それでは、46話です!
間桐光太郎が席を外し、セイバーの気分転換と彼女を引き連れて外を見渡せるテラスへと移動した衛宮士郎、遠坂凛、間桐桜とライダー。そして客間に残った2人は――
「…じゃあ、大聖杯自体の解体は可能なのか?」
「そうね。人間の手によって組まれたものなら解くこともまた人間によって、という所よ」
間桐慎二の質問に答えたキャスターは彼の祖父…間桐蔵硯の残した情報を元に作成した資料をパラパラと捲っていく。聖杯戦争というシステムを構造についてもちろんだが、その内容をこと細かに纏めた少年に感心した。術式の読解力、関連していると考え挙げられた他系統の魔術、そして魔力なしにどう対応すればいいかの考案…ここまでの知識を身に付け、情報を得るには並大抵の努力では足りないだろう。
「…魔術回路を持たないことが本当に惜しいわね」
「なにそれ?皮肉?」
「好きに捉えればいいわ」
キャスターの言葉に目を吊り上げる慎二を余所に、彼女は光太郎が提案した『最悪の状況』に陥った際の対策に難色を示していた。とても正気の沙汰とは思えないからだ。
「…君のお兄さんが考えることが、まるで分からないわ。赤の他人の為に戦い、敵に手を伸ばし、挙句の果てがこんな自殺行為なんて…はっきり言って、異常ね」
「その辺は同意する」
「あら、さっきのお嬢さんから言われた時のように、怒ると思ったのだけど?」
横目で慎二を見るキャスターはからかうように笑っている。表情には出さなかったが、凛が光太郎をゴルゴムと同一視していた事に、表情に出さなかったものの怒りを抱いていたことに気付いていたらしい。流石は年の功…と言おうとしたが命の危険を察し、テラスに移動した友人たちの姿を見ながらキャスターに答えた。
「…他人の為に命を張る。言葉だけなら立派なもんだけど、そんなもの普通の人間の思考なら絶対に出来ない。けど、光太郎にとっては、当然なんだよ」
「当然…?余計分からないわね。何故そうまでして―――」
「『もう、元の身体は戻らないからね』…あいつ、笑いながら言いやがったんだ」
キャスターは自分の声を遮って放たれた慎二の、いや、光太郎の言葉に目を丸くする。ますます分からない。先程の話で光太郎が過酷な過去を持っていることは理解できた。だが、それが彼が誰かの為に戦う理由となるのだろうか…
「…身内の前で笑いながら自虐しているなんて、随分器の知れたことするのね」
「最後まで聞けよ。当然、僕だって聞いた時はふざけるなって言った。光太郎は―――」
その言葉は、今もはっきりと覚えている。義兄の、確かな決意の言葉だった。
―――うん、慎二君が怒鳴るのも当然だよ。本当なら、笑いながら言う事じゃないよね。
―――だから、そんなふざけた事を言える奴は、俺で最後にしたいんだ。
―――ゴルゴムや、人の命を何とも思わない連中なんかの為に奪われて、悲しむのは、『俺達』で終わりにする。
―――そのためなら、俺は命を懸けて戦う。
―――この力も、誰かを守れるなら、迷いなく全力で使えるからね。
―――…ちょっとは、『仮面ライダー』らしくなったかな?
