では、どうぞ!
間桐慎二は自然と目を覚ました。
「…………」
枕元に置いてある携帯電話を手に取ると、時刻は午前7時。設定した目覚ましの時間よりも早く起きてしまったらしい。
(…たまには起きておくか)
また寝過ごして口やかましいアイツに起こされるのも癪だしと、ベットから這い出た。
身支度を整えて食卓に顔を出すと、自分のスペースには朝食がしっかり用意されていた。トースト、ハムエッグ、サラダ…定番のメニューを一瞥した慎二は無言で食べ始める。
慎二には家族そろって食事をした記憶は殆どない。放任主義の父親、物心ついた頃にはいなかった母親。祖父は…そもそも滅多なことでは姿を現さなかった。幼少の頃は広すぎる食卓で一人きりの食事が当たり前だったが…
「あれ?今日は早起きだね慎二君」
「…何、文句でもあるわけ?何時に起きようが僕の勝手だろ」
「文句なんてとんでもない!でも、毎日同じように自分から起きてくれたら本当に文句なしだけどね」
「…フンッ!」
「今日のはどうだい?割と頑張ったほうなんだけど」
「トーストの何処に頑張れる要素があんの?頑張って味が変わるんならそれこそ奇跡だよ」
「こりゃ手厳しい…」
自分の悪態を受けても気にする様子のない男に慎二はトーストを飲み込みながら尋ねる。
「…光太郎、桜は?」
「桜ちゃん?もう出かけたよ。いつものトコだね」
光太郎と呼ばれた男は笑いながら入れたてのコーヒーを慎二に差し出した。
「また衛宮のところか。全く、怪我も完治したってのによく続けるよあいつは」
「ハハ、健気でいいじゃないか」
コーヒーを受け取った慎二は会話に出てきた二人の人物を思い浮かべる。
妹の間桐桜。そして同級生の衛宮士郎。
どちらも同じ高校に通い、同じ部活に所属している。しかしあることが切っ掛けで衛宮家に通うようになり、朝と夕方は殆どあちらで過ごしている。最初は先輩に対する御礼みたいなものだったのであろうが、今の目的は聞かなくたって分かってしまう。
「見ててイライラするんだよね、ああいうの」
「なんでだい?」
「どっちも見る目ないからさ。あんな報われない通い妻みたいなことさっさと…なんだよ?」
「…いや、さ」
笑いを堪えるように口元を抑えている光太郎に首を傾げる慎二。はたして自分の発言に笑われる要素があったのであろうか。
「今の慎二君の『どちらも見る目がない』という所がね…妹が友達を好きになってしまった寂しさと、妹の気持ちに気付けない友達への苛立ち…というふうに聞こえちゃってね」
「………ハァ!?」
見当違いの解釈をする光太郎に思わず慎二は大声を上げた。
「今の聞いてどうしたらそんな考えに至っちゃうわけ!?なんでこの僕があの二人を気にかけなきゃいけないんだよ!!」
「ハハハ、まぁそう怒らないでよ。適当に言ってみただけだしさ」
「適当過ぎるんだよ!」
怒鳴りながら食べ終えた食器を乱暴にシンクへ置くと慎二はバックを持って玄関へ向かった。
「慎二君」
「今度はなに!?」
散々からかわれた(と思っている)慎二は苛立ちながらも光太郎に振り返る。光太郎は先程とは打って変わり真剣な顔で口を開いた。
「大学から戻ったら今夜も俺は外に出る。学校が終わったらなるべく早く家に戻るようにしてくれ」
「……言われなくてもわかってる。僕よりも、桜に言ったほうがいいんじゃない?」
「いずれは言うつもりだよ。戦いが本格化する前にね」
「あっそ。…学校いってくる」
「うん、いってらっしゃい」
(いってらっしゃい、か)
そんな当たり前の言葉を、当たり前に感じるようになったのは自分に兄妹が出来た頃からだろうか。
間桐慎二は3人兄妹だが、全員に血の繋がりがない。今から10年ほど前に突如、慎二に兄と妹が出来たのだった。もちろん、天涯孤独の身を案じてなんて簡単な理由ではない。
古くから魔術の名門でありながらその血は衰退し、慎二に至っては魔術回路すら発現しなかった。それを見かねて当主である祖父は桜をその『血統』から、光太郎は『特異性』から養子として迎えられた。
二人が兄妹となった理由を知った時は驚きよりも劣等感を向けていた慎二であったが、一人きりだった自分に手を伸ばすお節介な兄と弱気ながらも気にかけてくる妹を、どうしても強く当たることができなかった。それどころか、二人と過ごすうちに自分の心に巣食っていた黒い部分が段々と薄れていくのを感じていた。
以来、今では数日に一度だが兄妹で食事を取り、帰宅時には「お帰り」と迎えられることが慎二にとって当たり前となっていた。
その環境で育った影響からだろうか。あの時、お人好しの兄の行動に似ていたあの『バカ』にも声をかけてしまったのは……
「よ、今日は早いんだな慎二」
「…衛宮か」
今一番顔を見たくない顔を見てしまった慎二はジロリと声をかけて来た人物、衛宮士郎を睨む。
「どうした?なんか機嫌わるいみたいだけど」
「……誰のせいだと思ってる」
「え?」
「なんでもない!」
足早にその場を離れた慎二の後姿を見て士郎は思わず呟いた。
「…なんでさ」
結局は士郎に追いつかれ、共に教室へ入った慎二と士郎の耳に聞こえたのは最近賑わっている噂話だった。
「…でさ、新都の塾に通ってる子は見たんだって、噂の『怪人』!」
「最近じゃとうとう人を襲ってるって話だぜ?」
「ネットにも画像上がってるよな、ぜ~んぶピンボケしてっけど…」
耳に入ってくる情報は全て新都に出没するという怪人騒ぎ。曰く空を飛び、壁を走り、人を襲う…
都市伝説染みた話ばかりだが、慎二には笑えない話だった。その噂には、自分の身内がしっかりと関わっている故に。
(光太郎の奴、写真に撮られてないだろうな…)
不安を抱きながら自分の席に着いた慎二。それとバンっと同時に教室のドアから勢いよく開けられた。最初は担任の藤村かと思ったが
「各々方、聞いてくだされ!!」
クラスメートの後藤だった。何かとテレビに影響されやすい奴で今では時代劇の口調で話している。その後藤から放たれた報告にクラス内は騒然となった。
隣のクラスの女子が新都で重症を負い、入院することとなった。命に別状はないが、全身をロープのようなもので強く縛られ、首には強く絞められた跡が残っているらしい。
後藤は教師たちは緊急会議となり一時間目は自習となったことを伝えるよう言われたようだった。
「ねぇ、やっぱりあれって…」
自習そっちのけで再び開始される噂話。被害者が校内から出てしまったため、歯止めが利かなくなっていた。
(ったく、噂を盛り上げるだけなんだから気楽なもんだな)
周囲を冷めた目で見ている慎二はノートを取り出し、ただ一人だけ自習を始めようとしたが隣に座る士郎の表情を伺う。その表情は何かを決意したような顔だった。
(まさか…ね)
いくらお人好しでもそんな行動は起こすまい。
そんな考えが今夜にでも破られることになったとはこの時、慎二は思わなかった。
なんだか慎二が丸くなってしまった・・・・
感想、アドバイスお待ちしております。