真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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19話:みちびくもの

 

洛陽。東周の時代に長安より都が移されて以来、政治経済の中心地となった都である。長安を都とした王朝においても、洛陽は副都とされて長年繁栄していた。

 

 されどひとたび隆盛を迎えれば、後はただ衰退するしかない。それは世の真理の一つであり、洛陽とて例外では無かった。かつて栄華を極めたこの都も、今では僅かにその欠片を残すのみ。家は荒れ、街には難民と乞食が溢れ返っていた。

 

 

「……全部、全部ボクのせいなんだ。ボクがこの事態を……」

 

 賈駆は王宮の自室から、その下に広がる、荒廃した洛陽の街並みを見つめている。

 

「ボクの見通しが甘かったばっかりに……ッ!」

 

 爪が指に食い込むほど強く、賈駆は拳を握りしめる。その表情に映し出されたのは、深く、そして暗い後悔。

 

 もともと董卓は州刺史として、賈駆はその軍師として西涼を治めていた。そこに、十常侍筆頭の張譲から一通の手紙が届く。手紙には洛陽に兵を入れ、皇帝のために仕えないか、という内容が書かれていた。

 しかし、その実態は外戚の何進らと、十常侍ら宦官勢力との権力闘争の一環。董卓軍の武力を得て、何進らを排除しようという張譲の策略だった。

 

「向こうがボク達を手駒として利用しようとしているのは分かっていた。でも逆にこちらがそれを利用してやればいい、そう思っていたんだ……。」

 

 匈奴との戦いで疲弊していたこともあり、賈駆は安全で名誉ある宮仕えを勧め、董卓を説き伏せた。西涼の兵士は長年匈奴との戦いで鍛えられた精兵揃い。まずはその武力をもって、皇帝を手中に収めつつ、宮中の実権を握る。後は皇帝の威光なり何なりを持ち出して、疲弊した自領を立て直すと共に勢力の拡大を図っていく。そしていつの日か、帝位を禅譲させて董卓を天下人にするという、賈駆の夢も叶うはずだった。

 

「それが、全ての元凶……。」

 

 だが宮中に巣食う権力の亡者達の方が、一枚上手であった。賈駆の考えた策など、宮中という伏魔殿で生き抜いてきた張譲にはお見通しだった。

 賈駆達が洛陽に入ってまもなく、二人きりで話したい、という皇帝陛下からの呼び出しの手紙が董卓の下に届く。恐らく偽の勅命による罠だと言う事は、賈駆とて見抜いていた。だが、万が一本物だった場合、下手に逆らえば皇帝の勅命を無視することになる。故に董卓が一人で出かけるのを唇を噛み締めて見ている事しかできなかった。

 

 念のために李儒という軍師に命じてこっそりと尾行させていたものの、既に李儒は張譲に買収されてしまっていた。賈駆の策は張譲の悪知恵に届かず、董卓は造作も無く捕えられた。

 

 

 それからというもの、董卓を人質にとられた賈駆は、張譲の忠実な手駒となった。自分に従えばいつか董卓を返すと言う、張譲の言葉を信じる他なかった。十常時筆頭の張譲は賈駆達を使い、自分に逆らう者全てを容赦なく粛清してった。その対象はかつての自分の仲間であった宦官にまで及ぶ、苛烈なものだった。

 一方で、張譲自身は董卓に殺されたように見せかけて公の場から姿を消す。苦しむ民から搾りとった者は全て己が手に、そして悪政による怨念は全て董卓になすり付けたのだ。

 

「……最初からそのつもりだったんだ。なのにそうとも知らず、ボクはッ……!」

 

 目の前の壁を、賈駆は渾身の力で殴りつける。

 巷では暴虐の限りを尽くす董卓を討つため、反董卓連合軍が結成されたと聞く。原因は、張譲が袁紹の力を削ぎ落そうと、無理難題を押し付けたのが原因だった。だがここで張譲は予想外の反撃を受ける。袁紹は軍師である田豊の策に従い、変化を求める民の支持をバックに真っ向から堂々と反旗を翻したのだ。

 

 各諸侯にもそれに便乗し、世間一般では董卓は悪逆非道の暴君として認知されている。

 ある者は飢えに苦しむ民を救うため、ある者は己の名声を高めるため、ある者は自領の安定のため。そして多くの者は己の野心と権力、そして悪政の原因を擦り付けるために、董卓の悪名を利用していた。

 

 

「月は何も悪くない!それなのに、みんなよってたかって月を利用して……ッ!張譲も、李儒も、袁紹も、そして――」

 

 何度も、何度も壁を殴りつける。無駄な行為と分かっていても止められない。

 

「――このボクも……!」

 

