真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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 「よし。公共事業をやろう……政策名は、『五ヵ年計画』だ!」
 


第二章・混沌の大地
10話:五ヵ年計画


  

                           

 孫堅の死から数ヶ月後、劉勲は人事局長に就任。袁家の事務全般に深く関わるようになっていた。この急な出世の背景には、荊州介入の失敗がある。責任追及で更迭された袁家幹部は全体の2割以上に及び、急きょその穴埋めが必要となったからだ。

 

 それ以来、南陽群は以前に比べて大きく変わった。

 まず劉勲らは腐敗を一掃し、犯罪と不正蓄財の摘発を進めてそれを民へと還元、産業の活性化を図った。格差を是正するために累進課税を導入するとともに、全体的な税率を引き下げ、貧困の撲滅にも力を入れた。結果、当初の予想を上回る経済成長を達成して目覚ましい発展を遂げた――

 

 

 

 

 

 ――わけがない。

 

 

 

 むしろ全くの逆で、劉勲は全くと言って良いほど政府政策や社会問題には手をつけなかった。

 

 外交的には劉表と和解した後は特に朝廷などに働きかけるでもなく、かといって積極的に他の諸侯とも同盟を結ぼうとしない。経済力をちらつかせて常に一定の距離を保った状態で、他の諸侯が脅威を覚えるほど強権的に振舞うでもなく、侮られるほど下手に出るでもない状態。

 

 経済でも基本的に域内関税の撤廃を含む規制緩和ぐらいしか行わず、「成功も失敗も個人の問題」として完全に放置したのだ。

 

 

 とはいえ、経済や各地の情勢に明るい劉勲の発言は、しばしば政策決定にも大きな影響を及ぼしている。

 彼女によれば“政府の能力には限界があり、下手に行政が介入するより、市場に任せた方が最適な資源配分が可能になる”という話である。

 そのうえ劉勲は、天子の商いへの介入を卑しい事としてその排除を主張する儒家を利用して、それを正当化。袁家では次々に規制緩和が行われ、中華でも有数の自由放任主義政策がとられていた。

 

 そもそも劉勲の主な支持基盤は、都市の金満貴族や大商人であり、彼らの意向を無視する事は自殺行為に等しい。それゆえ『自由な経済活動』を掲げた商人達に流されるまま、規制緩和を行うよう人民委員会に働きかけざるを得なかった。

 

 

 それらの政策は、貨幣経済ならびに商品経済を活性化させ、南陽群の経済規模は年々拡大。更に袁家は溢れ返る資金力で各地の諸侯へ投資を行い、徐々に自身の経済圏に組み込んでいった。南陽郡は『中華の銀行』として力を貯えてゆき、ある種のバブル状態にあったと言っても良いだろう。

 

 しかしながら、問題が無かった訳では無い。というより、むしろ問題の方が目立っていたと主張する者もいる。商業資本を重視したと言えば聞こえは良いが、裏を返せば商人と結託して利益を貪るということ。商人と役人の距離が縮まれば、それはそのまま癒着と腐敗の温床となる。

 商人から多額の 寄付 (・ ・)を受け取る者も後を絶たず、それを裁判所に訴えたところで―― 金で裁判員を買収→証拠を隠ぺい→証拠不十分→疑わしきは罰せず→無罪放免 ――といった形でほとんど相手にされないのが現状だ。

 

 また、内政に関しても初期の劉勲は地方豪族を敵に回す事を恐れ、彼らの人気を取る為に地方分権化を推進。『小さな政府』路線を推し進め、徹底的に不干渉主義を貫いていた。

 

 

 結果、南陽群は次のように揶揄されることになる。

 

 ・政府…君臨すれども統治せず

 ・議会…会議は踊る。されど進まず

 ・司法…疑わしきは罰せず

 ・外交…栄光ある孤立

 ・内政…有益なる怠慢

 

 要するに、何もしちゃいない。

 

 自由放任どころか、ただ仕事サボっている様にしか見えない。「政府の方針」とかじゃなくて「政府の存在そのもの」に疑問が持たれる有様である。

 

