(今日はやけに人通りが少ないな。怪人の噂が影響しいているのか…?)
そう考えながら衛宮士郎は夜の新都を歩いていた。
彼を突き動かした原因は今朝の騒動――隣のクラスの生徒が噂の怪人に襲われた。ただそれだけだった。
あくまで噂。調べても巷で盛り上がっている怪人など存在せず、通り魔による犯行だったのかも知れない。しかし、噂の信憑性など士郎にはどうでもよかった。
要は、被害者が出てしまったのだ。今回は顔も知らない同級生だったが、もし『次』があったとしたら。さらにその次が、自分のよく知る人物であったら…
衛宮士郎が動く理由は、それで十分だった。
木刀を入れた竹刀袋を肩にかけ直す。手持ちとしては頼りないがあるだけマシだろうと持ち出したものだ。
(もし本当に怪人がいたのなら、『あれ』を試すしかない)
自分が唯一出来ることをこの木刀に施せば、倒すことなんて出来なくても、誰かが逃げ出す時間ぐらい稼げるはずだ。
(そう、俺が襲われている間なら誰も傷つかない…ッ!?)
士郎の思考はそこで止まる。気が付けば既に明かりが消え去ったビル街に足を運んでいた。自分を照らしてくれているのは街灯と月明かりだけだ。
しかしおかしい。今日は雲一つなく、月も満月だ。だから、路面に『網目状の影』が出来るなんてありえない。
ようやく違和感に気付いた士郎はゆっくりと顔を上げた。
数時間前
(やっと終わった…)
肩を落として慎二は所属する弓道部の更衣室を後にする。
今朝の自習以降、クラス内で怪人の噂は放課後どころか部活動中になっても絶えることなく続いていた。話の内容が怪人の出没する場所、現れる法則などまだ良かったが、話題が怪人の容姿となり、『全身が真っ黒な怪人』と部員の口から出た時は慎二は番えた矢をとんでもない方向へ飛ばしてしまった。
その醜態を部長である美綴綾子に『集中力が足りん!』とガミガミ怒られ、遠目から見ていた心配する妹の視線がとても痛かった。
余談だがその光景を見てニヤニヤ笑っていた男子の後輩共には後日『制裁』を加えることを固く誓うのであった。
帰宅した慎二は自室の机に腰を降ろすと、鞄から数冊の分厚い本を取り出す。
「さて、と」
始めるかと慎二は本のページを捲る。
慎二が手にしているのは間桐家の書庫に保管されている魔術に関する書籍だ。これに描かれている文章をノートに写し、学校で借りてきた外国の辞書で照らし合わせ解読する…これが高校に入ってからの日課となっていた。
(ここの文章掠れてやがる…ったく、一番重要なとこだろうが!)
内心で舌打ちしながら前後の単語から空白部分を推測を始めた。
魔術の才能は全くないことを自覚している慎二だったが、知識を求めることは止められなかった。ただの自己満足だろうが、もし、万が一に自の調べた知識が、何等かの手助けとなるのなら…
「慎二くーん、開けるよ?」
「開けた後に言わないでくれる!?」
「夕ご飯の準備終わったよ」
「……………」
ノック無しに弟の部屋へ侵入し、悪びれる様子もなく要件を伝える兄の姿を見て、集中力が途切れてしまった。
「いまいくよ…で、これから出んの?」
「うん。帰りはまた遅くなりそうだから、桜ちゃんが帰ってきたら…ん?」
慎二へ言付を告げようとした光太郎の言葉が止まる。
「どうしたの?」
「…桜ちゃんが帰ってきたみたいだね」
「はぁ?」
なぜ分かったということよりも、桜が帰宅したことの方に慎二は驚いた。今日は士郎の家で藤村たちと遅くまで過ごす日のはずだ。
まだ早すぎる。
「あ、兄さんたち。ただいま帰りました」
2階へ上がる階段から顔を出した黒髪の少女、桜は微笑みながら兄二人に帰宅したことを伝える。
「お帰り桜ちゃん。今日は随分はやいんだね」
「あ、はい…藤村先生は学校に遅くまでお仕事で、先輩は…用事があったみたいで」
光太郎の質問に答えた桜だが、先輩 という部分から小声となっていたことから早い帰宅は本人に取っても不本意だったようだ。
「…桜」
今度は慎二からの質問だった。
「はい?」
「今日は、衛宮に会えなかったのか?」
「いえ、先輩のお宅にお邪魔しようとしたら、ちょうど出かける先輩に鉢合わせして…これから出かけるって」
「その時の衛宮の様子は?」
「えっと…私服で…何に使うかわかりませんけど」
慎二の中で嫌な予感が膨らむ。
「その…竹刀袋を持って」
「……っあのバカ!!」
全てを聞かずに慎二は部屋から上着を持つと階段を駆け下りながら光太郎へ叫んだ。
「光太郎ッ!!早くしろ!!!」
どうやら光太郎の用事に同行するらしい。あの様子では止めても無駄だろうと考えた光太郎は静かに呟く。
「ライダー」
「ここに」
光太郎の背後に忽然と姿を現した長身の女性。突然の顕現に桜はビクッと震えた。
「…あんまり妹を驚かせないでくれよ」
「…以後気を付けましょう」
そうか、と苦笑した光太郎はライダーに向き合い、真顔で告げる。
「俺たちが戻るまで、桜ちゃんを頼む」
「…承知しました」
静かに答えた女性を見る。両目を眼帯で覆っている彼女が今、どのような目をしているのかは伺えない。こうして彼女を置いて私闘を続けている自分に呆れてるのだろうか・・・?
(いや、気にするのは後にしよう。今は…)
光太郎は不安そうにこちらを見つめる妹の頭をそっと撫でる。
「大丈夫。衛宮君のことは心配いらないよ」
「光太郎兄さん…」
そっと手を放した光太郎は慎二と同じく階段を駆け下りた。
ガレージには既にヘルメットを装着していた慎二が立っていた。
「遅いんだよ!何トロトロしてんだ!!」
「ごめんごめん、さぁ行こうか」
謝罪をしながら光太郎もヘルメットを装着し、バイクに跨る。後部に慎二が搭乗したことを確認するとエンジンに火をつける。準備は万端だ。
発進する前に、光太郎はガレージの奥でシートで覆われているバイク2台を見つめる。
(もしもの時は…力を借りるぞ)
光太郎の心中を察したかのように、片方のバイクが微かに動く。
「よし、行こう!!」
次回は、ついに変身!
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