説明回の44話をどうぞ!
ライダーは夢で見た間桐光太郎の過去にあったある一部分を思い出す。
光太郎が初めて自ら『仮面ライダー』と名乗り、怪人を撃破した直後の事だ。
間桐蔵硯がカミキリ怪人の攻撃を受け、只でさえ危うい状態の身体が維持出来なくなり、崩壊を始めていた時。彼は光太郎が頷くしかない話を持ちかけていた。
「聖杯、戦争…?」
「名前だけならば、聞いたことがあろう」
冬木に降臨する万能の願望機である聖杯。それを奪い合うために7人の魔術師が最後の1人になるまで殺し合う。これが表向きの聖杯戦争の内容とされている。
だが、それはあくまで必要な『儀式』の為に外部の魔術師を呼び寄せる事に過ぎなかった。その儀式とは、魔術師の到達点とも言える『根源』へと至るまでの『孔』を穿つ為、英霊を生贄とする事だ。
英霊を一度サーヴァントとして召喚し、殺すことで再びその『座』へと戻ろうとする魂を溜めこみ、一気に解放される力を利用して孔を開け、固定させる役目を持つのが『聖杯』であり、そこには無尽蔵の魔力が宿る。それがどんな願いでも叶える事に等しい力を使用者に与える。まさに『願望機』と呼ばれるに相応しい礼装である。
しかし、本来純粋無色であるその力は、第三次聖杯戦争でとあるサーヴァントの脱落した際に汚染され、使用者の願いを『破壊』の形でしか叶えない呪いの杯と化してしまう。
第四次聖杯戦争の終盤でそれを知ったマスターの1人は、この世界に呪われた聖杯が生み出される前に自身のサーヴァントに令呪を用いて破壊を命令。嘆くサーヴァントの宝具で聖杯の破壊には成功するが、その際にあふれ出てしまった呪いの泥が新都を飲み込んでしまい、大災害を齎す結果となってしまった…
あの大災害は聖杯戦争によって起きた。知らされた事実に光太郎は驚くしかなかった。
「その、聖杯戦争がまた始まるというんですか…?」
蔵硯はゆっくりと頷く。地脈を通るマナが蓄積し、サーヴァントや聖杯降霊に十分な魔力が溜まるまで60年の期間が必要だったが、前回の第四次聖杯戦争は明確な勝者がなく、そして現れた聖杯が使用されずに破壊されてしまった為、過去にない短期間での再開となっている。
「なら、止めないと!理由を話せば、マスターとなる人や教会の人たちだって…」
「無駄じゃ。魔術師は自分の目的以外には興味はない。遠坂の当主はともかく、アインツベルンはその力さえ喜んで自らの宿願の糧とするじゃろう。そして教会は…あの者が監視役である限り無理であろう」
「あの者…?」
それは誰なのかと考える光太郎に、蔵硯は口を歪めながら自分の目的を告げる。
「そして儂も魔術師。もう儂自身では叶わん願いを貴様に叶えて貰うとする…」
「…………………………」
「光太郎よ。聖杯戦争へと参加し、全ての元凶たる大聖杯を消滅させてくれ」
「大、聖杯…」
先に述べた聖杯はサーヴァントの魂を留め、根源への孔を固定させる役割を持つに対し、大聖杯はマスターを選定し、サーヴァントという規格外の存在を現界させる聖杯戦争というシステムのマスタープログラムと例えても良い多重刻印式の魔法陣だ。
「大聖杯がある限り、この地での聖杯戦争はいつまでも続く。その度に欲望に駆られた魔術師と、戦いにより無関係の人間が次々と命を落とす。もし聖杯戦争を止められるとしたら、此度以外には、なかろう」
もし大聖杯そのものを破壊することが成功すれば、冬木では二度と聖杯戦争は繰り広げられることはなくなるだろう。
(その大聖杯へ近づくためにも聖杯戦争にマスターとして参加しろということか…だが、俺にそんなことができるのか…?)
