真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜   作:ヨシフおじさん

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23話:暴虐の裏で

                          

「ああーーーっ!!」

 

「あん?」

 

 宮中に響き渡る幼い少女の声と、それに対する気だるげな返答。

 

「張遼!勤務中の飲酒は厳禁だと、あれほど申したですのにぃー!」

 

 少女特有の高い声をあげながら、つかつかと歩み寄る少女の名を陳宮といい、董卓軍の軍師の一人である。

 

「そんなん言われても、酒でも飲まんとやってられんわ……」

 

 小さくいらついた様子で答える、もう一人の飲んだくれている人物。彼女の名を張遼という。

 

「賈駆っちの言う事聞いて、せっかく都に来たっちゅうのになぁ。何をやらされるかと思えば、囚人を工事現場に連れて行ったり、年貢を払わん奴をとっ捕まえたり。……ったく、こんなん借金取りの用心棒しとんのと変わらんやろ!」

 

 張遼は吐き捨てるように言うと、持っていた杯を机に叩きつけた。杯に残っていた酒が周囲に飛び跳ね、無造作に置かれていた空の酒瓶が転がる。

 

「……別にねね達だって、好きでこんな仕事をしてるのでは無いのです。」

 

 陳宮が、囁く様な小さい声で呟く。

 

「でも恋どのはもっと……ずっと辛い筈なのです。だというのに文句ひとつ言わず、意にそわぬ任務をこなしておられるですのに――」

 

 陳宮が張遼に説教をしようとした、正にその時だった。

 

 

 

「――陳宮、何を騒いでいるの?」

 

 

 

「賈駆!それに華雄も……」

 

 部屋に入って来たのは賈駆と華雄だった。華雄はいつも通りの様子だが、賈駆の方は見るからに顔色は優れない。無理も無いだろう。洛陽に来てから、いろんな事があり過ぎた。

 

「……張遼も、鬱屈してるのは分かるけどヤケ酒はほどほどにしなさい。体に悪いわよ。それに、呂布ももうすぐ来る頃だと思う。彼女が着き次第、作戦会議を始めるわ。」

 

 張遼をたしなめると、賈駆は自分用の椅子に向かう。しかし足取りはおぼつかなく、彼女の体調がすぐれない事を表していた。

 

 

「賈駆、鬱屈しているのはむしろ………いや、なんでもない。気にしないでくれ。」

 

 むしろお前の方だろう、華雄はそう言いかけて、ハッとしたように口をつぐむ。陳宮と張遼もどこか居心地が悪そうに黙り込む。

 今回の件に関して、人一倍責任を感じている賈駆のことだ。そんなことを言えば逆効果になる。“こんなの月の苦しみに比べれば何でもない”、などと言って余計に自分を酷使するだろう。

 

 華雄達も何とかして支えようとはしているのだが、何せ華雄に張遼、そして呂布も生粋の武人だ。軍事ならともかく政治経済はさっぱり分からない。陳宮は陳宮で、経験の浅さから今一つ力になり切れていない。事実上、洛陽に来てから政治経済面の大部分は、賈駆がほぼ一人で支えていた。

 

 

 ややあって呂布が到着し、会議が始まった。

 

 

「陳留方面で予想される彼我の戦力差は9万対約30万。張遼将軍に華雄将軍、これで勝てると思う?」

 

「まず無理やな。西涼から連れてきた兵はまだしも、洛陽の官軍の質は低過ぎるわ。大方、平和に慣れきってふやけたんやろうな。」

 

 苦々しげに張遼が呻いた。実のところ、董卓軍の内情はかなり厳しいものがある。

 董卓たちが西涼から連れてきた兵士はせいぜい3万ほど。残りは皇帝の直属部隊と近衛兵が約2万に、洛陽警備部隊が1万ほど、その他の官軍が13万。

 しかも張遼の言うとおり、洛陽の官軍の殆どは地方の戦乱から離れた安全な生活に慣れ切っており、西涼で毎日のように異民族と戦ってきた彼女に言わせれば、将も兵も話にならない粗悪なレベルだった。

 

「それに陣地戦じゃウチらの力は発揮できん。それだけでも辛いっちゅうのに朝廷の奴らと来たら、指揮権にまで制限加えて……」

 