 しかしながら、すでに豊富な資金力を手にした南陽商人達は、各地に多額の貸し付けや投資を行い、莫大な利益を挙げていた。彼らのもたらす富は南陽群全体を活性化させ、経済は順調に成長していた。

 

 そのため、ほっといても好景気なら自らが介入する必要がない、と劉勲は考えていた。というか下手に口出しして、失敗した時に自身の評判が低下することを恐れた。

 “テメェの評判なんざ、これ以上下がりようがねぇだろうが。”とは紀霊の評だが、そこは気にしない方向で。

 

 

 尤も劉勲は、政策決定にあまり口出ししなかったというだけで、権力拡大には熱心だった。書類上は人事部の総括だけだが、実際にはその権限を生かして各部署に自分の息のかかった人間を送りこみ、権力の拡大を図っている。

 しかしながら実際には権力不足によって、リスクの高い政策論争などは避けざるを得なかったというのが本音だろう。

 

 

 

 

 一方でそんな劉勲と対照的に内政に力を入れたのが、魯粛と孫権、そして楊弘である。

 孫呉内部では“まずは軍の再建に力を注ぐべきだ”と武闘派を中心に反対があったものの、孫権は“今現在、国内が荒れている時こそ、民の支持を得る絶好の機会です。”という理由を掲げて武闘派を説得して回った。

 

 孫策と周瑜は、以前にも増して精力的に仕事をこなし始めた孫権に僅かに疑問を抱くも、それを追求することは無かった。未だ孫堅の死の影響は大きく、一刻も早く孫呉が健在であることを内外に示さなければならなかったからである。

 

 孫策達も仕事に忙殺され、孫権の変化も悪い方向へ向かうものでは無かったために、とりあえず“袁術が油断するまでは、おとなしく従っているふりをする。感づかれないよう、今まで通りに業務を続行するように”との決定がなされた。その後は積極的に賊を討伐するなどして、孫呉は着実に名声を高めていったのである。

 

  

 魯粛は魯粛で民政や土地開発に携わり、道路や運河を建設するなどして物流関係を整えた。石材で舗装され、南陽群全体に網の目状に張り巡らされた街道は商人のみならず、軍隊の迅速な移動をも可能にする効果があった。

 

 

 また、改革派から楊弘という文官が公務員の大幅増員を実行していた。その狙いは2つあり、一つは失業対策、もう一つは地方豪族に対する反乱防止措置だった。

 

 南陽群の太守は袁術であるが、袁家が実際に治めている領地はそこまで大きくない。その実態はせいぜい『南陽郡最大の豪族』程度で、地方豪族は依然として高い自主性を保っている。一応、地方公務員を地方に派遣することで曲がりなりにも監督しているが、反乱の危険は常に付きまとっていた。

 

 故に先の戦争における孫堅の裏切りは大きなショックを与え、袁家首脳部は地方豪族が裏切らないよう、新たな対策を取ることに迫られていた。

 当初は豪族の力を奪うために「嫡子のいない豪族は取り潰す」などの強硬策も検討されたものの、下手をすればむしろ反乱を助長してしまう。そのため、楊弘の提案でもっと穏健な案――地方公務員の数を増やして豪族を取りこむ――が採用されたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 みなさん、こんにちは。劉勲です。

 なんだかこういうのも久々な気がしますが、気にせずに行こうと思います。

 唐突ですが、今回は南陽の変化とそれに対する改革の話をしたいと考えています。

 

 

 ともかく、魯粛が街道を整備したおかげで物流の流れが良くなり、カネ・モノ・ヒトが集まるようにはなったんですが新たな問題も。

 

 そう、格差と難民、失業に犯罪です。

 

 自由化路線を推し進めた結果として生じた「勝者」と「敗者」の格差が、ここに来てより明確になっています。ですが、格差を是正するシステムが存在しないため、金持ちはさらに金持ちに、貧乏人はその日その日を生き延びるのに精一杯で、長期的な視野で計画を立てられず、より貧しくなっていくという見事な悪循環が。

 ……といっても、法的には規制が存在せず、生まれで差別されることはだいぶ減ったので、他の地域よりは成り上がりのチャンスは多いんですけどね。逆にいえば、落ちぶれる可能性も高いですけど。

