真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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序章
南陽城陥落


               

 

  『偽帝袁術討つべし』

 

 

 中華全土に向け、皇帝から直々に勅命が下った。同時に、かの偽帝を討つべく宮中から軍が派遣される。

 この戦には丞相・曹孟徳みずからが出陣し、総勢25万の常備軍の内、実に15万もの軍が動員されていた。正に、漢王朝の威光と存亡を賭けた戦いとも言える。

 

 彼らの目的はただ一つ。漢帝国からの独立を宣言した偽帝・袁術の抹殺と、彼女の建国した“仲帝国”を滅亡させることだった。

 

 

 

 それから半年後、仲帝国における偽帝袁術の第二の拠点・南陽城。そこでは、対立する二つの勢力によって辛うじて保たれていた均衡が崩れつつあった。

 

 その片方、今にも城を飲み込まんとする勢いの軍勢は曹操軍である。

 もう片方、まさに現在進行形で崩壊しつつある軍勢を袁術軍という。

 

 単純な数からいえば、袁術軍は曹操軍を上回っている。遠目には大群が少人数に追いかけ回されるというシュールな光景。だが、その中身は肉食獣に追われる草食動物と同じであった。

 

 要するに、袁術軍は基本的に「弱い」のである。

 近くでよく見ればその違いがよくわかる。

 

 長い包囲戦にもかかわらず、曹操軍の兵は鉄の規律を維持し続けている。略奪や強姦に走る兵がほとんどいないことが何よりの証拠だ。もちろん、一部の例外はいるものの、そういった面々にはバレたら最後、問答無用の処罰が待っている。

 装備も錬度も万全、連携には無駄がなく士気旺盛、まさしく『覇王』曹孟徳にふさわしい軍勢だ。

 

 一方の袁術軍を表すならば「混沌」、カオスの一言に尽きる。

 長い包囲戦の末に士気は最低、脱走や命令無視を挙げればきりがない。

 

 

 

「逃げるな、戦え!」

 

 後方で士官が兵を抑えようとするも、我先にと逃げ出す兵士たち。その士官もあくまで職務上、率先して逃げるわけにはいかなかったからとりあえず言っているだけで本気で止められるとは思ってすらいない。

 

 その士官は、ふと思った。

 

(なぜ、こんな事に……)

 

 南陽勤務が決まったのはつい半年ほど前の話だ。南陽は仲帝国の第二の都市である。人口と経済規模ならばむしろ首都の寿春より大きいほど。仲の皇帝、袁術のかつての本拠地でもあり、ここに転勤が決まった時はおおいに喜んだものだった。

 

 なにせ安全。三重の城壁に囲まれ、兵士も多数いる。しかも中央の政界からやや遠ざかっているため、首都に比べれば政治に振り回せれることも少ない。

 ここで平穏に家族と暮らし、そこそこ出世して引退しよう、彼がそう思うのも無理はなかった。

 

 しかし―――

 

 

「……どうしてこうなった?」

 

 それがこの状況である。彼に限らず、各所で袁術兵の多くが“こんなはずでは……”と内心、頭を抱えていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「……終わってみると、意外とあっけないものね。」

 

 ぽつり、と漏れたその声の主は曹孟徳、真名を華琳という。覇道を掲げ、天下統一へと突き進む若き英雄である。

 まだ少女と言ってさしつかえない小柄な体格だが、その体から発せられるオーラはまさしく覇王のそれ。豪奢な輝く金髪を髑髏の髪留めで束ね、心の中まで見透かすような透き通った青い瞳からはまぎれも無い覇気が放たれていた。

 

 

「華琳様、市街地および城塞の制圧を完了いたしました!これより、残存部隊の掃討へ移ります!」

 

 報告を告げる将の名は夏侯惇――曹操の従妹であり、魏の重鎮でもある。

 

 

 

「分かったわ。春蘭、掃討はあなたに任せる。袁術軍の残党をすみやかに排除しなさい。」

 

「はっ!」

 

 曹操の言葉に、夏侯惇は頭を下げるとすぐに戦場へと戻って行った。

 

 

 

