真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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21話:遠き夢の果て

                      

「妾のことか?」

 

 

 

 袁術の一言によって、会議室は凍りついた。

 

「あらあら、お嬢様ったら本当に空気が読めないんですから♪その上たった一言で、魯粛さん達が必死に考えた策を台無しにしちゃうとか、さすがですぅ。」

 

「ふはははは!当り前なのじゃ!袁家の人間はどんなことも一番なのじゃ!」

 

「よっ、さすが美羽様、中華一のバカ殿様♪」

 

「七乃、あまり褒めるでない。照れるではないか。うわはははは!」

 

 居並ぶ諸侯は呆気にとられていた。袁紹ですら、言葉を失っている。そんな彼女らをよそに、袁術と張勲だけがお祭り騒ぎを続けていた。

 

 

「そ、そんなの認めるわけには参りませんわ!」

 

 ようやく我に返った袁紹が、血相を変えて異を唱える。連合の発起人である自分を差し置いて、従妹の袁術が総大将になるなど認められない。総大将にふさわしいのはこの自分、袁本初なのだから。勢いよく椅子から立ち上がり、袁紹は従妹に詰め寄る。

 

「いったいどうゆう風に話の流れを理解すれば、美羽さんが総大将になるんですの!?」

 

 

(さぁ、どーゆー風の吹きまわしなんでしょうね?)

 

 思わず内心でツッコみ始める諸侯たち。

 

(知るか。気にしちゃ負けだ。見ないフリ、見ないフリ。)

 

(まぁ、袁姉妹の言ってる事が意味不明なのは今に始まったことじゃないし。)

 

(だよねー。)

 

(だな。)

 

(ですわね。)

 

 今、間違いなく彼らの心は一つになっていた。

 

 

「なんじゃ?麗羽ねーさまは不服かの?」

 

「当然ですわ!もう一度よく考えてごらんなさい。この連合を束ねるだけの名声、財力、華麗さを兼ね備えた人材。そして天に愛されているような美しさと、誰しもが嘆息を漏らす可憐さを兼ね備えた人物は誰なのかを!」

 

 袁紹が胸を張って先を促す。ここまで来れば、いや来ないでもとっくに分かってたのだが、袁紹が何を言いたいのか察せるはずだ。従姉に見つめられ、乏しい知識をフル稼働させて袁術は考え込む。

 

 

「……うむ。やっぱり妾しかおらんな。」

 

「ち・が・い・ま・す・わ!連合軍の総大将に相応しいのは、このわたくしですわ!」

 

「なんじゃとぉーー!“めかけ”の娘の下につくなど嫌なのじゃ!妾が総大将なのじゃー!」

 

「いいえ!蜂蜜のことしか頭に無い小娘に総大将を務めさせるなど言語道断!わたくし、袁本初こそが総大将に相応しいですわ!」

 

 

 目から火花を散らして一歩も引こうとしない両者。周りの諸侯は呆れを通り越して何かを悟った様な表情になっている。だが二人だけ、ここに機を見出した者がいた。一人目は曹操。

 

「はいはい。姉妹喧嘩はそこまでにして。仲睦まじく二人だけで張り合っても埒が明かないでしょう?」

 

 そしてもう一人は『天の御遣い』北郷一刀である。

 

「曹操の言う通りだ。ここは公平を期して、無記名選挙で決めたらいいんじゃないか?」

 

 何人かの諸侯が顔をしかめるも、一刀の提案内容自体は悪いものでは無く、少なからず賛成の声も聞こえる。

 

 

(先ほど邪険に扱われたばかりなのに、中々諦めの悪い男ね。この男……よほどの馬鹿が、それとも……)

 

 曹操は目の前にいる、男の姿を見定めようとする。

 

(空気を全く読めてないとはいえ、臆することなくこの場で発言した胆力、そして投票という手段を思いついた発想力は評価に値する……。

 とはいえ身のこなしや言葉使い、見るからに駆け引きに不慣れな様子は素人そのもの。武官としても文官としても、経験の浅さが目につく……。)

 

『天の御遣い』という胡散臭い肩書きを持っている時点であまり期待していなかったが、どうやらその評価を多少は修正する必要がありそうだ。もっとも、“素人にしては”という条件付きではあるが。

 

 本来、彼女は妖術や占いの類はあまり信じない人間だ。しかし、それでも無視しえない異質なモノをこの謎の男に感じ取っていた。

 

(有能なのか無能なのか、現状では今一つ判断しかねるわね……。もしや『天の御遣い』というのは事実……いや、それは流石に考えすぎかしら……?)