 

 

 で、景気の良い南陽群に他の州から難民が大挙して押し寄せ、南陽周辺には瞬く間にスラム街が。

 

 治安の悪化に加え、貧富の差が増大。

 困窮した難民の一部が身売りして奴隷となったために、安い労働力を確保した資本家の大土地所有が拡大し、中小自作農民が没落して街には失業者が溢れ返る羽目に。おまけに移動の自由化によって、豊かな地域への流入が発生して地域間格差も無視できないレベルで拡大中。

 

 しかも規制緩和の影響が格差や難民と相まって失業率が悪化し、中小自作農民による大規模な移民排斥運動も起こり始めています。

 南陽では大富豪や無一文から成功する者が現れる反面、その富を非合法な手段で手に入れようとする者が後を絶ちません。都市では失業者による犯罪が急増し、殺人に強盗、レイプ、誘拐、密売などを扱う犯罪組織が活性化。性病の蔓延に加えて犯罪組織による官僚の買収や癒着も進み、無法地帯が各地に現在進行形で発生しております。

 

 ちなみに辺境にある西涼なんかでは全員が軒並み貧しいために、逆に犯罪が起こらないというのは一種の皮肉ですね。

 

 

 いやぁ、経済成長に比例するかのように格差と犯罪が増大していくとか、どこの南米なんだか。南陽市も前世で例えるなら、一日に平均50件は殺人事件が起こるというヨハネスブ……いやなんでもないです。

 

 

 

 また基本的に物流はカネ>モノ>ヒトの順で移動するので、そのギャップも問題に。

 分かり易く言うとインフレです。

 モノやヒトに比べてカネは移動速度が速いので、投資先を求めて大量のカネが南陽群に流入。貨幣供給量の増加によって物価が上昇し、それが生活を圧迫し始めています。さらに投機目的の先物取引がこれに加わわり、土地や食糧の価格が高騰。貧しい人間は土地を持つことが一層困難になり、農奴として大地主の小作人になって搾取されるという負のスパイラル。

 

 

 結局、魯粛の要請により、自分と魯粛、張勲の3人が中心となって『第一次五ヵ年計画』発令して事態の収拾を図りました。

 金のかかる公共政策なんかは、失敗した時に叩かれるので最初は渋ったんですが、民衆の事を考えると何もしない訳にもいかないし。その行為自体に大した意味は無くとも、『何か手を打った』というポーズが政治家には大事なんです。

 

 まぁ、それはともかく、五ヵ年計画の主な政策は以下の4つです。

 

 ・集団農場(コルホーズ)の建設による農業の集団化 by 劉勲 

 ・鉱山開発、水道、道路網の整備、運河建設などの公共事業 by 魯粛

 ・治安維持のための警察組織である「中央公安局」の設立 by 張勲

 

 

 集団農場政策は、各農村共同体をベースに農地や農業機械を共同利用しようという試みですね。ターゲットは一応、中小自由農民の救済です。モノを共同購入し、共同利用すれば一人当たりの負担額が減るため、値段の張る鉄製農具や家畜、個人では手の届かない水車なども比較的簡単に手に入る、というのが第一の利点です。まぁ、実際には水車なんかはよっぽどカネのある農場じゃなきゃ無理なんだけど、そこは融資してもらうって手があるし。

 

 自分達金貸しの側としても、集団に融資すればお互いがグループ内で監視しあうのため、借金踏み倒されるリスクも少なくて大歓迎です。農民は収入が増えて、自分達金貸しにも利息が入ってお互いハッピー。うまくいけば理想的なビジネス関係です。……たまに破産した農場から、農民が一斉に集団失踪したりするけど。

 

 

 第二の利点としては、農地を共有することで区画整備が進んで、より効率の良い農地の形にできるということですかね。

 

 

 第三の利点には、戸籍管理と徴税がやり易くなったことがあります。つーか実際にテストしてみて分かったんですが、戸籍に登録されてない人間の多いこと。戸籍管理の一番の理由は徴税の為ですが、農民はいつの時代も戸籍に登録せずに脱税を図ろうとするもの。戸籍登録と徴税のコストは嵩む一方でした。