 その日の夜、落城した南陽城で、曹操はその配下を集め、その労をねぎらっていた。

 

「皆の者、此度の戦、真に大義であった。」

 

 曹操の言葉に、恭しくひざまずく魏の将兵たち。そして彼らに向かい、曹操は高らかに宣言する。

 

 

「今回の勝利は諸君らの健闘あってこその勝利だ。勝利は我々のものとなり、袁術軍は敗走した。もはや偽りの皇帝の前に道は無し!かつて難攻不落とうたわれた南陽城はいまや我が手中にある。もはや彼らに残された道は敗北の坂のみ。」

 

 凛とした表情。見れば誰もが引き込まれる端正な顔から、歌うような声が魏の将兵の耳に響き渡る。続けて彼らの王はその信念を語る。

 

「我が覇道は誰にも阻めはしない!我こそは乱世を静める者。天命は我にあり!諸君らは我と共にこの乱世で舞ってもらおう。この中華を統一するその日まで。」

 

 その口から紡がれるは天より授かりし使命、この戦乱の世を終わらせるという誓い。

 直立不動の姿勢を崩さない魏の将兵たちを見渡し、ふと曹操は満足げに笑みを漏らした。

 

「――しかし、今はまだその日ではない。今日は戦の疲れを癒し、我らの手で掴んだ勝利をかみしめる日だ!

 報酬は後で各自追って通達する。今宵は戦を忘れ、存分に楽しむがよい!」

 

 うぉおおおおっ、と兵士たちから歓喜の声が上がった。

 何しろ南陽は仲帝国の第二の拠点。その上南陽城のある南陽群自体が北の曹操、南の劉表に囲まれている。当然、防備も固い。いくら袁術軍が弱兵とはいえ、その攻略は困難を極めた。

 しかし、それも今日までである。いまや南陽城は魏の手に落ちた。

 

 

「……春蘭、秋蘭、それに桂花。あなた達は残りなさい。今後の予定について伝えなければいけないことがあるから。」

 

 やがて、その他の将兵が退出していき、残った三人に向けて曹操は指示を出す。一般の兵士は戦闘が終わればそれで仕事も終わりだが、指導者層はそうもいかない。褒賞の分配、消耗した軍の再編成に今回の戦闘での被害報告書の作成など、やらねばならない事は山ほどある。

 

「では、まず秋蘭、あなたには消耗した軍の再編成をお願いするわ。戦えそうにない兵士はまとめて本国に移送するように。」

 

「かしこまりました。明日にでもすぐとりかかります。」

 

 夏侯淵の答えに満足した曹操は続いて魏の筆頭軍師、荀彧の方を見やる。。

 

「桂花、あなたには……」

 

 そう、言いかけた時だった。

 

 

 

 「曹操様、本国から緊急の知らせです!」

 

 

 

 一人の兵が息を切らしながら入ってくる。

 

「“袁術の軍勢が許昌に接近中。大至急、増援を。”とのことです!なお、既に袁術軍との交戦が始まり、韓浩、許貢隊は退却中。張遼将軍配下の騎兵隊は消息不明です!」

 

 突然の事態に一瞬、動揺が走る。しかしさすがは天下の曹操軍か、瞬時に思考を切り替え状況を把握しようとする。

 

「……袁術軍の規模は?」

 

 曹操の問いに伝令の兵が返した答えは――

 

 

「“少なくとも10万人以上”だそうです!」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 衰え、実権をほぼ曹操に握られているものの、中華において漢帝国の威光は未だ健在である。各諸侯は事実上は独立しているとはいえ、名目上は全て漢帝国の臣下なのだ。

 が、それに真正面からケンカを売ったのが袁術である。曹操、袁紹と並び、天下を二分する勢いとはいえ、所詮は一諸侯である。それがいきなり、

 

 

「玉璽を手に入れたから妾が皇帝になるのじゃ♪国号は仲がいいかのぉ」

 

 

 みたいな事を平気でのたもうたので周りの大諸侯から反発はくらうわ、一部の地元豪族に反乱を起こされるわで袋叩きに遭っているのが現在の仲帝国の現状である。

 

 ちなみに曹操自身は袁紹との戦いが控えているため、できれば袁術と事を構えたくなかったものの、現在の曹操は丞相、つまりは漢帝国の宰相であり、皇帝たる天子の身柄を保護している。

 

 例を挙げるなら、例えば日本の県知事に勝手に独立を起こされてあまつさえ「自分は天皇と同格だ。」みたいなことを言われて総理大臣が「今は領土問題があるから後にして」などと言えるだろうか?