「最後の最後で、余計は一言だったけどさ」
曇りのない、真っ直ぐな瞳で告げられた義兄の戦う理由。慎二は耳にした時、反論しようにも、言葉が浮かばなかった。
「……………」
慎二の話を黙って聞いていたキャスターは思った。
ああ、本当にどこまでも愚かしく、優しすぎる男なのだろう。
望まずとも手に入れた人知を超えた力を復讐や、自らの為に使わず、あくまで『誰か』の為にしか使わない。
そして理解する。今まで遠目から見ていた彼の戦いは、常に誰かの為だった。どのような傷を受けようが、痛みを感じようが、自分を捨てて戦える。
だからこそ疑問に感じる。それを、キャスターは聞かずにいられなかった。
「…ねぇ、彼は…そんな道を選んで、なぜ平然と笑っていられるの?」
自分と同盟を組んでからというものの、彼の笑った顔以外は見た事がない。義弟や義妹、自らのサーヴァントと平穏を楽しむ一般人。聖杯戦争のマスターであり、仮面ライダーに変身することを知らなければ誰しも思う彼の姿だ。
それ故に彼の姿と、彼の意思は反しているとしか、キャスターには思えなかったからだ。彼女の質問に答える慎二の表情は、先ほどより暗い。
「愚問だね…平然としていられるわけないだろ?」
元より光太郎は好戦的な性格ではない。ランサーやアサシンのように、戦いを楽しむことなど、彼には出来なかった。変身するようになった前など、養父が目の前で死んだショックでかすり傷程度にすら見向きも出来なかった男だ。そんな光太郎が、喜んで戦っているはずがない。それでも、光太郎は戦う道を選んだ。そして戦いを終える度に、消滅していく怪人を見つめる仮面の下でどのような表情をしているかは、慎二には安易に想像できた。
「だから笑ってんだよ。こっちを心配させないように、戦かわない時は『人』でいられるように…」
「…彼は、幸せなの?」
「……………」
「そんな、無理矢理自分を納得させての戦いが終わった時、幸せになれるの?」
思わず聞いてしまったキャスターは自分でも驚く。
あくまで利害が一致して彼等の元へ下っただけだ。それに聖杯戦争が終わればこの世界から消え、彼の行く末など分かるはずがない。なのに、なぜ彼の今後が気になってしまうのか?
…重ねてしまったのだろうか?
神話の時代。利用され、裏切り者の烙印を押された自分と、世紀王の適合体というだけで改造されてしまった光太郎と。平穏に暮らすことなどもはや許されない存在と成り果てたことに…
「…そんなこと、僕にだって分かんないよ」
「…そう」
期待してしまったのかも知れない。彼の身内であるのなら、慰めでも彼は幸せであるという回答が返ってくると、キャスターは柄にもなく思ってしまった。だが、慎二の言葉は続いていた。
「ただ…」
「…?」
「もし、幸せになる権利ってのがあるなら…あいつは人の100倍は幸せになるべきだ。じゃなきゃ、割に合わない」
そう言って、キッチンの方へと歩いて行った。どうやら喉が渇いたのか、冷蔵庫から冷たいお茶を取り出している。
(…そう考えてもらえる人間が近くにいるだけで、彼は幸せかもしれないわね)
キャスターは最愛の人間が使用している部屋の方へと目を向ける。
(総一郎様…私のような者にも、あるのでしょうか…?)
間桐家の2階にあるテラス。
手すりに手をかけ、俯くセイバーはゆっくりと口を開く。
「…キリツグは、正しかったのですね」
「セイバー…」
セイバーの呟いた人物の名を聞き、士郎は養父の姿を思い出す。
衛宮切嗣
衛宮士郎を養子として引き取り、第四次聖杯戦争ではセイバーのマスターだった魔術師。
恒久的平和を求め、聖杯戦争に参加した彼は、目の前に現れた聖杯に対し、セイバーに宝具を持ってして破壊を命じた。切嗣と契約したセイバーに取って、彼が令呪を使ってまでの命令は、裏切りに等しい行為であった。しかし、光太郎達から聞いた聖杯の正体を知った今、その対処も頷けた。
「…あの時、聖杯には魔力が満たされ、目の前に現れたアーチャーを倒して、一刻も早く聖杯に手を伸ばそうとしていました」
考えるだけでもゾッとする。もし、アーチャー…ギルガメッシュが現れず、切嗣が令呪を使用しなければ、自分は願っていたのかもしれない。最悪、彼女のいた時代ではなく、現代の国でどのような
厄災が起こっていたか、分からない。
手すりを強く握るセイバーに、背後に立つ桜が呼びかけた。
「…セイバーさん。貴方が聖杯に願おうとしたのは」
「王の選定のやり直し…です。私が王でいることが、滅びへの道だったのなら―――」
「それは…正しいんでしょうか?」
静かに振り返るセイバーは、真っ直ぐ自分を見据えている桜を見た。
「しかしサクラ。私には、そうするしか祖国を救う手立てが…」
「ごめんなさい。私の言うことは、セイバーさんの願いを否定してしまうかもしれません。…それは、歴史を変えてしまうということなんですよね」
