では、5話です
バトルホッパーが光太郎の援護に向かった後、桜とライダーは改めてお茶を再開した。
「で、光太郎兄さんが砂糖と塩を間違えて慎二兄さんが知らずに飲んだ時は…」
日常で起きた事を楽しそうに話す桜にライダーは相槌を打ちながら、この場にいないマスター
の人物像、能力を整理していた。
間桐 光太郎 21歳
冬木の隣町にある大学で経済学を専攻
趣味:バイクツーリング 一度出かけると中々戻らないため弟に鉄砲玉と例えられる。
特技:肉料理 それ以外の料理の成功率は5割を超えない。
人当りがよく、周囲からの評判も良いが、一定の距離を保っている。
万能の願望機たる『聖杯』を手にするために7人の魔術師が英霊と契約し、一人になるまで殺しあう『聖杯戦争』に参戦し、ライダークラスのサーヴァントを召喚したマスター。
しかし、サーヴァントであるライダーにとっても光太郎という存在は『異質』であった。
その姓こそは聖杯戦争というシステムを作り上げた『始まりの御三家』の一つであり、魔術の名門たる『間桐』の名であるが、光太郎は魔術が使えない。知識を持ち合わせていないどころか、魔術師にとってはその証たる魔術回路すらその身体に刻まれていないのだ。
しかし光太郎にはそのマスターとしての欠点を補うに余りある力を持っている。
その一つが光太郎の体内に宿る『キングストーン』と呼ばれる秘石だ。
光太郎自身に魔力を生成する力はないため、キングストーンの力を手の甲に刻まれた『令呪』を通して魔力に変換し、ライダーへ供給し現界させている。本来はサーヴァントへの3度までの絶対命令権に過ぎない痕を変換機のような役割を加えたのは命呪の『基礎を作り上げた本人』によって施されたのだろう。
そして仮面ライダーBLACKへの変身能力。
身体能力は変身前の数十倍向上し、腹部にあるベルトからは様々な特殊効果をもたらす光を発することが可能。
特にその光で強化された蹴りは怪人を一撃で葬り去る威力を誇る。
純粋な格闘戦であれば並の魔術師はもちろん、英霊であるライダーすら敵うか分からない。
光太郎が変身後に使用するバイクは2台あり、1台は先程光太郎の元へ向かった自我を持つバイク『バトルホッパー』。戦闘以外はガレージにて待機しているが間桐兄妹と言葉は言えずともコミュニケーションを交わしている。
そしてもう1台は―――
「あの、ライダーさん?」
「あ、はい」
見ると、桜は心配そうにライダーを見つめていた。
「…ごめんなさい。私、夢中になってお話が一方的に」
「いえ、私も考えて事をしていただけですから、桜が謝罪する必要はありません」
「あ、だったらこちらこそ邪魔をして…お茶、入れ直してきますね」
どこか気まずくなった桜は花の模様が描かれているポットをトレイに乗せ、席を離れた。
失敗した、とライダーはとっくに冷めている紅茶を口にする。サーヴァントに過ぎない自分へ厚意を持って接している事にライダーは嬉しく思う反面、複雑だった。
日頃、彼女は霊体化して間桐家でマスターである光太郎と慎二、桜の生活を眺めている。
光太郎がからかい、慎二が激昂し、桜がオロオロしながらも仲裁に入る、ありふれた日常。
それはライダーからすれば微笑ましく、彼女が望んでも二度と手にすることが出来ない世界だった。
だからだろうか。光太郎の異形な姿を知りながらも家族として接する二人と常に時間を過ごさず、顔も知らない他人を助けるために家を空け、怪人の討伐に向かう事にライダーは納得ができなかった。苛立ちすら覚えていたかもしれない。
「お待たせしました!今度は葉を変えてみたんですけど…」
「サクラは」
「はい?」
「サクラは…怖くないのですか?」
質問の意図が解らない桜はトレイを持ったまま首を傾げてしまうが、ライダーは構わず
質問を続けた。
「私のマスター…貴女の兄は、いつ死ぬか分からない戦いを続けています。いえ、それだけでなく、私というサーヴァントを召喚して聖杯戦争という人間同士の殺し合いも始めようとしている」
ライダーは畳み掛けるように聖杯戦争についても尋ねた。
聖杯戦争中はいつ、身内を狙われてもおかしくない状況だ。それでも彼らの傍から離れ、変わらず怪人と戦い続ける光太郎に対して怒りのようなものも感じていたのかも知れない。
いつしか彼の戦いを、ライダーは『私闘』と呼んでしまっていた。
「…召喚されてからまだ私は彼から聖杯への『望む』願いを聞いていない。もしかしたら『望み』自体を抱かず聖杯戦争へ参加しているかもしれません」
だとすれば光太郎は参加するべきではなかった。その力を赤の他人ではなく、家族だけを守るために使うべきなのだ。この話を聞いて、桜が不安に思い、それを聞いた光太郎が家族を優先するようになってくれればとライダーは考えたが…
「優しいんですね…ライダーさん」
「?」
何故か兄ではなくライダーに対しての反応だった。
「私が…ですか?」