 もちろん無理に決まっている。そんなことを記者会見でぽろっと漏らしたが最後、国会で不信任案提出は免れず、一ヶ月後ぐらいには新聞に「辞任」の2文字がデカデカと描かれる。

 

 曹操はあくまで丞相であり、名目上は漢帝国の大臣の一人にすぎない。皇帝からしてみれば曹操が丞相になろうが袁紹が丞相になろうが、たいして変わりはない。所詮はただの権力争いだ。

 

 だが、独立は違う。独立とは全く別の国を作るということであり、漢帝国の権威や名声、官位の価値を根本から否定することと同義である。それを見過ごすということは国家指導者の一人として指導力を大いに疑われても仕方がない行為といえよう。

 

 さらに言えば、曹操配下の豪族すべてが曹操に忠誠を誓っているわけではなく、ここで偽帝相手に消極的な姿勢を取ろうものならば、周囲から「曹操は袁術に恐れをなして漢帝国の丞相としての責任と役割を放棄した。」と取られかねない。

 それは曹操の名声の低下、そして「曹操恐れるに足らず」といった空気の形成による反曹操勢力の活性化に繋がりかねないのだ。

 

 ゆえに、やむを得ず袁術討伐を行うことになった。いや、行わざるを得なかったというのが本音だ。

 

 

 

 だが、報告を受けた曹操軍の動きは速かった。曹操は即座に南陽の放棄を決意、全軍で本拠地、許昌へと引き返して行ったのである。

 

 許昌は曹操の本拠地であるとともに董卓の暴政によって荒廃した洛陽に代わる漢帝国の臨時の首都でもある。攻撃を受けたときのショックは絶大だろう。

 より正確には首都が攻撃を受けたことによる実被害よりも、これを曹操の能力不足によるものだと判断し、曹操を侮った連中が反乱を起こす事が考えられる。

 

 そして今すぐ引き返したとしても、距離から考えて恐らく戦には間に合わない。自分が追い付く頃には戦いは終わっているだろう。

 つまり反乱や袁紹を始めとした他の豪族の介入してくる可能性は非常に高い。ゆえに下手に兵力を分散するのはリスクが大きいと判断したのである。

 

 南陽も失うには惜しい地域だが長い攻城戦の末に城としての機能は著しく低下している。中途半端な兵力を残したところで袁術や荊州の劉表が本気になって奪いに来たら持ちこたえられないだろう。

 

 

 ――しかし、と曹操は考える。『敵の数は少なくとも10万人以上』という報告だったがにわかに信じ難い。別に部下の報告を信じていないわけではない。まだ曹操に仕えて日が浅いとはいえ、許昌に残してきた郭嘉や程昱は、信頼するに足る人間だと彼女の人物観察眼は見ていた。

 だが、いまいち腑に落ちないのだ。南陽方面にいた袁術軍の大半は南陽城に立て籠もっていたし、袁術の本拠地、寿春の部隊が移動したという話も聞かない。。仮に何とかして部隊を引き抜いたとして10万もの大軍が気付かれずに進撃するなど不可能だ。しかし詳細を聞く限り、国境には大きな動きはなかったという。

 

 たまたま巡回中だった張遼の配下の騎馬隊が発見し、許昌を始め、付近の駐屯地に伝令を飛ばし、駆けつけてきた韓浩、許貢の2名の将と1万人ほどの兵士と共に時間稼ぎをするために袁術軍に奇襲をかけたのだと言う。

 

 

 

 