 

 『天の御遣い』、北郷一刀。この不思議な青年に、曹操はどこか違和感と既知感を覚えていたが、そこで一旦思考を打ち切る。

 

 

「我らはこの『選挙で総大将を決める』という案に賛成だが、貴公らはどう思う?」

 

「我々としても異論はない。」

 

「確かに、一番後腐れの無い方法ではあるな。」

 

 見れば、先ほどまでの沈黙が嘘であったかの様に、諸侯はざわついていた。そろそろ、長かったこの会議にも終わりが見えてきたようだ。

 

 

 

 投票で総大将を決めるという提案に、最終的には多くの諸侯が賛成することとなった。袁姉妹も互いに自分が勝つという自信があったので、あっさりと納得する。

 結果、満場一致で総大将は袁紹が務めることが決まった。もっとも財力、兵力、名声においては袁紹の方が上であり、当然と言えば当然の結果である。流石に袁術を総大将に据えようというチャレンジャーはいなかった。

 

 

 一方で、袁術軍は予定通り兵站を担当することになった。これは劉勲を始め袁術陣営には商人に顔が利き、物流の管理ノウハウを持つ人物が多かったこと、黄巾党の乱で軍事的な評価が下がっていた事等も関係していた。

 袁紹は連合軍の人事を担当し、作戦計画は曹操の担当となった。出自の卑しい曹操に作戦計画という大任を任せることに、一部保守派の反対があったものの、意外な事に袁紹が助け舟を出した。

 

「わたくしの決めた人事に異を唱えると言うんですの?これはこの袁本初が決めた事ですのよ!」

 

 こう言われてしまえば反対していた者も認めるしかない。これ以上食い下がれば、袁紹を敵に回すことになる。おバカと評判の袁紹だが、かつて曹操とは共に学んだ中でもあり、この時点で曹操の実力を認めている数少ない諸侯の一人でもあった。曹操は心の中で密かに袁紹に感謝しつつ、作戦会議を進める。

 

 

 

「ではまず、侵攻経路を決めなきゃならないのだけど、私は全軍で最短経路を直進するべきだと思うわ。」

 

 曹操はいきなり直球勝負に出た。袁紹や孫策、西涼の馬騰などを含めた約半数の諸侯がその通りだ、と威勢よく賛成するも、残りの諸侯は嫌そうな顔をしている。彼らの多くは、敵の兵站を断っての持久戦を主張していた。

 とはいえ、その程度は曹操とて織り込み済みだ。指を折りながら説明を始める。

 

「大まかに言って根拠は2つ。まず第一に我々には時間が無い。兵站への負担を考えれば持久戦では無く、速攻を仕掛けるべきよ。」

 

 領地の遠い諸侯はそもそも長期行動ができない。兵站への負担もさながら、黄巾党の乱で疲弊した領地をあまり長い間放置するわけにもいかないのだ。

 また、兵力の集中は用兵の基本でもある。寄せ集めの連合軍では密接な連携行動があまり期待できない以上、董卓軍に対して数的優位を維持できる内に攻撃するのが好ましい。 

 

「第二に、あまり戦が長引くと、敵が守りを強化すると共に、戦時体制を確立してしまう可能性があると言う事。」

 

 まだ董卓が洛陽を乗っ取ってから、それほど日数はたっていない。そのため洛陽では相次ぐ政変によって、政府機能が麻痺しているのが現状だ。

 更に軍事面に関しても、今のところ董卓軍は旧何進軍や朝廷軍との連携が不十分であるが、時が過ぎれば連携はより密接になりうる。それは連合軍にも言えることだが、董卓軍に比べて寄せ集めの連合軍ではどうしても権限が分散しがちで、時間が経てばその差はさらに開いてしまうだろう。

 

 

「よって、戦略的な観点からは早期決戦が最も望ましい。……とまぁ、以上が私の考えなのだけど、何か異議のある者は?」

 

 一通り説明を終えた曹操が諸侯を見回す。持久戦論者の顔が険しくなるも、反対の声は聞こえない。元々彼らの殆どは董卓軍と正面から戦いたくないから持久戦を主張したのだが、こうも理路整然と説明されては反論しづらい。まさか自分は戦いたくないです、と本音を言う訳にもいかないだろう。

