真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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袁紹VS公孫賛、ついに決着――。


101話:最果ての地で

 

 自分たちの居場所を求めていた。数多の煌びやかな英雄たちが輝く乱世において、そうでない普通の人々が普通に暮らせる居場所が欲しかった。

 

 英雄たちの引き起こす栄光ある勝利と死から置き去りにされた者たちが、豊かでないにせよ平和に過ごせる日々……公孫伯珪が求めたのはただ、それだけだった。

 

 

 

「あと少しでその夢に、手が届くと思ったのだがな……」

 

 

 

 中華の遥か北の果て、最後に残された拠点である易京城にて公孫賛はひとりごちる。己の運命を受け入れたような声だったが、そこに一抹の寂しさが浮かんでいるのを趙雲は見逃さなかった。

 

 

 数万の大軍勢、巨万の富、先祖代々の悲願の実現、中央からの独立、貴族の圧政からの開放………南方の英雄たちが目指した夢は、そのどれもが素晴らしい英雄譚だった。色あせた漢王朝の旗を引きずりおろし、自らの手で未来を切り開かんとする英雄たちの活躍は多くの民衆にも夢と希望を与え、我もまたそれに続かんと時代に変革を要求している。

 

 

「しかし私はどうやら、その波に乗り遅れてしまったようだ」

 

 

 時代の行く末を見誤ったのか、あるいは時代を乗り切るだけの手腕が無かったのか、もしくはその両方か。公孫賛の掠れた声が、抜け殻のように響く。

 

 

「僭越ながら……主は大陸の誰よりも領民を愛し、その生活と領地の安定のために尽力を尽くした者と存じます」

 

 

 趙雲の声に曇りは無い。本当に心の底からそう思っているのだ。

 

 

 救世救民に私財を投げうち、大陸の最果てである幽州の地にいくつもの市場を作り上げた。公孫賛がいたからこそ、軍隊・貴族・農民の3者がバランスを保ちながら平和共存できた。他にも―――。

 

 

 続けて口を開こうとする趙雲に、公孫賛は首を横に振った。

 

 

「だとしたら……そのせいで私は負けるのだ」

 

「ッ………!」

 

 

 反董卓連合が解散してから「二袁の争い」が始まるまでの間、中華の各地に散らばる諸侯たちは全く違う道を歩んだ。

 

 

 民や貴族の生活を犠牲にしても多額の税を絞って軍を鍛え続けた曹操――。

 

 民と軍を犠牲にし、ひたすら商人と貴族を保護して金儲けに邁進した袁術――。

 

 

 対して、公孫賛はそのどれをも行わなかった。強いて言えば対立が起こらぬよう、ひたすら妥協と説得を重ねて争いの火種の消化に努め、平和共存の道を模索し続けた。バランスがとれているといえば聞こえはいいが、裏を返せば全てが中途半端ということ。

 

 

 その意味では袁紹もまた、曹操ほど軍事に偏らず、袁術ほど金儲けに偏らなかった半端者といえるが、彼女の場合は元々の勢力に余裕があった。長短のないバランス型というのは、実力以上の力を発揮することは出来ないが、かといって足元をすくわれる事も無い。公孫賛のような弱小諸侯においては器用貧乏にしかならないが、袁紹のような大諸侯であれば隙が無いという事になる。

 

 

 既に易京の戦いが始まって1年以上が経過しており、その意味では10倍以上の兵力を誇る袁紹軍に対して公孫賛軍はひたすら防戦に徹し、よく持ちこたえていたといえよう。

 

 だが、逆にいえばそれだけだ。罠に引っかかって一気に落城ようなミスを犯すことは無いが、事態を打開して逆転できるような秘策や爆発力があるわけでもない。

 

 時間が経つにつれて、次第に両軍の国力の差は明らかになっていく。豊富な兵力と潤沢な資金力によって絶え間ない攻撃を繰り返してくる袁紹軍に対し、公孫賛軍は確実に消耗していった。

 

 公孫賛の立て籠もる易京城は、難攻不落の名城だった。彼女はここに十重の壕を持ち、壕ごとに土壁を築いた。ここに300万石を備蓄し、中央にそびえる天守からきめ細かく指示を飛ばして戦線の崩壊を防いだ。

 

 もし相手が袁紹でさえなければ、彼女はこの城に籠城することで敵を退却に追い込めたかもしれない。だが、彼女の相手は名門袁家の正統な当主たる袁本初であった。それが公孫賛の運の突きだった。

 

 

 数か月前から、袁紹軍は城の真下まで坑道を掘り、そで坑道の柱に火を放って焼き捨てるという戦法を使って地道に城攻めを続けていた。地味といえば地味な戦法だが、確実に十重の城壁をひとつひとつ、味方に大した損害を与えることなく攻略している。

 

 通常であれば数年がかりになろうという大工事であるが、袁紹はその物量にモノを言わせてたったの半年で易京城を覆う十の重の城壁を瓦礫へと戻していた。決して焦ることなく、優雅に堂々と、数と物量の優位を活かして、一歩一歩確実に息の根を止めにかかってくる袁紹軍――――そして公孫賛にはもう、それに抵抗するだけの兵力は残っていない………。