 そして現場に辿り着いたとき、そこには凄惨な光景が広がっていた。見渡す限り一面に死体が放置されている。その数、1万人以上。それらはおそらく降伏したと思われる曹操軍の兵士達だ。顔には恐怖と苦悶の表情が刻まれている。まぎれも無い死者への冒涜であり、国を、民を、そして仲間を守ろうとした兵士たちの想いを踏みにじる行為であった。

 

 それを目の当たりにした曹操は珍しく隠そうともせずに、端正な顔に怒りを浮かべ――

 

 

 

 ――るわけが無い。死体の山を見てある者は呆れ顔を浮かべ、ある者は困惑し、ある者は不謹慎にも苦笑いを浮かべていた。なぜなら、死体のほとんどが袁術兵だったからだ。

 

 しかも服装もバラバラ、武器もまるで統一されていない。というより武器をもってるのはまだマシな部類で兵士によっては棍棒やら鍋やらで武装しており、中には石つぶてを握ったまま死んでいる兵もいる。たまに完全武装の兵士の死体も見かけるが、どう見ても曹操軍から鹵獲した物だ。これだけで錬度の低さと規律の無さがうかがい知れるというものだ。

 

 

 

「……桂花、確か袁術軍って『少なくとも10万人以上』だったわよね?」

 

「はい、そういう話……だったような気がします。一応、伝令文の詳細には『我が軍は退却、もしくは後退中』と書かれており、『壊滅』とか『撃破』とは書かれていなかったのでこういう光景も多少は想像していたのですが、……正直、ここまで弱いとは。」

 

 呆れたような曹操の問いに、なんとも微妙な表情で答える荀彧。

 

 あらためて戦場を見渡してみるが、曹操軍の死体や旗はほとんどない。あるのは仲帝国の国号である『仲』の書かれた橙色の旗と、『人民軍』と書かれた赤地の旗だ。とはいえ、実際には旗を用意することすら面倒だったのか赤い布に適当に星印を書いて腕に巻いたり、木の棒に結んであるだけである。

 

「どうやら今回の敵の将は“あの”劉勲のようね。」

 

 地面に無造作に捨てられていた『劉』の旗を見て、曹操一行は互いに顔を見合わせる。

 しかし、その顔に緊張感はあまりない。袁術、張勲に次ぐ仲帝国のNo.3だが、あまりいい噂は聞かない人物だ。有能かと言えばさすがに仲帝国のNo.3なだけあってそこそこ頭も回る人間だが、国の指導者の一人としては力不足感が否めない。『少なくとも十万人以上』の軍勢で、1万そこらの軍に奇襲を受けて1万人以上死者を出していることが何よりの証拠だろう。

 

 

「……南陽で戦った連中も弱かったが、上には上がいるということか。」

 

「姉者、それは『上』というのか?」

 

 夏侯惇と夏侯淵の姉妹も、こっちはこっちで呆れている。正直、ここまで一方的にやられている袁術軍を見るとなんか可哀想になってくる。

 いや、最終的には数押しで何とか勝ったのだろうが、どうみても十分の一に満たない敵を相手にする損害じゃない気がする。というか慌てて駆けつけてきた自分達の努力と苦労はなんだったんだ?と言いたくなるような光景だ。

 

 このような会話は彼女たちだけでなく、曹操軍の至る所で交わされてたという。曰く、「弱いにもほどがあるだろ。」と。

 

 

 

 

 だが、曹操ら一行はそれらの答えを許昌への道の途中で知ることとなる。

 

 許昌への道の途中で袁術軍に占領されている街を奪還したときのことだ。この街はそこそこ大きな街だったので南陽へ遠征する途中で兵士を休ませるために一度立ち寄ったことがある。曹操軍を見かけた途端に袁術軍は逃げだしたため、戦い自体は大したことも無く終わった。そのため、曹操は急な進軍で休息を欲していた兵のためにしばらくここで休憩をとることにした。

 しかし、曹操達はどこか街の様子に違和感を感じていた。特に荒らされた痕跡も無いのに何かが変わっているのだ。しかし、肝心の『何』が変わっているのかが分からない。それだけに、底知れぬ不気味な印象を受けた。

 

 その何とも言えない沈みかけた空気を変えるため、声を上げたのは夏侯惇だった。

 