「…ッ!?」
桜の言葉にセイバーは目を見開いた。10年前、自分の抱いた願いを笑い、否定した2人の王。全く同じ事を言われているのだ。セイバーの様子がおかしいと判断した凛は仲裁に入ろうとするが、士郎に止められる。
ここは桜に任せてみよう。
対峙するように向き合うセイバーと桜を交互に見ながら、渋々と引き下がる凛。
「私にもあります。もし過去を変えられたら、今と違った生活があったかも知れないって。そう…何度も」
過去に交わした盟約により、遠坂の家を離れることになった桜は、間桐家の養子となるまでの間にそんな約束なくなっちゃえと何度考えたか分からない。大好きな両親と姉と、離れなければならない約束なんて、昔からなければと。
「けど、最近思えるようになったんです。変えられないから、『今まで』があるんじゃないかなって」
「『今まで』が…?」
復唱したセイバーに桜はコクリと頷いた。
「セイバーさんがいた時代で、どのような辛いことがあったかは、私にはわかりません。けど、それだけではなかったでしょう?」
「…勿論、です」
敵国を退けた時の兵達と民草の笑顔。信頼を置けた騎士達と過ごした時間。自分から人々が離れていく前に見た夢のような、今となっては掛け替えのない記憶だ。
「セイバーさんは、それすらも消してしまいたいんですか?」
「私は…」
直ぐに回答は出せなかった。無論、本来なら自分さえ選定の剣を抜かなければ滅びの道を歩むことは無かったと断言が出来たはずだった。しかし、桜の言葉を受け、王としての勤めに全力を尽くしていた際の達成感と安らぎを得た時間を今、脳裏に過ぎってしまった。
「…こう言ってくれた人がいました。『過去は変えたり、忘れるものじゃない。背負って乗り越えるものだ』って」
以前、自分が思ったことをそれとなく義兄に尋ねた事があった。
―――俺の場合、忘れられないという方が正しいかもしれないけどね。
―――だから俺は昔を決して否定しないし、忘れない。辛いことも、楽しいことも全部含めて、今があるから。
―――過去があるからこそ、そんな今と、そして未来を守る為に戦えるんだ。
―――それに、過去をやり直して桜ちゃんや慎二君との思い出を、無かったことにしたくないしさ。
、
笑顔で答えた光太郎が桜に伝えたかったことを、彼女はセイバーへと告げた。
「私のように、何も背負っていない人間が言う事ではないかも知れません。セイバーさんが、聖杯戦争に参加する理由を否定するかも知れません。けど、聞いて下さい」
「サクラ…」
「セイバーさん。過去を否定しないで下さい。受け入れて…前に進みましょう」
桜の言葉を聞いたセイバーに返事はない。だがその直後、振り返ったセイバーは手すりを足場にしてその場から跳躍。民家の屋根を飛び跳ねていき、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「…先輩、ごめんなさい。私…」
「いいんだ桜。今のセイバーには、考える時間も必要だ」
頭を下げる桜を宥める士郎の様子を見ながら、凛は溜息を付いた。
「あのセイバーに正面からあそこまで言えるなんて…ほんと、立派に育ったもんだわ」
「そうですね…リン、それでは私はセイバーを追います」
「お願いねライダー。そっとしておきたいけど、今では1人にさせておくべきじゃないわ」
小声で会話を終えたライダーは霊体化し、セイバーの後を追う。ゴルゴムが聖杯を利用しようというのなら、サーヴァントの単独行動は恰好の的である。飛び出したセイバーには悪いが、彼女が気にしない範囲でライダーが控えていた方がいいだろう。この件は光太郎に後ほど説明すればいい。
しかし、凛の予想を超える事態が起ころうとしていた。
テラスの下から唸るバイクのエンジン音。一同が急いで下を見れば、ヘルメットを被った光太郎がバイクを急発進させていたのだ。
「光太郎兄さん…どうして?」
「桜っ!光太郎はッ!?」
階段を駆け上がってきた慎二が大声で義兄の行方を尋ねる。只ことでない様子に士郎が代わりに答えた。
「光太郎さんなら、さっきバイクで外に…」
「何だって…?察したとでもいうのかよ」
「間桐君、話が見えないんだけど、説明してくれる?」
凛の疑問に慎二は無言で携帯電話を操作する。液晶パネルにテレビの臨時ニュースを映し出し、士郎達に向けて突き出した。
『!?』
それは、新都で怪人の大群が暴れているという内容だった。
UCなどで本来は士郎の役目であったセイバーに過去改変の否定を言い伝えるポジションを桜が勤めました。
義兄に影響され、性格は変わりませんがメンタルは強くなっています。
そして、ついに表舞台にゴルゴムが…
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