 ちなみに私の前世でもこの問題は改善されたとは言い難く、クロヨンとかトーゴーサンとか言われてるように、自営業者と農民の課税所得捕捉率は低いまま。逆に工場労働者や会社勤めのサラリーマンは高効率で徴税出来ています。

 

 なら、会社勤めの如く農民を集団化させて、まとめて管理・徴税してやろうと。集団農場では全員まとめて一括管理するので、一人一人別個にやるより仕事が早いです。しかも脱税をするなら全員を説得せねばならず、誰か一人がチクったら即アウト。結局、囚人のジレンマによって誰も脱税出来ないという訳です。

 

 まぁ、流石に一斉摘発すると強制収容所に入りきらないので――『未登録で脱税をした者でも、1年以内に集団農場に入れば不問にする。それ以降は見つけ次第、片っぱしから強制収容所に送る。』――ってことで半強制……じゃなくて自主的に集団農場に入るように促進しました。

 

 

 

 魯粛の政策は、どちらかというと失業対策の意味合いが強いです。どっかのエライ人が「仕事が無ければピラミッドでも作ればいい」とか言ってましたが、それよりもうちょっと役に立つ公共事業をやろうと。

 

 ただ、鉱山開発については、労働条件が劣悪過ぎて人手が集まらなかったので、犯罪者を無償で強制労働させています。死刑よりこっちの方が人的資源を有効活用できるので、南陽群の死刑執行率は中華でも屈指の低さです。……でも犯罪件数はぶっ飛んでるので、死刑執行数は多いけど気にしない。

 

 

 

 そして張勲の政策は、前に金融規制の話があった時に決定されたことを実行に移したものです。急増する犯罪に対応する必要もあるし。装備なんかはほとんど軍と同じですが、指揮系統が別で、主任務が暴徒鎮圧、治安維持、犯罪捜査であるところが特徴です。ライオットシールド、じゃなくて盾と腕章に「公安」って書いてあるので、そこで軍と見分けます。とにかく治安が中華最悪レベルなので、早くこれを何とかしないと……。

 

 

 

 

 何はともあれ、自分がきっかけを作ったとも言える変革は、確かに南陽で予想以上の繁栄をもたらしました。

 しかし、眩しい光を灯せば、同時にまた影もできるもの。目覚ましい発展の裏では失業率の増加や所得格差の拡大、モラルの低下に治安の悪化といった負の側面もまた、数多く生み出されていました。

 

 

 ―― 汝の神は金貨なり ――

 

 

 今の南陽を表現するならばこれ以上ふさわしい言葉は無いでしょう。

 

 無一文から成功した名立たる大富豪が現れ、資本家が巨富を蓄える一方で政治は腐敗し、多くの人々が貧困に喘ぐ。商人が台頭する一方で、発展から取り残された地方の農民の大部分は没落。かつてあった村落共同体は崩壊し、己の利潤のみを追求する拝金主義が人々の精神を蝕んでゆく。

 

 支持の見返りに役人への利益誘導を行う高級官僚、人知れず密室で談合を行う豪族や御用商人たち。政治権力と癒着して便宜を図る商会に、有利な法律制定の報酬として多額の献金を受け取る政治家。一部の人間の利益の為、偽装や捏造、隠蔽工作などが業界ぐるみで主導されているのが現実だ。

 

 

 ――様々な矛盾を孕んだまま、底知れず肥大化し続ける歪な繁栄。

 

 やがてそれは数多の人々の欲望のうねりの中で底なし沼のように、全てを飲み込んでいくでしょう。

 

 ――その歪んだ発展は、徐々に自分の手を離れてしまって。

 

 既にどうしようもない所まで来てしまったのでした。

 

                           




そろそろ内政パートを入れてみたかったので、つっこんでみました。
 
 不景気の中でどこか一つだけ発展してる場所があったらこうなるだろうな、と思っていろいろ問題点を挙げました。
 いや、主人公の能力不足とかも一因ではあるんですけどね。

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