 

 長きにわたって外敵の侵入を防ぎ続けてきた易京城が、ついに最期の時を迎えようとしていた。

 

 

 

「昨日の夜、袁紹から降伏勧告が届いた」

 

 

 公孫賛が重苦しい声を吐き出し、一枚の手紙を差し出す。無駄に豪奢な装飾が施され、一級品の蝋で封がされたそれを見るだけで両軍の差が伺えるというものだ。

 

「降伏すれば命はとらない。地位と領地も相応のものを与える、だそうだ……」

 

 随分と寛大な条件である。それほどまでに余裕があるという事なのだろう。もはや自分ごときでは脅威にすらならない、との高笑いが聞こえてくるようであった。

 

 

 かつて華北の覇権を巡って激しく争った事が嘘のように、この数年間で大きな差が両軍の間には開いていた。趙雲の武勇や易京城の十重の城壁を以てしても覆しようのない、それほどまでに絶望的な戦力と国力の差だ。

 

 

「しかし、まだ南方には曹操と袁術がおります! 外交交渉の成果次第では、敵の目を南に反らす事も可能でしょう。希望を捨てては……!」

 

 

「曹操と袁術は既に、新しい幽州牧の擁立に動いているそうだ」

 

 

 疲れ果てた苦悶の呻きが公孫賛の口から漏れ、趙雲が息を呑む音が聞こえた。曹操と袁術にとっても、自分たちはとっくに“滅びた”と見なされているということだ。

 

 裏切られた、あるいは見捨てられたという憤り以上に、もはやその程度の扱いなのだという虚ろさが、この場により一層の閉塞感を生み出す。

 

 

 

 

「星……お前には感謝している。星がいたからこそ、今日まで戦ってこられた」

 

 

 

 それは公孫賛の本心だった。趙雲のおかげで公孫賛軍は見違えるほど強くなった。反董卓連合の時に比べれば、兵も将も遥かに鍛え上げられている。

 

 

 だが逆に言えば、それでもなお覆しようの無いほどの差が、袁紹の黄金の軍勢との間には開いているということだ。

 

 

「そして、星の忠誠心にも感謝している。こんな状態の私に、よくぞ最後まで付き従ってくれた」

 

「まだまだ、これからです………最後などと」

 

 主の境遇に、趙雲も思わず言葉に詰まる。今や、この場には公孫賛と趙雲の二人しかいない。その他の将や貴族は皆、彼女を見限って袁紹軍に下って行った。

 

 

「いいや、これで最後だ。星、私は君の武勇をここで終わらせることを望まない」

 

 

 はっきりとした声で公孫賛が告げる。平凡な将である自分にはもったいないほど、趙雲の武勇は輝いていた。それを使いこなすことが出来なかった事は残念だが、だからこそ彼女の伝説をこんな場所で終わらせてはいけないと強く思う。

 

 

 

「最後の命令だ―――趙雲子龍、ここから逃げてくれ。そしてその力を、力なき民のために振るってくれ」

 

 

 

 長い沈黙が続いた。二人ともしばらく口を開かず、互いの目を見つめていた。

 

 ややあって趙雲がゆっくりと口を開く。体の奥底から絞り出すような声だった。

 

 

「……かしこまりました、我が主よ」

 

 

 ちらり、と主を伺う趙雲だったが、公孫賛は口をつぐんだままでいる。次の主は自分で決めよ、という意味なのだろう。あるいは主を決めず、気ままに生きるのも全て趙雲の自由、という事だ。

 

 

「最後に公孫伯珪に仕えたこと、そして幽州で過ごした日々は我が人生の宝であるとお伝えいたします。今まで本当に、お世話になりました……」

 

 

 最後に一礼すると、趙雲は静かに去っていった。その後ろ姿を見送り、公孫賛もまた立ち上がる。彼女にはまだ、最後にやらねばならない仕事があった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おーっほっほっほっほ!! 無様ですわね、白蓮さん」

 

 

 

 瓦礫の山となった易京城に、袁紹の尊大な声が響く。彼女の前には公孫賛とその一族の子女、および最後まで仕えてくれた使用人たちが膝をついていた。

 

 

「さぁ、そこに平伏しなさい! 漢帝国随一の名門たる袁家に逆らったこと、そしてこの私の覇道をまる1年も遅らせたことを心から謝罪なさい!」

 

 

 傲慢極まりない袁紹の言葉―――だが、そこにかつてのような大言壮語の色は残っていない。その自信は空虚な先祖の七光りではなく、彼女の背後に控える10万以上の大軍勢に裏付けされた確かなものだった。

 

 

 日が昇ると、黄金の鎧を身にまとう袁紹軍は、眩い陽光を反射してあたかももう一つの太陽のように燦燦と輝いた。その中心にいる袁紹の声には、言葉では言い表せぬ王者の風格がある。

 

 

「なにを惚けているのです? ひょっとして、この私のあまりの眩しさに今さら恐れおののいているのかしら?」

 