 ようやく壁を殴るのを止めた賈駆は部屋の隅にある机を見る。上質な木材で作られたその机の上には、一通の手紙と便箋が置いてあった。

 使われていた紙と便箋は、ちょうど袁術軍で政治将校制度が発足する前日に、孫家に届けられたものと全く一緒のものだった。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 洛陽から見て東、古来より交通の要衝とされた陳留の地に、大軍勢が集結していた。平原を埋め尽くさんばかりに広がる無数の兵士達――全て反董卓連合軍の兵士達だ。都で暴虐の限りを尽くす董卓を倒すべく各地から集まった自称『解放軍』は、この地に大規模な野営地を設営していた。そこでは作業に勤しむ兵士達に、彼らの相手をする商人達の罵声と怒声が飛び交い、辺りは異様な熱気に包まれていた。

 

 そして名立たる諸侯の軍勢に混ざって、袁術軍の姿もこの地にあった。

 現在この地に集まっているのは、兵力の多い順に袁紹軍7万、袁術軍4万(孫策軍が別に1万)、北平太守の公孫賛、西涼の馬騰が3万ずつ。北海太守の孔融に徐州刺史の陶謙、そして曹操の軍勢がそれぞれ2万、その他の諸侯も合わせると30万近くに達しようかという大軍勢であった。

 

 逆に、参加しなかった主な武将には荊州刺史の劉表、遼東太守の公孫度、益州牧の劉焉、漢中の張魯など。ただし劉表は諸侯から恨まれないよう、抜け目なく物資援助はしていたが。

 

 

 

 

「いや~、楊弘さんの言うとおり、あらかじめこの辺の物資を買い占めててよかったですね~。」

 

 周囲を見回しつつ、サラッと斜め上の発言をする張勲。

 

 これほどの大軍が一同に会せば、自然と必要な物資の量も膨大になる。野営地の材料や兵士の酒と食糧、壊れた武器を修理するための鍛冶屋に、行商人、娼婦。物流の発達していないこの時代、それらは現地調達で賄うのが主流であるのだが、30万もの大軍勢を迎えるには陳留は小さ過ぎた。当然、物価は値上がりする。

 

 これを見越した楊弘を始めとする袁家官僚は、連合の発起人である袁紹から集合場所を聞き出し、事前に物資を買い占めて暴利を上げていた。買えないもの(宿屋とか)ですら予め定価で貸し切っておき、後に連合軍に高値で貸し付ける事で差益を得ている。

 しかもそれらは袁術と繋がりの深い商人に情報をリークし、配当や献金という形で間接的に利を得ることで、他の諸侯にバレないようにするという念の入れようだ。現代風に言えばオプション取引に相当するが、どう考えてもインサイダー取引である。

 

 

「……ホント何しに来たのよ、あなた達。」

 

 楽しそうな張勲とは対照的に、呆れ顔で孫策はため息をつく。

 

「いやぁ、『必要なものを必要な時に』『安く買い叩いて高く売る』。この程度は商売の基本ですよ、孫策さん。」

 

「戦争しに来たんじゃないの?」

 

「劉勲さん曰く、“この世界は商売の機会に満ち溢れている。商売は自ら創造するもの”だそうです。」

 

 そう言われるとなんだかイイ事言ってるように聞こえるのだから世の中不思議だ。やってることは限りなく法律スレスレなのに。まぁ、漢王朝がまともに機能していない以上、法律なんてあって無いようなもんだし。

 

 

「……そう言えば、劉勲のヤツはどうしたの?」

 

「劉勲さんなら、どうも仕事がいろいろ立て込んでるみたいで、ある程度終わったら来るそうですよ。」

 

「ふ~ん……まぁいいわ。あの女狐が姑息なこと企んでるのはいつもの事だし。」

 

 そう割り切って一人で納得する孫策。いずれにせよ、今の自分は己の責務に全力を注げばいい。この反董卓連合で確固たる功績を立てれば、独立へと一歩近づくはず。孫呉の為に、亡き母の為に、つき従ってくれる皆の為に。為すべきことを為すだけだ。

 

 

 

 去って行く孫策の後姿を見送りながら、張勲はふと自軍の陣を見やる。

 連合軍の中でもとりわけ大きいその陣の中では、上官の命令に従い、反復訓練を行う袁術軍兵士の姿があった。さすが名門袁家なだけあって装備は充実しているものの、他の諸侯――曹操軍などに比べれば動きの稚拙さが目立つ。

 

 訓練でやっていること自体は単純だ。基本的に隊列を組んで行進し、号令と共に停止する。ただそれだけだ。号令も前進・方向転換・停止・構え・止めの5つだけ。だが、たったそれだけの作業がこなせない。

 

 

 劉勲や某『天の御遣い』なら知っている事だが、学校の卒業式なんかで “全員、起立!前、ならえ!次、ならえ右!気をつけ!直れ!礼!” とか言われて即座に反応し、言われた通りの行動をするには、繰り返し練習をそれなりに必要とする。運動会で“全員、クラスごとに列を組んで5分以内に集合!”など言われても中々言われた通りには出来ないものだ。