 西涼の兵士は精兵揃いとはいえ、基本的に騎兵や軽装歩兵が多く、野戦には強くとも陣地戦には不向きだ。更に張譲らは賈駆達が反旗を翻さないように指揮権に制限を加えており、全ての兵士を自由に扱えるわけでは無い。この辺りは孫家の潜在的脅威に対する、袁家の政治将校制度に通じるものがある。

 

「それに、南の『大谷関の警備』とやらにかなりの兵が割かれるんやろ?これで勝てる方がおかしいねん。」

 

 つい数日前、張譲は洛陽の南にある大谷関の警備の為に大量の官軍を移動させていた。もちろん、ガセネタに決まっている。

 裏で操る側の張譲にしてみれば、仮に反董卓連合軍に勝利したとしても、董卓軍が強大になり過ぎては、それはそれで困る。出来れば子飼いの部隊は温存しておき、純粋な董卓軍のみを反董卓連合と潰し合わせるのが望ましい。そのため『大谷関の警備』という名目でかなりの兵士が配置転換され、実際には洛陽に留まっていた。

 

 袁術軍の中央人民委員会では過大評価されていたが、当の賈駆たちにしてみればドツボにはまったも同然。兵力の大半を占める官軍は使い物にならず、西涼兵も慣れない陣地戦を強いられ、兵力も分散している上に、指揮権にまで制限が加えられているのだから。実質、どこぞの蜂蜜姫の軍隊と大概似たような状態である。

 

 

「……せめて、もう少し時間があればここまで状況は悪くならなかったのです。」

 

「愚痴を言っても始まらないわよ、陳宮。勝てないなら勝てないなりに、なんとかしないと……」

 

 そう言う賈駆も、内心では愚痴の一つや二つ言いたい気分だった。だが、状況がそれを許さない。

 

 

「どうするんや、このままやと本当に全員で捨て駒にされかねんで。」

 

「分かってるわよ……早く、何とかしなきゃいけない事ぐらい……。」

 

 歯切れ悪く答える賈駆。そんな彼女に対して張遼は少し悩んだ後、ここ最近疑問に思っていた事を口にする。

 

「なぁ、賈駆っち……本当は、とっくに何か策を打っておるんやろ?なら、話してくれれば力になるで。」

 

 張遼が身を乗り出して、賈駆を正面から見据える。張遼の言葉を聞いた華雄も興味深そうに、賈駆を見る。

 

「どういう事だ?まだ我らに伝えていない策でもあるのか?」

 

「い、いや別に……ボクはまだ……そんな、策なんて無いって。」

 

 賈駆はしどろもどろになって言い訳をするが、明らかに挙動が不審だ。賈駆の否定の言葉は、より一層張遼の言葉に信憑性を与えただけだった。

 

「隠さんでもええ。ここ数日、夜中に誰かと会って話てたんやろ?こっそり部屋を出ていくのを、夜の巡回中に何度か見たで。」

 

「ッ!……ボ、ボクはそんな事……して、ないよ……」

 

 最後の方は消えるような小さな声で、賈駆はモゴモゴと見え透いた嘘を繰り返す。

 

 本当の事を言う訳にはいかない。劉勲からは万が一に備えてギリギリまで内密にするよう念を押されており、それも契約事項に含まれている。そもそも劉勲の性格からして、監視ぐらいは付けているだろう。

 

 彼女の『同志達』の目と耳、そして腕は長くて、広い。流石に全ての監視対象を一挙手一投足まで監視している事はないだろうが、効率を完全に無視すれば不可能とは言い切れない。そしてこの、「もしかしたら、どこかで誰かが密告しているかもしれない」という疑念、疑心暗鬼こそが大事なのだ。

 人間は、存在が不確かであり危険なものについては一応「存在する」事にして対処する傾向があり、パノプティコン効果と呼ばれている。近代の刑務所監視システムにも使われた「抑止」の一つの手法だ。

 

 だが、監視など付けていなくとも、賈駆が打ち明けてしまう事は無かっただろう。

 

 

 信頼する仲間にすら、隠し事を続けなければならない。その葛藤が、仲間を裏切っているのでは、という罪悪感が彼女の胸を締め付ける。心の奥からこみあげる痛みに、賈駆の顔が苦しそうに歪む。

 

 