 

 

「いや実際眩しいしな、この金ピカ鎧」

 

「文ちゃん静かにしてて。いま珍しくイイ感じにキマッてるんだから」

 

 

 傍らでごにょごにょと口を挟む側近二人のツッコミすらも、自信たっぷりな袁紹の余裕を揺るがすには至らない。その表情には、僅かな揺らぎも不安も感じられない。

 

 

(完敗だ……)

 

 

 公孫賛は己の敗北を受け入れた。兵力差や国力差といった理屈ではなく、心の底から今の袁紹には勝てないのだと、自分でも驚くほど納得ができた。

 

 

 彼女、袁紹はもはや裸の王様ではない。その溢れんばかりの自信も反董卓連合戦の頃のような、生まれからくる実体のない虚栄に支えられているのではない。

 

 今や彼女の膨れ上がった尊大な自尊心は、中華随一の圧倒的な兵力と財力に支えられた本物だ。

 

 

 己こそが最も豊かで、己こそが最も強い……その自信は嘘偽りのない袁紹の本心で、周囲に何と言われようと愚直なまでに信じて行動を続けた結果、彼女はそれを現実にしてしまった。

 

 

 名実ともに、中華で最強の諸侯―――――それが今の袁本初だった。

 

 

 

「降伏、する………」

 

 

 ついに公孫賛が膝を屈すると、袁紹軍から凄まじい歓声が沸き上がった。数万の将兵が、己が付き従う王者の完全なる勝利を讃えている。

 

 

(っ………!)

 

 

 数年前に失った権威そして権力を、公孫賛は改めて思い知らされた。袁紹の部下の中には、かつての同盟相手や自分の下にいた元部下も多く含まれている。見知った顔もいくつかあった。

 自分はその全てを奪われ、対する袁紹はその全てを手に入れたのだ。

 

 

 

「おーーっほっほっほっほ! よろしいですわ! よく言えました、白蓮さん!」

 

 

 

 袁紹は勝利に酔いしれて大きな高笑いをした後、今度は穏やかな声で公孫賛に話しかける。

 

 

「袁家は寛大です。そしてこのわたくし、袁本初は慈悲深いのです。白蓮さん、愚かにもこの私に逆らった貴女の罪を許しましょう」

 

 

 袁紹の言葉は恐ろしく傲慢だったが、公孫賛を見るその瞳はどこまでも真摯で澄み切っていた。

 彼女は敗者に恥をかかせようとしているのでも、打算で帰順を促しているのでも無い。本心から、公孫賛に思ったままの言葉を伝えている。今の袁紹には、敗者に慈悲の心を示すほどの余裕すらあった。

 

 

「この戦は通過点に過ぎません。貴女の未来はまだまだこれからですわ。貴女もまた、このわたくしの作る新しい世界に必要な人材なのですから」

 

 

「本初、お前……」

 

 

 そうか、と公孫賛は改めて納得した。

 

 

 なぜ自分が袁紹に勝てなかったのか。簡単な事だ。袁紹は自分より遥か先の未来を見ている。

 どうやって袁紹から自分の領地を守るかで精一杯だった自分と違って、彼女は戦乱の世の先に訪れるであろう新しい中華をも視野に入れているのだ。

 

 

 これが覇者の風格、王者の余裕というものだろうか。

 

 

 気づけば、公孫賛は自然と袁紹の前に膝をついていた。あまりにも大きな格の違いを見せ付けられ、自分でも驚くほど素直に彼女の勝利に心の底から納得することが出来る。かつて「白馬長史」とも称された公孫賛にそうさせるだけのオーラを、今の袁紹は身に纏っていた。

 

 

 そんな公孫賛の様子に満足したように袁紹は頷くと、袁家に伝わる剣をゆっくりと鞘から引き抜く。黄金の剣が天に向かって突き立てられると、大軍勢の歓声がぴたりと止む。皆が王者の言葉を待っているのだ。

 

 

 

 

「南へ!!!」

 

 

 

 

 たった一言、袁紹はそう叫んだ。

 

 

 それが何を意味するかは明白だ。

 

 曹操を打ち破り、袁術を撃ち倒し、今度こそ中華に覇を唱える。

 

 

 

 ついにその時が来たのだ。

 

 

 

 

「「「「南へ!!!」」」」

 

 

 

 

 軍の中から歓声が巻き起こる。彼らにあるのは、目先の勝利と、その先にある栄光のみ。

 

 袁紹は飽きたらず再び黄金剣を突き出し、南の方向を指し示す。

 

 

 

「南へ!!!」

 

 

 

 袁紹がそう叫ぶと、再び雷のような大合唱が巻き起こる。それは袁紹から放たれる王者の威厳がもたらす、新しい変革の光であった。

    




 あっさりと袁紹に滅ぼされた公孫賛。作中ではあまり易京城の戦いの描写もないですが、まぁ籠城戦ですし公孫賛ですし普通に戦って普通に粘って普通に負けた感じです(雑な途中経過の解説)



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