 

 

「なぁ、例えば陽動部隊を残し、主力は別方向から迂回するっていうのはどうだろう?洛陽の南にある南陽群辺りを通れば、補給や時間の問題は回避できると思うんだが。」  

 

 公孫賛がそんな彼らの意を組んで、何とか仲介しようと別の案を出す。南陽群は洛陽のすぐ南にあり、人口も多く、豊かな土地である。従って街道なども比較的整備されており、商売も盛んだ。確かに多少時間はかかるだろうが、比較的スムーズに移動できる。

 何より、持久戦を主張する諸侯の軍は陽動として待機するだけでよく、決戦を主張する諸侯だけが迂回部隊に加われば意見の対立は抑えられるはず。

 

「その考えも悪くは無いんだけど、陽動迂回作戦ではどうしても兵力が分散するわ。敵に知られれば、各個撃破される可能性が否定できない。」

 

 

 元々董卓軍は西涼を本拠地としており、優秀な騎兵部隊を保持している。指揮系統も連合軍に比べれば一本化されているため、軍の移動や決定がスムーズだ。しかも洛陽は汜水関や虎牢関をはじめとする要塞で守られているため、かなり少数の守備部隊でも時間稼ぎができる。

 

 董卓軍と連合軍の戦力比は2:3であるが、連合軍が部隊を二つに分けてしまえば、董卓軍は局地的に数の優位を生かせる。2:3の戦力比では勝てずとも、戦力差が2:1.5の戦闘を2回繰り返せば勝てると言う事だ。

 一般的に戦闘で敗北した側の受ける損失は部隊の3~5割、勝利した側の損失は1割とされているため、厳密に言うと2回目の戦闘時における戦力比は董卓軍:連合軍=1.8:1.5となるが、それでも董卓軍が優位に立てる事に変わりは無い。

 

 かといって連合軍が全軍で移動すれば、董卓軍も兵の配置を変更するだろう。30万もの大部隊の移動がバレないはずが無い。洛陽周辺の街道はよく整備されており、部隊の移動速度でも董卓軍に軍配が上がる。

 

 

「……それに、私の掴んだ情報によれば、董卓軍は一部の軍を洛陽に移動させている。常識的に考えれば、迂回作戦に備えた機動予備でしょうね。」

 

 続けて曹操は、少し歯切れ悪そうに斥候からの情報を伝える。

 実際には董卓軍を反董卓連合軍もろとも潰し合わせようとする張譲の策だったのだが、董卓軍の内情を知らずに軍の展開をパッと見ただけでは曹操の言うとおり、迂回や揚動に備えた機動予備に見えなくも無い。

 

(そうは言っても私自身、なぜ董卓軍が今頃になって、急に軍を動かす理由がよく分からないのよね……)

 

 洛陽に上京した時の董卓の手際のよさに比べ、今回の軍事行動には要量の悪さが目立つ。

 曹操自身はそこにキナ臭さを感じていたが、情報が不十分な現状で、推論だけで軍議を混乱させるわけにもいかなかった。

 

(まさか、とは思うけど……もう少し情報を集めた方がいいみたいね……)

 

 

 

 

 

 採決の結果、直進案・迂回案・棄権=6・3・1の投票比率となり、連合軍は直進経路と取ることになる。総大将袁紹の号令のもと、反董卓連合軍はほぼ全軍で汜水関に向けて進軍を開始。政治と軍事の妥協の産物ではあるが、結果的に曹操の判断は吉と出る。

 反董卓連合軍は知る由も無かったが、董卓軍では政治的な事情から、陳留方面に送られた兵力はせいぜい9万程度だった。対する反董卓連合軍は30万近い大軍であり、数では連合軍が優位に立つ事になる。

 中華の命運を分ける事になる戦いが、もうすぐ始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 ――夢を、見ていた――

 

 

 そう、これは、今から何年も前のお話――

 

 

「詠ちゃん、いつも助けてもらってばっかりでゴメンね……」

 

「月も嫌な事があったらハッキリ言わなきゃダメよ。」

 

「うん、ゴメンなさい……」

 

「それよ、それ!すぐに謝るの禁止!」

 

「あ、うん。」

 

 

 よく分からないけど、放っておけない子――それが、賈駆が少女に対して抱いた最初の印象だった。

 幼かった賈駆が、母親から紹介された相手は、優しく儚げな少女だった。どうやら偉い人の娘らしいが、目の前にいる彼女のオドオドした仕草からは、そんな様子は微塵も感じられなかった。

