ではこじつけの57話です
「コトミネ…キレイ…」
低下した聴覚、視覚を『強化』の魔術で補ったイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは倒れた自分を見下ろす聖職者の名を口にする。
なぜ、聖杯戦争の監督者であるこの男がここにいるのか…
「…最もな疑問だろう。人間である私が、なぜこの場にいるのか」
「…っ」
余程顔に出ていたのだろうか。綺礼はイリヤの考えを口にし、さらにその疑問にも応じ始めた。
「理由は簡単だ。ゴルゴムに聖杯の情報を教えたのは私だからだ」
「な、んですって…?」
「そちらとしても一番理解しやすい構図だろう?君がこの秘密基地に連れ去られたのは原因は、私の密告によるものだと」
両手を後で組んだ綺礼は室内を歩き始めた。密室の中で異様に響く彼の靴音を耳にしながらも、イリヤは唇を噛みしめて今にも失いそうな意識を保ちながら綺礼を睨む。そんなイリヤの表情を見て、込み上げてくる感情を抑えながら、聖職者は説明続ける。
第五次聖杯戦争最期のマスター、衛宮士郎へ聖杯戦争に関しての説明を終えた直後の事だった。
教会付近で異様な気配を感じ取った綺礼は、聖堂教会から派遣された監査役がゴルゴムのコウモリ怪人と接触している姿を発見。コウモリ怪人が去った直後に監視役を拘束、拷問にかけて全てを吐かせたのであった。
拷問の末に息をしなくなった監査役から聞き出した話を整理し、綺礼が得られた情報を再確認する。
接触していた怪人はゴルゴムという組織に属している。
ライダーのマスターである間桐光太郎はゴルゴムと敵対している。
ゴルゴムは聖杯に関する情報を集めている。
噂では聞いていた怪人騒ぎにまさか間桐の人間が関わっていたとは思いもしなかった綺礼だったが、聖杯戦争に参加の表明に来訪した彼が魔術師でもないのに妙に『血』の匂いを放っていることに納得し、得られた情報をどう生かすか考え始める。
この時、彼の中でゴルゴムを介入させずに聖杯戦争を進めるという考えは微塵も浮かんではいなかった。
やがて機会は巡り、定期報告に姿を見せたコウモリ怪人に接触し、自ら聖杯に関しての情報を開示した綺礼はゴルゴムの秘密基地へと赴いたのだ。
「じゃあ…彼が、私の城に現れたのは…」
「無論、私が君の中にある聖杯がある事を伝えたからだ」
床に頭を擦らせながらも、イリヤはカプセルで眠り続ける世紀王へと視線を移しながら抱いた疑問を綺礼は歩みを止めずに答える。
綺礼のあっさりとした言い分に若干のイラつきを抱きながらももイリヤは納得した。前回の聖杯戦争の生き残りであり、監査役でもある彼ならば聖杯の器をアインツベルンであるイリヤが内包していることを周知しているのは当然と言える。
シャドームーンの口ぶりからして、ゴルゴムがアインツベルンの情報を徹底的に調べ上げられたのも、綺礼からの情報を糸口に行えたに違いない。
「…秘匿すべきことを更々と話すなんて、マナーがなってないわね…」
「その点に関しては全く持って同意する。もしこれが聖堂教会も勿論だが魔術教会に知られた日には、明日を生きてはいないだろう」
笑いながらも自虐する神父には、口で言う程の危機感がまるで感じられない。イリヤには、この男は今ある状況すら楽しんでいるように思えてしまった。
「さて、前置きが長くなってしまったが、今君が陥っている状況に関してだが…それは君が一番理解しているはずだね」
「…私の中に、英霊の魂が…」
イリヤの回答に綺礼は笑いながら頷く。
今回の聖杯戦争の『小聖杯』として造られたイリヤは脱落したサーヴァントの魂を取り込むにつれて、徐々に人間としての機能を失っていく運命にあったが、イリヤには解せなかった。
聖杯である自分が第3者であるゴルゴムに誘拐されるなど前代未聞の事態であり、生き残っているマスターやサーヴァントは争っている場合ではないはず。だというのに同時に幾つもの魂がイリヤの中へと流れ込んでくるということは、全世界が危機に瀕している状況で戦いを続けているのであろうか…?
