーの戦いを見ていれば、次に戦う時のヒントになるかもしれない…だから」
光太郎の判断は適格である。ライダーの切り札を見せることなく、相手の力量を測った後に撤退すれば次回の戦いに勝機を見出すことも可能だろう。確かに納得する内容だが、ライダーはそれ以外の理由を光太郎が抱いているのではないかと思えた。
「…わかりました。お任せします」
「ありがとう…」
光太郎はライダーを後に下がらせ、ランサーと向かい合う。ランサーは笑いながら槍を構え、それに合わせるように光太郎も構えた。
傷ついたライダーに戦わせず、自分が前に出て時間を稼ぐ。そうライダーを納得させた光太郎だったが、彼女に悟られないようにしていた事があった。
(覚悟…か)
心中で呟いた事を、光太郎は1月ほど前…ライダーを召喚する前にとある人物に問われていた。
1ヶ月前 某ゲームセンター
「…覚悟?」
「そうだ。これから呼ばれる英霊共は雑種でありながらその枠を超越した存在ばかりだ」
大学の帰りに金髪の青年に遭遇した光太郎は無理矢理ゲームセンターに連行され、格闘ゲームの相手をさせられていた。
「でも、聖杯戦争はそのサーヴァントっていう英霊同士での戦いなんだろ?ここでコンボっと!」
「その通り。だが、外れのサーヴァントを引くか、そのサーヴァントに情がわいた場合…チッ、生意気な!」
筐体を挟んで会話をしながら、お互いのキャラクターのヒットポイントを削り合っていく光太郎と青年。
「その場合…なんなんだ?」
「貴様は間違いなく自分から戦うと言いだすだろう。その時の覚悟のことだ」
笑いながらキャラクターを操作する青年の言葉を、レバーとボタンを乱暴に操作しながら考える光太郎。筐体の向こうにいる青年に敗北以来、訓練を続け体内に宿るキングストーンの力をうまく引き出せるようになり、出現するゴルゴムの怪人達とも次々と撃破していった。自惚れるわけではないが、例え英霊が相手でも引けを取らないつもりはある。この目の前の青年が相手でも…
「…ああ。場合によっては戦うつもりだ」
本来は望まない戦いではあるが、光太郎には戦い抜かなければならない理由もある。だが、その信念は青年の言うことに大きく揺らいでしまう。
「その相手がいつもの遺物共ではなく、『人間と同じ姿をした』相手でも、か?」
光太郎の手が止まった。
「確かに力だけならそこらの雑種よりは上だろうよ。だが、それだけの連中だ。手足をもげば動けず、心の臓を貫けは簡単に…死ぬ」
畳み掛ける青年の声に光太郎は操作をすることすら止めてしまった。
確かに今まで自分の力を振るい、倒したのは怪人だけだ。中にはかつて人間だった者もいたかもしれない。それでも倒せたのは『人間の姿ではない』からだ。もし自分の力が。変身する前も、軽く掴むだけでサッカーボールを握りつぶしてしまうような力を人間に…弟や妹のような存在にぶつけたら…そんなことは想像すらしていなかった。
青年は戦う覚悟ではなく、相手に対して力を振るう覚悟を問いかけていたのだ。
『K・O!!』
気が付けば、光太郎のキャラクターのヒットポイントはゼロになっており、青年のキャラクターが画面の中で勝ち名乗りを上げていた。
「いずれは結論を出すだろうがな」
それだけ言うと、青年は去って行った。
光太郎は店員に呼び掛けられるまで、その席から動くことができなっかった。
(情けないな…あれだけライダーに大見得を切って、寸前で迷うなんて)
例え戦いの中で散っても、元いた場所に戻るだけ。殺す事にはならないとライダーから聞いていた。それでも、光太郎は怪人以外に力を向けることに結論を出せずにいた。逡巡する光太郎の前に、目の前の男が語りかける。
「…お前さん、何にビビッてんだ?」
「ッ!?」
構えと解き、槍の柄で肩をトントンと叩くランサーの言葉に光太郎は動揺した。
「察するに…さっきの怪物共を片付けた力を俺に向けるのに迷ってるってトコか」
「…なぜ」
自分の抱いている事を見抜けたのか。ランサーは呆れたように答えた。
「なめんなよ。若造のくだらねぇ悩みなんざ素顔を確かめるまでもなく、お見通しだ」
光太郎の苦悩を一蹴したランサーは槍の柄尻をアスファルトにドンッと叩き付けると、大声で叫ぶ。
「いいか!戦う相手を気を使うなんざ戦場で無用の長物!それは相手への屈辱以外何物でもないと知れ!!」
ランサーの怒声に思わずたじろぐ光太郎。その迫力はゴルゴムの怪人と段違いだった。
「それにだ。お前さんがここにいるのはそうまでしなくちゃならない事がある。だからこの聖杯戦争なんつー殺し合いにも参加している。違うのか?」
「あ…」
そうだった。
光太郎には、この聖杯戦争を勝ち抜かなければならない理由がある。亡き友と家族に誓い、ゴルゴムの野望を阻止すると同じように。
「…ま、俺には加減なんざ必要ねぇよ。これでも英霊っ呼ばれるくらいに長い間戦ってきたからな」
「……………」
あの時から保留していた青年に問いに光太郎はようやく回答を出せた。正直に言えば、力を振るいたくない事は変わらない。だが、自分の信念を貫くため。そして敵でありながら光太郎を導いたサーヴァントに応えるために。
「…ありがとう」
「怒鳴った相手に礼なんて、変わってんなお前さんは」
「よく言われます…」
仮面の下でクスリと笑った光太郎は再び構える。それは先程のように迷いのない、力強いものだった。
「…いいねぇ。バゼットォッ!方針変更だ!!」
嬉しそうに笑うランサーは自身のマスターへ呼びかけ、光太郎に向かい再度槍を向ける。
「こいつはこの場で倒す。調べんなら死体でも十分だろ?」
「……いいでしょう。不確定要素は摘んでおくに越したことはない」
勝手なこと…と言いたそうな顔をするバゼットだったが、反対はしなかった。相手と同じように、後方にいるライダーへ断りを入れようと振り返る光太郎だったが、彼女は言葉にするまでもなく、光太郎の顔を見てゆっくりと頷いた。
『御武運を』
そう祈っているように光太郎には聞こえた。
「さぁ…始めようじゃねぇか」
「ああ…勝負だッ!!」
光太郎の言う訓練の中には昭和ライダーでおなじみの落下する岩に向かって技を繰り出して強化を図るものもあったりします。
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