 

 その少女――字を董卓、真名は月という――は不思議と賈駆によく懐き、気づけば二人で一緒に過ごす時間が増えていった。幼い頃から董卓は非力で気も弱く、よく幼い賈駆の後ろに隠れていた。逆に賈駆はどちらかといえば気の強い子供であり、この二人の組み合わせは周囲の大人達にとって少々意外だったようだ。

 

 

「ねぇ、月」

 

「なぁに、詠ちゃん?」

 

「月はさ、いつか月のお母さん達の後を継いで、偉い人になるんだよね?」

 

「えっ?……う、うん、そうだと思う……」

 

「偉くなったら、どんな人になりたい?」

 

 ある日、何の気なしにただの気まぐれで聞いた質問。

 

「詠ちゃん、わたしは……えっとね――」

 

 だが、その質問に対し、董卓はいつになく熱心に答えた。自分は親の後を継ぐのだと。そして、民のために平和で争いの無い世界を作りたい、と彼女は力説した。

 普段は口数の少ない幼馴染が、珍しく熱弁を振るうのを、幼い賈駆はあっけにとられて見ていた記憶がある。

 

 

「そういう詠ちゃんは将来、どんな人になりたいの?」

 

「ボクは……」

 

 

 ――その時からだろうか。

 

 ――彼女を支えてやりたいと思ったのは。

 

 いつも自分の後ろに隠れていた少女の姿。人に守られるばかりだと思っていた彼女が、将来について真剣に考え、与えられた責務から逃げずに前向きに進もうとしていた。そう語った時の彼女が、とても眩しくて、輝いて見えた。

 

 ――だから、その笑顔を護りたい、と幼心に賈駆は思った。

 

 

 やがて月は流れ、董卓は州刺史になり、賈駆はその軍師として彼女を支え続けた。

 州刺史の専属軍師としての日々は、いろいろと仕事上の苦労も多かったが、賈駆にとって充実した日々だった。その間に華雄、張遼、呂布、陳宮といった、かけがえのない友人たちにも出会った。

 

 主君である董卓を支えながら、一緒に笑って、怒って、驚いて、泣いて、喜んだ。

 毎朝、マイペースな呂布たちをたたき起すのに苦労した。

 昼には街の様子を見て回ったり、匈奴との戦いに出かけて「忙しい」「疲れた」等と、皆でぼやきつつ、笑顔が絶えなかった。

 夜になれば、星を見上げながらそれぞれの夢を語った。

 どんな夢だって叶えられる、あの頃はそんな気になれた。

 

 それは柔らかくて、暖かな――とても優しい記憶。

 

 永遠に続くように思われて、案外簡単に崩れ落ちる――そんな脆くて儚い日常。

 

 そして、もう2度と帰ってこないであろう、ちっぽけで、大切な思い出だった。

 

 

 

 

 

(……随分と、遠くまで来ちゃったような気がするな……)

 

 ――ふと、目が覚めた。首がズキズキと痛む。

 賈駆が目を開けてから、最初に飛び込んで来たのは、散乱した書きかけの書類。見れば、他にも筆や本などが机の上に散らかっている。部屋は殆ど真っ暗で、消えかけの蝋燭の灯りが賈駆の顔を照らす。

 

 どうやら、書類仕事の途中で寝てしまったらしい。流石に日頃体を酷使していたのが、ここに来て限界に達したのだろう。ここ数日は反董卓連合のおかげで、まともな睡眠時間がとれたためしがない。

 もっとも睡眠時間がとれた所で、囚われの親友を助け出すまで心置きなく熟睡できるわけでもないのだが。

 

「いや、遠くまで来た気がするんじゃない。本当に遠くまで来ちゃったんだな……」

 

 自嘲気味に、誰にともなく呟く。

 

 ――否、呟いたはず(・ ・)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくお目覚めのようね、お譲さん。」

 

 

 

 部屋の反対側、窓際の方から一人の女性の声が響いた。賈駆は咄嗟にそちらへ振り向く。逆光の差し込む窓辺に映し出されるは、一つの人影。ひっそりと暗闇にたたずむ、一人の魔女がそこにいた。

 

 

「……で、結局アナタの答えは決まったのかしら?」

 

 




" 暗闇にたたずむ、一人の魔女 " ……一体何者なんだ……

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