 

「相変わらず張り合いのない相手だったな、秋蘭。やつら、本当にあれでも兵士か?青州の黄巾賊のほうがまだ骨のある連中だった。」

 

 どことなく欲求不満気味の夏侯惇である。南陽攻城戦の時からまともな戦いをしていないのだ。南陽城ではこちらがどんなに挑発しようが袁術軍は城から一歩も出ようとはしなかった。挑発に乗るような馬鹿ではなかった、という見方もできるが、ぶっちゃけただ単に臆病なだけだろう。城門さえ突破すればいやでも戦いになるだろう、と考え、夏侯惇は耐えてきたが、結局敵は逃げ回るばかりで戦う気合のある兵はほとんどいなかった。

 

「まぁ、今回は逃げられるだけまだよかったのではないか?袁術軍のことだから下手に追いつめて逃げられないようにしてしまうと最悪、街の民衆を人質に取りかねん。」

 

 妹の夏侯淵が姉を宥めに入る。とはいえ、彼女とて一人の武人だ。姉の言うことも分からなくはない。一応、冷静な意見を述べてはいるものの、本音を言えば欲求不満なのは自分も同じだ。

 

「む、むう、確かに人質をとられるよりはこっちの方がよかったのかもしれないが……。」

 

「それに本来、勝てない戦にわざわざ命をかけることもあるまい。そういった困難な戦いほど燃えてくるようなもの好きは姉者を含めほんの一部の武人だけだ。おそらく袁術軍にはそのような者はいないだろう。」

 

「はっはっは!そうだろう、その通り!困難な戦いほど燃えてくるのが武人というものだ!よくいった秋蘭!」

 

 なんだか誉めてるのか馬鹿にしてるのかよくわからない妹の言葉に得意になる夏侯惇。

(まったく、これだから猪は……)

「脳筋」と評して差し支えない同僚を内心で馬鹿にしながら荀彧は彼女の主君を見上げる。

(華琳様に勝てるだなんて、とんだ思い上がりよ!)

 自らの仕えるべき主君の能力を荀彧は微塵も疑っていなかった。

 

「華琳様、今回は特に戦いにもなりませんでしたし、このまま許昌へ向かいましょう。時間がありません。」

 

 このまま軍を進めようと主張する荀彧。しかし、曹操は先ほどから街を見つめたまま、言葉を発しない。

 

「華琳様……?」

 

 不動の姿勢を崩さない主君に夏侯淵が声をかける。やがて、曹操は街を見つめたまま、先ほどから感じていた違和感について語る。

 

「あなたたち、この街を見て何か変わったと感じることはない?」

 

「……」

 

 この街に入った時から薄々感じていた違和感。しかし、それが何なのかがわからない。それゆえ、誰もその正体について言及しようとしなかったこと。曹操はその核心について問いを投げかけた。

 

 虐殺の形跡も無い。放火らしき跡も見られない。頭巾をかぶった中年のおばさんたちが、曹操軍相手に果物や、ヒマワリの種、塩漬け豚などを売ろうと声をかけている。酒場では曹操軍の兵士達も町の人と一緒に酒瓶を片手に談笑している。話の内容も、故郷に残してきた家族の話や自分の隊の上官の愚痴、戦場での武勇伝など様々だ。街の人々は来た時と同じように、この乱世でたくましく生きているように感じられた。しかし、街の人の表情にどこか陰があるようなのは気のせいなのだろうか。

 

 

 

「……あっ」

 

 皆の頭の中で浮かんでいた疑問をかき消すように突然、荀彧が声を上げた。

 

「どうしたの、桂花?」

 

 曹操の問いに荀彧が、ぎこちないながらも答える。

 

「華琳様、その……なんというか、若い人が少なくないですか?……ひょっとして袁術軍の『兵』って……」

 

「まさか、我らの……」

 

 頭の中で、すべてのパズルのピースが組み合わさった瞬間だった。

 

            




はじめまして、ヨシフおじさんと申します。にじファン閉鎖に伴いこちらでお世話になっています。乏しい文才ですが、暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです。よろしくお願い致します。

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