そんなイリヤの抱いた予測とは全く別の結論が、神父の口から放たれた。
「君の中には間違いなくサーヴァントの魂が捧らえている。しかし、君の知るサーヴァントのものではない」
「なに…それ…?」
イリヤには綺礼の言う事が理解できなかった。いや、認めようとしなかった。言峰綺礼とゴルゴムの取った行動を。
「聖杯の予備システム…こう言えば納得するだろう?」
「…っ!?」
最も知りたくなかった事実にイリヤは目を見開き、身体の不調を忘れて叫ぶように綺礼に問いかけた。
「ありえないわッ!?そもそも予備システムが働くには…」
「サーヴァント全ての意思が統一されてしまった場合…か?」
大聖杯は7騎のサーヴァントが一つの勢力として統一され、サーヴァント同士の殺し合いがなされない場合に備えて、新たに7騎のサーヴァントを追加で召喚させる為のシステムが組み込まれていた。だが、代償として冬木にある地脈の力を枯渇させるリスクがあり、そうなってしまえば人間の住む土地として『死』を迎えることと同意義であるのだ。
「君は知らぬだろうが…いや、サーヴァント達にも自覚しているかどうかすら危ういだろう。自分達の意思がある一つの事で統一されていることが」
「どういう…ことよ?」
「なに、何時いかなる時代であっても、思考を持つ者の意識を一つにさせることなど、いとも簡単に行えるものだ。今回の事も、『あの者』が動いたことでようやく成しえたものだからな」
綺礼の遠回しの説明にイリヤは思考を巡らせる。この男が言う通りに聖杯の予備システムが稼働したのなら、サーヴァント全てが徒党を組むが、同じ考えに至らなければならない。
だが、ライダーのマスターである間桐光太郎や衛宮士郎、遠坂凛達が手を組むのは分かるが、単独行動を行っているランサー、そしてまだ生存しているバーサーカーが意思を通わせるなど考えられない。頭を捻るイリヤの頭に、綺礼の話した『意識を一つにさせる簡単は方法』を思いついた。
「まさか…貴方、その為に私を…」
「その通り。だからこそ、わざわざバーサーカーを倒し、君を拉致したという結果を知らしめる為にそこで眠る世紀王に進言したのだからね」
カプセルの前に到達した綺礼は動く気配のないシャドームーンを見下ろしながら口元を歪める。
「そう…『聖杯を強奪したゴルゴムに敵意を向ける』至極簡単で、明確に意思を統一できる理由だ」
以前より敵対していた光太郎と彼のサーヴァントであるライダーは聖杯戦争以前よりゴルゴムとの戦いで、敵対する意思はすでにあった。
新都でのゴルゴムの宣戦布告でセイバー、ランサー、キャスター、アサシンは聖杯の力を利用するという言葉を聞き、光太郎達と共闘、ゴルゴムを敵として認識した。
そしてアインツベルンの城での戦いでバーサーカーは打倒されたものの、自分のマスターを誘拐したシャドームーンを…ゴルゴムを敵意以外抱くはずがない。
さらに加えれば、イリヤと綺礼が顔を合わせる数十分前にイレギュラーであるサーヴァント、ギルガメッシュもゴルゴムに対して完全な敵対行動を起こしていた。
まさか気分屋の『あの者』…ギルガメッシュまでが行動に移すとは予想してなかった綺礼であったが、これでこの冬木で生存が認識されている『7騎』のサーヴァントが同じ意思の基、行動を移すことになる。だからこそ、大聖杯に追加のサーヴァントを召喚させる事が可能となったのだ。
「それじゃあ…新しいサーヴァントを…けど、マスターや聖遺物は…」
「そこまでの準備はさすがに…と言いたいところだが、ゴルゴムという想像以上に大きい組織のようでな。私も驚いた。聖遺物どころか、マスターまで準備が出来ていたのだがらな」
綺礼の立てた案を聞いたダロムは二日という短期間で聖遺物を。そして第五次聖杯戦争の存在を知り、参加しそこなった魔術師を誘拐。洗脳することで強引にマスターへ仕立てあげる事に成功する。
「じゃ、じゃあ…新しく召喚したサーヴァント同士で戦いを…」
「いや、そのような時間は惜しいのでね…召喚した直後、マスター達に令呪で命令させている」
「自害しろとね」
綺礼は新たなサーヴァントの召喚に立ち会っていない。それ故に、どのようなサーヴァントが召喚され、どのような最期だったかは綺礼は知らないし、興味もなかった。
「ああ、ちなみにマスターに関してはそのまま怪人用の素体となることになっているようだ。魔術師をベースに造る機会は、それほど多くはないようそうでね。私としても用済みなので、処理する手間が省けたわけだ」
余計な情報まで話してくる神父にイリヤは戦慄した。この男をここまで動く理由は、一体なんなのだろう。自ら属する組織にすら反してまで、人類の敵に与してまで何を成し遂げようとしているのだろう。イリヤの考えは、さらに増えた英霊の魂によって
より薄らいでいく
「あ…ぐ」
「ふむ…自我の強さか、対魔力が強いのか、抵抗がまだ続いているようだが時間の問題だろう。時期に、聖杯は現れる」
呼吸すらままならないイリヤは、自分が抱き上げられていることすら気付けない。だが、このまま意識が途切れる前にどうしても確認しなければならないことがあった。