 

 ましてや軍隊で要求されるレベルは、それよりもはるかに高度。緊張感も訓練の比では無い。命令を受けて、内容を理解してから動くようでは間に合わないのだ。先に体が反応するぐらいの事が出来ぬ様では、おおよそ戦場で役に立つまい。

 苛立ちを募らせた紀霊辺りは、割と本気で命令違反者を半殺しにしかけたものの、さすがにそれ以上は阻まれた。

 

 

「紀霊さんの言ってる事は解らないでもないですが、他の諸侯もいますからねー。そんなことしたら、タダでさえ低い美羽様の評判が更に下がっちゃいますし。……まぁ、正規軍じゃないから錬度が低いのは当然ですけど。」

 

 現在、この場にいる袁術軍の殆どは、厳密には正規軍では無い。牢につながれてた犯罪者や、浮浪者、難民など身元の不確かな人間を適当に拉致って軍服を着せて武器を与えただけだ。強制徴募という名の拉致で集められた以上、その中身はド素人集団もいい所だ。

 ちなみにそれが4万近くも集まる辺り、南陽群の人的資源の豊富さと袁術の自由放任な統治が伺える。

 

 

「といっても自由過ぎて犯罪とか難民とかで困ってたんですよねー。」

 

 加えて今回の反董卓連合軍である。中央人民委員会で決定された方針は2つ――『消耗抑制』と『勢力均衡』だ。

 

 故に、できる限り戦力を温存しておきたい袁術軍首脳部は現有戦力を減らさずに、戦力を確保する必要に迫られた。議論の中でで犯罪撲滅と治安改善の一環として強制徴募軍の案が挙がり、採用されることになったのだ。

 これならば仮に兵士が消耗しようとも袁術軍の正規戦力は衰えない。そのくせ数と装備だけは御立派なので、連合での発言力はある程度確保できるだろう。見かけ倒しとはいえ、戦わなければ簡単にはバレない。

 

 もっともこんなハリボテ軍隊じゃ、万が一実戦になれば惨敗するのが見え切っているので、そこは確保した発言力をフル活用して兵站などの裏方を担当し、参戦する必要のある場合には孫家の軍をぶつける。勝てばそれで良し、負けても責任の大部分はなすり付けられる。どちらにせよ孫家の力を削ぎ落せる上に、袁術軍への被害は最小限に止まる。

 

 

 資金だけはどうしようもなかったので、劉勲らの持つコネを使って劉表領の豪族から借りることにした。これには袁術の不在中に、劉表が南陽を攻められない様にするための保険の意味合いもある。大金を借りておけば、相手もデフォルトを恐れて袁術に敵対的な行動は慎む。

 劉表自身はこの事に気づいており、彼らの行動を諌めようとしたが、袁術側は「反董卓連合軍」をバックに、劉表に対して強硬な態度に出た。こうなった以上、強引な融資拒否は反董卓連合への敵対行動と取られかねない。劉表にしても行動のフリーハンドを奪われるのを嫌っただけで全面対決までは望んでおらず、結局は譲歩することとなった。

 

 これと先のインサイダー取引も含めて袁術軍は事実上、今回の出征経費のほとんどを外部調達したことになり、南陽群に残った魯粛と楊弘は安心して財政再建に取り組む事が出来るようになった。

 

 

「そういえば、劉勲さんもまた意外な行動に出ましたね。あの人はあんまり、ああいう役目は負いたがらない人だと思ってたんですが……いえ、まだ劉勲さんの事をそこまで理解している訳でもないですけど。」

 

 小さく自嘲するように漏らすと、張勲は劉勲がいるはず(・ ・)の天幕へ目をやる。

 幸か不幸か、袁家に変革のきっかけをもたらした女に思いを馳せる。記憶を辿ってみれば、彼女につけられた賞賛とも侮蔑ともつかない異名は確か―――『錬金術師』。

 

 ――其が意味するは、他者を惑わし、偽りの黄金を創りし者。

 

 真実を嘘に、虚構を現実へと変える(かた)りの魔女だった。

 

 

「まぁ……あの人だけが特別というわけでもありません。世の中、本音だけじゃ生きていきませんし。」

 

 空っぽの瞳で張勲、遠く、洛陽の方角を見つめる。陰謀、そして戦火に包まれた方角を。

 

「結局のところ、彼女に限らず、私達は全員でハッタリにハッタリを重ねてるだけなんですから。……今は亡き先代、袁逢様がコレを見たら何と言うでしょうかねぇ?」




ちなみに本来は袁術の領地の方が豊か(人口約250万らしい)なのですが、この作品においては黄巾党の乱の被害が大きいため、経済規模は大きくても赤字を抱えている設定です。

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