 ――ここで打ち明けたら、みんなを巻き込んでしまう――

 

 

 みんなには、出来れば笑って暮らして欲しい。

 

 

 ――底なし沼に引き摺りこまれるのは、一人でいい――

 

 

「……ごめん……」

 

 心配そうに自分を見つめる、みんなの視線が辛い。痛い。

 これは自分が引き起こした問題だから、ケリは自分で付けねばならない。

 

 だから――

 

 

「言え……ないんだ……」

 

 

 刹那、沈黙が降りた。気まずい空気が部屋を支配する。窓からのぞく洛陽の寂れた光景が、まるで彼女達の心の中を代弁しているようだった。

 

 

 やがて、それまで黙っていた呂布が悲しそうに口を開く。

 

「……恋達のこと、信じられない……?」

 

「そんな事ないわよ!馬鹿な事言わないで!みんな、みんなには……本当に、すごく感謝してる……!」

 

 思わず、賈駆は自分でも驚くような大声を出してしまう。

 違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。本当にみんなには感謝している、その事だけは勘違いして欲しくない。

 それは、賈駆文和の嘘偽ざる本心だった。

 

「ボクのせいでこんな事になって、みんなには迷惑かけたのに……!」

 

 賈駆がそこまで言った所で、呂布が首を横に振る。

 

「……詠は悪くない。……詠はすごく頑張ってる……」

 

「……だけど……」

 

 なおも引き下がろうとしない賈駆に、今度は華雄が語りかける。

 

「呂布の言う通りだ。それに――」

 

 賈駆の腕を掴み、ゆっくりと自分の方へ振り向かせる。逃げるようとする賈駆をおさえ、華雄は正面から彼女を受け止める。

 

 

「――私たちがいつ、迷惑だと言った?お前のことを責めた?」

 

 

「え……?」

 

 思わず、賈駆は華雄の目を見た。どこまでも優しくて、それでいて力強い目だった。

 

「私達は仲間だろう?今更なかった事にする、というのは認めんぞ。」

 

 

 どこか呆れたような華雄の声が、凍りついた心を暖かく溶かしてゆく。

 

 決して大きくも無い声なのに、その声は、他のどんな声よりも頼もしく聞こえて。

 

 不思議と安心できて――なぜだろう?心だけでなく、目頭までが熱くなっていく。

 

 泣かないと、大切な親友を守るために強くなろうと決めたはずなのに――どうして、この力強い声に甘えたくなってしまうのだろう?

 

 

「で……でも…っ!」

 

「それに我らは皆、好きで董卓様に従っている。嫌ならこの場には居ないさ。だろ?」

 

 華雄の問いかけに、残りの3人も次々に頷く。眼尻に涙を浮かべた賈駆を見る。

 

「当たり前や。月を助けるのがウチらの仕事やで。」

 

「……絶対に、助ける……」

 

「恋殿の言う通りですぞー!」

 

「みんな……」

 

 呆然としている賈駆に、3人が口々に決意をを露わにする。

 

「董卓様の事を案じているのは、お前だけじゃない。みんな同じなんだ。」

 

 そう言うと華雄は軽くぽん、と賈駆の肩を叩く。安心させるように、自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「まぁ、賈駆にもいろいろ事情があるんだろう。軍師は時として、情報を味方にも隠さなければならない場合もある。賈駆が言いたくないのなら、私も無理に聞こうとは思わない。」

 

「華雄……」

 

「ただ、賈駆が話てもいいと判断したら、その時にちゃんと話てくれ。」

 

 

 

 

 

「…………てか、華雄の場合は無理に聞いた所でどうせ分からんだけちゃうんか?」

 

「なっ……べ、別にそんな事は無い!」

 

「顔真っ赤にして言うても、説得力皆無やで?」

 

「顔が赤いのは、貴様も同じだろうが!そうだ、張遼、貴様も顔が赤いぞ!」

 

「そりゃまぁ、さっきまで酒飲んでたからな。」

 

 横から茶々をいれた張遼に、必死になって反論する華雄。そのまま言い争いを始めながらも、二人ともどこか楽しそうに笑顔を浮かべている。

 

「いや、そんな事はどうでもいい!張遼、貴様は遠まわしに私の事を脳筋だとでも言いたいのか?!」

 

「なんや?まだ気づいてなかったんか?」

 