「あなたは…聖杯で…何を、するつもり…なの?」
「………………………」
先程まで饒舌であった綺礼は押し黙る。しばし時間がたち、イリヤの質問へと答えたのは、彼女の意思が完全に途切れた時であった。
「特にどうするという訳ではない。ただ、その誕生を祝福する…それだけだ」
綺礼は踵を返し、イリヤを連れて部屋を後にする。意識を失ったイリヤはぶつぶつと寝言を呟いているようだったが、綺礼にとっては、既にどうでもいいものだった。
「シロウ…シャドー…ムーン」
イリヤの放った言葉に反応したかは定かではない。だが、ほんの一瞬、眠り続けているシャドームーンのキングストーンが、僅からながら光を放っていた。
「聖杯が…生まれた?」
「はい…」
戦いを終えた光太郎へライダーが伝えた内容に、光太郎は遅かったかと自分の掌を拳で打つ。だが、ここで後悔していても始まらない。一刻も早く、冬木に戻らなければいけないとバトルホッパーとロードセクターのいる場所に向かおうとするが…
「ライダー…」
「……………………」
振り返った光太郎の目に映ったのは、シャドームーンとの決闘以前と同様、自分の袖を掴んでいるライダーの姿だった。それに前回と違い、俯いているためか表情も見えない。
「慎二君、桜ちゃん。悪いけど…」
「ああ、先にいってるよ」
「待ってますね、兄さん」
光太郎が最後まで言われるまでなく、慎二と桜は義兄とパートナーを残して、海岸付近の駐車スペースに置いてきたため不機嫌になっているだろう2台の元へと駆けていった。
既に周囲に人気がいなくなったことを確認した光太郎は、微笑みながら尋ねた。今にも泣くのを我慢している自らのサーヴァントに。
「…今日は、いつになく泣き虫だね?」
「そんなこと…ありません。ただ、色々と突然過ぎただけです」
未だに顔を上げないまま答えるライダー。胸を貫かれ、確実に死んだと思っていた光太郎が生き返り、喜ぶのもつかの間。ついに恐れていた事態…聖杯が発動してしまった。聖杯を宿したイリヤがゴルゴムの手に落ちた時からある程度予想を
立てていた事態ではあった。
だが、そうなった場合に彼が起こそうとする事にライダーは最後まで反対していた。キャスターの見立てでも成功率は低く、例え成功しても光太郎が生きて帰る可能性はゼロでしかないと断言している。
それでも、光太郎は止まらないのはライダーは分かっている。分かっているはずなのに、こうして彼を引き留めて、少しでも共有できる時間を伸ばそうとしていた。
「…いろいろと、約束を破ってきてごめん。決闘だって絶対に勝つって言ったのにこの様だしね」
「…いいんです。貴方が生きているだけで、私は―――」
ようやく顔を上げようとしたライダーの頭を、光太郎は優しく触れる。彼の手から伝わる温もりに、段々と落ち着きを取り戻したライダーはゆっくりと掴んでいた袖を手放した。
「すみません。また、迷惑を…」
「そんなことないよ。それに、いつも迷惑をかけているのは、こっちなんだからさ」
光太郎も手を離し、互いの視線をしばし交わした後、どちらかともなく身体を重ね、抱擁する。
「迷惑だったら、いくらでもーかけてください。もう…なれてしまいました」
「そう言われると…逆にかけずらくなるな…。けど、心配だけにするように、頑張るよ」
「君には心配させても、悲しませることは、絶対にしない」
それは、この先絶対に死なないと遠回しな宣言でもあった。
「だから…行かせてくれ。いや、一緒に、来てくれ」
「今更…断ると思っているんですか?」
身体を離した両者の顔は、赤らめながらも満面の笑みを浮かべている。
伝えたいことは、まだある。しかし、今はそれよりも先に成すべきことを優先させなければならない時だ。全てが終わったその時に…
「行こう、ライダーッ!!」
「はいッ!」
一方、冬木に出現した聖杯の気配に感づいたギルガメッシュは光太郎達と別行動を取り、クジラ怪人の案内でゴルゴムの秘密基地へと乗り込んでいた。
「…もぬけの殻、か」
案内人であるクジラ怪人が慌てるほど、ゴルゴムの基地内は変わり果てていた。否、変わったのではなく、本来あったはずの基地そのものが2人のいる場所に存在していなかったのだ
クジラ怪人の知る秘密通路を通り、一定の場所からまるごとなくなったかのように削られた床と壁。その光景を見たギルガメッシュはある結論へとたどり着いた。
「基地ごと別の場所へ転移…ならば、場所も決まっているな」
『王の財宝』を展開したギルガメッシュはそこから1台のサイドカー付きのバイクを召喚。自らハンドルを握り、クジラ怪人がサイドカーに搭乗することを確認すると、消え失せようとする自ら所有する宝物庫の奥にあるものを見つめる。
「そろそろ使い時かもしれんな」
エンジンに火を付けた英雄王は通った通路を逆走。ゴルゴムが転移した場所…冬木市の柳洞寺を目指した。
英雄王のバイクコレクションには、光太郎もテンションを上げて拝見していたり…
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