「はい!だって、そうして私や慎二兄さん、光太郎兄さんのことを気遣ってくれてるんですから」
笑いなが席に着いた桜はカップに入れ直した紅茶を注ぎながら答えた。
「私も本当は光太郎兄さんに戦って欲しくありません。聖杯戦争にも…参加して欲しくなかった」
でも、と入れ直した紅茶をライダーに差し出した桜。
「信じてるんです。どんなことがあっても、光太郎兄さんは絶対にこの家に帰ってきてくれるって。根拠はないんですけど…ね?」
苦笑しながら話した桜の言葉は本当に根拠のないものだった。しかし、ライダーは思い知ってしまった。
この兄妹の絆は、自分が口出しがなくとも強固なものだった。桜は光太郎を信じているように、同様に慎二も普段口悪くても彼を信頼しているのだろう。
そして光太郎も2人の気持ちに応えるために、怪人たちとの戦いでも生き抜き、戻ってくる。そして桜達に危機が訪れたのなら命を懸けて救うはずだ。
ならば…サーヴァントである自分に出来ることは…
「ならば…私も微力ながら力になります。貴女達の長兄は…この戦いが終わるまで私が死守し、貴方達の元へ帰すことを誓いましょう」
聖杯戦争が終われば、この身は消滅する。ならば、聖杯戦争が終わるまでは勝者とならなくてもマスターと家族だけは自分が守らなければと考えたライダーだったが
「何を言ってるんですか!ライダーさんもですよ?」
「は?」
桜の言葉に面食らったライダーは思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「桜はサーヴァントがどのような存在かはご存じでしょう?いずれ私は…」
桜の意図が理解できないライダーは自分の近い将来を改めて説明するつもりであったが…
「もう!弱気な発言禁止ですよライダーさん!!」
プンプンという擬音が似合うように怒っている桜はピシッとライダーを指さす。
「確かに聖杯戦争が終わるとライダーさんは帰ってしまうかもしれませんけど…それまでの間はライダーさんだって家族なんですからね?兄さんと一緒に帰ってこなきゃ駄目です!」
後頭部に光太郎の必殺技を受けたような気分だった。
桜は、自分を、なんと言ったのか。
「サクラ…貴女は、何を言って」
自分でも震えているのが分かる。サーヴァントである自分を。かつて、掛け替えのない存在をその手にかけてしまった『化け物』に過ぎない自分を、桜は家族と呼んだ。
「何度でも言いますよ。ライダーさんはあの日から私たちの家族なんです。兄さんも言ってましたよね?」
そう言われ思い出した。自分を召喚した光太郎は食事中の慎二と桜の所まで連れ出し、こう言った。
『今日から暫くこの家の一員となったサーヴァントのライダーだ。二人とも、仲よくしてくれ!』
直後、二人は手にした食器を床に落とし、しばし固まっていた。
今考えてみれば、あの時点で光太郎は能力など抜きにして異質なマスターであった。
「これはもうマスターの意思なんですから、逆らえませんよ」
ニッコリと笑うサクラに唖然としたライダーだったが、観念したように肩を落とすと…
「…どうやら私の負けのようです。わかりました。では、改めて誓いましょう。私はライダーのサーヴァントの名に懸けてこの戦い、マスターと共に貴女達の待つこの家へ必ず戻りましょう」
ライダーは桜へ初めて優しい微笑みを見せ、決意を新たにするのであった。
「そういえばサクラ」
「はい?」
「マスターは私を家族のように接してくれるよう発案したのに、何故私と顔を中々合わさないのでしょう?」
無論、最初は光太郎の意図が分からずそっけない態度を取っていた自分にも原因はあるのであろうが、それにしても光太郎は極力ライダーと顔を合わせないようにしていたように思えた。
ライダーの質問にキョトンとした桜だったが、次第に笑いがこみ上げてきた。
「サクラ…?」
「う、うん…ライダーさん、兄さんはね」
笑いを堪える桜の出した答えは健全な男性ならば、仕方のないものだったのかも知れない。
「光太郎兄さんって…昔から美人に弱いんです」
「…………………」
笑えばいいのか、呆れたらいいのか判別のつかない回答だった。
「喜べば…良いのでしょうか」
「そうですね…女性であれば嬉しいことなんですけど。あっ!」
声を上げた桜はライダーに提案を持ちかける。
「じゃあ、今までライダーさんをモヤモヤさせた仕返しをしちゃいましょう」
「…どのような?」
「簡単なことです!」
仕返しについては少し乗り気であるライダーへ桜は満面な笑みで答えた。
「兄さんをマスターではなく、名前で呼んでみてください。きっとビックリしますよ?」
それから1時間後、バイクがガレージへ入庫する音が彼女らの耳に届いた。
普段と逆な立場となったライダーさんと桜さんでした。
さて、今後ライダーがこの話を逆手にとって光太郎にイタズラするかは考え中です。
ご意見、ご感想お待ちしております。