「張遼、貴様ァアアッ!」

 

 華雄が掴みかかるも、張遼は華雄の攻撃をひらりとかわす。

 

「悔しいなら捕まえてみ!」

 

「待て!逃げるな、張遼!」

 

「逃げるなと言われて逃げないアホはこの世におらんで!」

 

 小学生の喧嘩みたいな安っぽいセリフを吐くと、張遼はあれだけ酒を飲んでいたにも関わらず、軽やかな足取りで逃走を開始する。

 

「神速の張遼の本気、見せてやるで!」

 

「いやいやいや!絶対に本気を見せる場所を間違えているだろ!?そして自分で自分の異名を言うとか、その年で恥ずかしくないのか貴様は!?」

 

「二人とも落ち着くのですー!」

 

「……セキト、今日の食べ物……」

 

 

 

 気づけば庭に出て、そのまま追いかけっこを始める華雄と張遼。それを止めようとして、いつの間にか自分も加わってしまう陳宮。一方でマイペースに、愛犬のセキトにエサをやる呂布。

 見れば既に日は落ちかけており、傾いた夕日が彼女達をあかね色に染めていく。

 

「あ……。これは、ボク達がここに来る前の……」

 

 賈駆は潤んだ瞳でその様子を見つめる。どこか懐かしさを感じる、その景色を。

 

 そう、目の前のこれは賈駆たちが洛陽に来る前、西涼にいた頃に何度も目にした景色。

 それは何でもない当たり前のはずの景色で、とても穏やかな――

 

 

 だけど今では手の届かない――優しく、暖かい、日だまりの記憶。

 

 

 ふと、涙がこぼれ落ちそうになり、つい目を逸らしてしまう。本当なら、いつまでも、何時までも見ていたかった。

 

 

 

 

 

 ――だが既に、舞台は開演してしまった――

 

 

 

 もう、あの頃には戻れない。なぜなら、賈駆にとって一番大切なモノが欠けているから。

 

 

「……月が、月だけが――ここにはいない。」

 

 

 本来ならそこに加わるはずの、心優しい少女がそこにはいなかった。

 

 

「……ボクは月を守ると決めたんだ。心にそう誓った。その気持ちに嘘は無い。だから――」

 

 

 自分が守りきれなかった少女。自分の読みが甘かったばかりに、彼女は厳重な警備のもと、宮中の奥に、一人で囚われている。

 

 

「――月を取り戻すまで、ボクはこの輪には入れない。」

 

 

 囚われの彼女はどんなに寂しいのだろう、どんなに苦しんでいるのだろう。それとも、元凶である自分の事を恨んでいるのだろうか?分からない。

 ただ、ハッキリしている事が一つ。そんな彼女を置いて、自分だけ幸せに浸るわけにはいかない。

 

 

「今のボクには、この輪の中に入る資格なんて無いんだ……」

 

 

 誰に言うでもなく賈駆は呟き、決意を固める。既に涙は枯れていた。

 

 

「ボクは……どんな事をしてでも月を助けてみせる。」

 

 

 弱気になってはいけない。例え悪魔に魂を売り渡そうとも、譲れないモノが自分にはある。

 

 

「だから……!」

 

 

 もう一度だけ、皆の方を見る。華雄、張遼、呂布、陳宮。全員、大事な仲間達だった。

 だから今、目の前にあるこの光景を焼きつけよう。ずっとずっと、忘れないように心に留めておこう。

 これから自分は、賈駆文和は――同じ世界に居ながら、違う世界に生きると決めたのだから。他の誰でもない、自分の意思でそう決めてしまったのだから。

 

 もうすぐ、時間だ。これから再び『彼女』に合わねばならない。

 

 夜が、来る。

 日は落ち、月が昇る。

 光は消え、闇が大地を覆う。

 

 夕暮れは短いからこそ、美しく映える。

 同じく幸せな時間も、名残惜しさを感じるが故に甘美な記憶と化す。

 

 どんな物も永遠ではいられない。何者も変わらずにはいられない。

 過ぎ去ってゆくからこそ――その一瞬が愛おしいのだ。

 

 

「みんな……ありがとう。」

 

 

 最後に一言、誰にも聞こえない小さな声でそう囁くと、賈駆の姿は3人の前から消えた。

 

 




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