大災害を起こした聖杯の力を放っておくことは出来ない。だが、魔術に関しての知識を何一つ持たない自分に、奇跡に近い力を持った聖杯を破壊できる程の力を持っているのだろうか…
「自信を持て。お主なら出来るはずじゃ」
「お爺さん…」
「…と、励ますだけならいくらでも出来る。正直に言えば、お主に任せることは博打に近い」
「…その状態でも持ち上げて落とすなんて、流石です」
徐々に体が崩壊しながらも皮肉を口にする蔵硯に光太郎は溜息を付く。気持ちを切り替え、蔵硯の言った『博打』の具体的な内容を聞き出そうとするが、なんとなく、祖父の言わんとすることが理解できた。
「…なるほど。確かに、大博打だ。何せついさっき『使えるようになった』ものですし」
「…すまんな。お主には死んでもらうことになるかもしれん」
蔵硯は静かに目を閉じて自分の腹部に触れる光太郎へ詫びた。
「…魔術に関して不安を覚えるようであれば、腕の立つキャスターが召喚される事を祈ることじな。運が良ければ、より確実に大聖杯の分析が可能となるじゃろう」
「そうでなければ、協力を頼みますよ。マスターへの説得も考えると骨が折れそうですが」
「方法は、貴様に任せる…」
光太郎は頷いた。自分に託された『聖杯戦争の終焉』という願いを実現させるために。
「…分かりました。その為に、聖杯戦争に参加します」
「ならば、その手をだせ」
こうして光太郎は蔵硯により令呪を託されたのだった。
「…以上が、聖杯に関して俺達が有している情報全てだ」
言葉を閉めた光太郎は、家を訪ねてきた3人の顔を見る。比較的冷静である凛は汗を斯きながらも口を押えて考えている様子だが、士郎とセイバーの聖杯の正体への動揺が隠しきれない。
特に、セイバーは先程から青い顔をしている。
「質問は、あるかい?」
「では…」
光太郎の言葉に反応したのはセイバーだ。最悪の返答を覚悟しながらも、確認したいことが彼女にはある。
「…コウタロウの説明で聖杯がどのような状態にあるかは解りました。ですが、もし、今の聖杯へ願った場合は…」
「説明した通り、願いは『破壊』という結果でしか叶えられない事になっている。例えば、ビルゲニアが創世王となると願ったとしよう」
セイバーは自分と剣を交えた敵の姿を思い浮かべる。彼もまた、王という存在に運命を踊ろされた1人だった。
「恐らく、聖杯はビルゲニアが創世王となる為に俺のような邪魔な存在。逆らい、敵対する存在。自分を認めない存在。それを全て殺し、ビルゲニアを王とする世界を創る。そこにはもう、誰一人存在しないだろうね」
「それは矛盾している!民がいてこその国のはず!逆らう者を殺し、王しかいない国など、国ではありません!」
「聖杯にその判断はできない。あるのは願った者の望みを歪めた形で実行するという機能だけだ」
「………」
光太郎の説明を受けたセイバーは項垂れてしまう。もし、今の聖杯に『自分の望み』を託したのなら…想像するだけで吐き気が催してきた。彼女の様子を見たライダーは隣に座る光太郎へ一端話を区切ることを提案する。
「コウタロウ。一度話を区切って。お茶を入れ直してもいいでしょうか?」
「…そうだね。俺も一度部屋に戻るよ」
「…………」
立ち上がった光太郎はリビングの外へと向かう。その後ろ姿を見ていた慎二は光太郎が出ていくのを確認すると、キッチンへ向かう桜とライダーへ呼びかけた。
「光太郎の分は今入れなくていい。あと30分は戻ってこないから」
「…そうですね。わかりました」
慎二の言う事を理解できたのか、桜は光太郎のカップを下げ、落ち込むセイバーをフォローする士郎と凛。その姿を溜め息をついて見ているキャスターのお茶を用意する。
「あの…コウタロウが戻らないとはどういうことですが?」
桜の隣でお茶を入れる準備を手伝うライダーは桜に尋ねた。
「…光太郎兄さんって、戦い以外で怒ることは滅多にないんです」
言われてみればゴルゴムに対しては怒りは隠さない光太郎だが、ライダーが間桐の家で過ごし始めてから、怒った姿は見た事がない。
「確かにコウタロウが怒るが珍しい。しかし、それと何の関係が…」
ライダーの質問に、桜はティーカップに出来立ての紅茶を注ぐ手を止めて答えた。
「さっきのお話の時、光太郎兄さんはみんなに気付かれないように怒ったのを隠したんです。でないと…」
そこは、かつて蟲倉と呼ばれていた場所。現在では慎二と桜の訓練場と化しており、あちこちに魔法陣や攻撃魔術の的となったものが焦げ付いて辺りに転がっている。
その暗闇の中で、光太郎は顔を押さえながら震えていた。
「我慢…出来るようになったのは良いけど、流石に耐える時間が長かった…かな…?」
ゆっくりと手を離すと、光太郎の顔に手術後のような傷跡が多く浮かび上がり、赤く光っていた。
これは光太郎が改造手術を行った後の名残であり、感情…主に怒りが高ぶってしまうと浮かび上がってしまうのだ。改造された直後、ゴルゴムから逃亡を続けていた光太郎は、秋月家と両親を奪ったゴルゴムへの怒りが収まらず、傷が顔に浮かんでいる状態が続いていた。やがて冬木にたどり着き、間桐家の一員になってから感情高ぶることはなかったが、すでに自分がどのような存在か知る
家族以外に自分の傷跡を見られることを恐れた光太郎は、感情が高まっても傷跡を浮かせないようにする訓練も行っていた。強引に昔を思い出し、浮かびそうになった傷跡を隠す。
繰り返すことで怒りの感情が高ぶっても平常でいられる成功するが、完全ではなく傷跡を見せなかった分、後から傷跡がよりくっきりと浮かぶだけでなく、傷が痛みだしてしまうという結果となってしまった。
痛みに耐えながらも光太郎は士郎の話にあった宿敵の行動が許せず、拳を壁に叩き付けた。
「信彦…お前は、そこまで落ちてしまったのか…?」
シャドームーンが攫ったマスターである少女…イリヤスフィールが体内に宿している聖杯が狙いなのは理解できる。だが、それでも光太郎は聖杯を奪うために本来はゴルゴムと関係のない少女を連れ去った彼の行いが我慢できなかったのだ。
「もし、彼女に危害を加えるようならば、俺は…」
拳を強く握りしめる光太郎。彼の顔には、痛々しい傷跡がまだはっきりとした形で浮かんいた。
そこはゴルゴムの秘密基地内にある一室だった。ゴルゴムに忠誠を誓い、出入りが許された人間が過ごす為に作れた為が一線を画す内装となっている。いうならば高級ホテルの一室のような場所だ。その部屋に設置されているベットにイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは眠っていた。
定期的に呼吸をしながら夢を見ている少女の傍らに、世紀王シャドームーンは立っていた。眠る少女の顔にゆっくりと手を伸ばすと、目にかかっている前髪を優しく指で払いのけた。
「…………何をしているのだ。私は」
イリヤから手を放しながら自問するシャドームーンは、眼下で眠っている少女を見る。頭に浮かぶのは、改造される前に家族として過ごしていた別の少女。どうやら重ねて見てしまったようだった。
「ん…ここは?」
「目が覚めたか」
「あ、貴方ッ!?」
眠りから覚めたイリヤは飛び起きる。自分のサーヴァントであるバーサーカーを倒した存在がここにいるということは少なくても自分の住む城ではない。ベットが飛び降りて距離を置くと全身の魔術回路を解放。魔術で攻撃をしかけようとするが、シャドームーンが指を鳴らすだけでそれは消滅した。
「あ…」
「無駄な事をするな。バーサーカーすら叶わなかった私に、お前のような小娘が勝てると思ったか?」
「…………」
言い返せないイリヤはシャドームーンを睨むことしか出来なかった。シャドームーンは気にも止めず、踵を返して部屋が出て行こうとする。
「この扉を一歩出れば怪人どもの巣窟だ。命が惜しければ、大人しくしているのだな」
「どうかしら?私の持っている聖杯が目当てなら、どの道命はないと思うけど?」
唯一の反攻として笑いながらの強がりを見せるイリヤに、シャドームーンは物ともせず答えた。
「貴様がゴルゴムに忠誠を誓うというならば、命を失わずに聖杯を取り出すことも可能だ。先の短い命も、永遠にする事もな…」
「え…?」
シャドームーンはそれ以上一言も話さず、部屋を後にした。
「生き…られる?」
決められ、受け入れていた自分の運命を覆る言葉が、イリヤを揺らし始めていた。
顔の傷跡に関しては21話に触れていたりします。
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